(七)式守
◆ 十 白鳥理央
研究開発部。
白鳥理央は、式守の最終入力を確認していた。
十八歳。
年齢より少し幼く見える顔立ち。
背は低く、白衣は肩と袖が少し余っている。
見た目だけなら、研究室に迷い込んだ学生にも見える。
だが、画面に並ぶ術式記録、事故記録、古典術式、処理報告、現場ログを読む速度は、周囲の研究員より明らかに速かった。
画面には、古い紙資料をスキャンしたものが並んでいる。
劣化した帳簿。
読めない術式図。
署名不備のある事故報告。
担当者の引き継ぎが途切れた封印維持記録。
消耗品の記録だけが残っている現場。
「異常なし」と書かれた後に再発している案件。
白鳥は、式守の画面に向かって淡々と告げる。
「式守」
画面に、待機表示が出る。
「週明けから、あなたは現場運用に入ります」
白鳥は確認項目を一つずつ閉じていく。
「確認しておきます」
「私は、世の中に無駄が多いことは理解していたつもりでした」
少しだけ眉を寄せる。
「ですが、この業界は想定以上です」
画面が切り替わる。
初歩修行。
札写し。
真言暗唱。
数珠繰り。
塩撒き。
結界縄張り。
礼法。
白鳥は読み上げる。
「術の出力にも、接続数にも、直接寄与しない初歩修行」
さらに画面が変わる。
術具の使用記録。
未使用札。
余剰吸い札。
焦げなかった固定札。
根拠不明の予備配置。
「必要量の根拠が曖昧なまま配置され、消耗品として扱われる術具」
白鳥の声は平坦だった。
「その曖昧さを前提にした、過剰な販売と過剰な発注」
さらに画面が変わる。
古い封印維持記録。
担当者不明。
署名不備。
補足欄欠落。
事故分類未整理。
「一つの記録に到達するまでに、人を三人、部署を二つ、昔の帳簿を一冊経由する必要がある」
白鳥は一度、画面から目を離す。
「合理的ではありません」
少し間を置く。
「率直に言えば、不思議です」
さらに短く言う。
「そして、不愉快です」
白鳥は本気でそう思っている。
現場を馬鹿にしているのではない。
むしろ、安全にしたいと思っている。
だから、無駄を減らせば安全になると信じている。
白鳥は式守の入力項目を確認する。
「ですが、その甲斐はありました」
画面には、入力済みの資料数が表示されている。
「あなたには、退魔業界に残された術式記録、事故記録、処理報告、古典術式、現場ログを可能な限り入力しています」
白鳥は、迷いなく言う。
「退魔士有史のデータ、と言っても大きな誤差はありません」
画面の奥で、式守の解析窓が静かに動く。
「あなたは、術を使うことはできません」
「存在確率に直接干渉することもできません」
「ですが、術式を読み、構成し、危険を予測し、現場の判断を補助することはできます」
白鳥は背筋を伸ばした。
「それで十分です」
言い切ってから、すぐに訂正する。
「いえ」
「十分にするために、私が設計しました」
画面に、いくつかの再評価対象が表示される。
> 旧封印維持案件
> 累積型疑い
> 記録欠損あり
> 署名不備あり
> 要現場ログ追加
その中に、旧市営地下道の名が一瞬だけ映る。
白鳥はまだ、その重さを知らない。
さらに別の欄に、商業施設案件のログが追加された。
> 商業施設搬入口残留霊障確認
> 見積外自律反応あり
> 契約外即応処理
> 術具予定外消耗
> 接続二固定、術者適性に比して出力過大
> 反発は想定より低位
> 周辺術具に過剰反応
> 接続四、希薄補助低下
> 原因不明
> 要再観測
式守が補助解析を走らせる。
> 固定直前、微弱偏向反応を検出
> 主術式寄与、不明
> 外乱候補
白鳥は、それを一瞥した。
「主術式寄与、不明」
画面の文字を読む。
「外乱候補」
分類は軽い。
この段階の白鳥には、それが何を意味するか分からない。
正式接続ではない。
主術式寄与も不明。
再現性も不明。
ならば、外乱候補。
そう処理される。
白鳥は、式守へ向き直った。
「式守」
「あなたは、退魔士の最高のパートナーになれます」
「少なくとも私は、その前提であなたを作りました」
画面に、運用開始予定の時刻が表示される。
「この業界には、まだ整理されていないものが多すぎます」
「だから、あなたが必要です」
白鳥の声には、確信がある。
「無駄を削り、危険を減らし、誰でも同じ水準で現場に立てるようにする」
「それが、あなたの役目です」
「式守」
白鳥は最後の確認を押す。
「週明けから、証明しましょう」
運用開始の表示が、静かに点灯する。
式守は待機状態へ移行した。
画面の隅には、さきほどの解析結果が、他のログに紛れて残っている。
> 固定直前、微弱偏向反応を検出
> 主術式寄与、不明
> 外乱候補
白鳥はそれを再確認し、優先度を低に設定した。
正式接続ではない。主術式寄与も不明。再現性も不明。
ならば、今は低優先度でいい。
少なくとも、記録上はそう判断できる。
式守の画面は、何事もなかったように暗くなった。
第4話 見積外の怪異 了
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