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八重結び  作者: KEI
第4話 見積外の怪異

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(六)契約外の後始

つづりが頷く。


「分かってるねー」


美緒は顔を上げない。


「褒めなくていいです」


施設関係者が下がり、追加危険がないことを確認したあと、透は美緒と篠宮から強く叱られた。


案件としては問題だらけだった。


契約範囲外。

認可外の即応処理。

元請けへの事前確認なし。

保険適用も、責任範囲も、すべて後から整理するしかない。


篠宮は普段より声を荒げていた。


「結果的に助かったからいい、ではありません」


透は少し身を縮める。


「はい」


「契約範囲外で、認可外の術式を使って、しかも現場判断だけで動いた。あなたが失敗していたら、誰が責任を取るんですか」


透は言いかける。


「でも、動かなかったら——」


篠宮が遮る。


「その“でも”を、報告書に書けるんですか」


透は言葉に詰まった。


つづりが横から、焦げた吸い札を振る。


「あと請求書にも書ける?」


透はつづりを見る。


「今、追い打ち必要?」


「必要」


つづりは即答する。


「紙に残らない現場判断は、だいたい後で揉める」


美緒が頷く。


「そこは完全に同意です」


透は肩を落とす。


「味方がいない」


黒瀬が言う。


「命を助けたことは否定してない。ただ、助けたあとの話をしてる」


「助けたあと」


「人を助けたなら、その人が助かったことを誰が書く。使った術具を誰が書く。契約外で動いた理由を誰が書く。次に同じことが起きた時、誰が読める形にする」


透は黙った。


黒瀬は言う。


「そこまでが現場だ」


篠宮は少しだけ声を落とした。


「今回、即応そのものは間違いではありませんでした。ですが、手順としては問題があります」


透は顔を上げる。


「どっちなんですか」


篠宮ははっきり答えた。


「両方です」


「両方」


「現場判断として正しいことが、契約上も正しいとは限りません。契約上問題があることが、現場として間違いとも限りません」


篠宮は端末を閉じる。


「だから、記録するんです」


美緒が言う。


「その通りです」


つづりが続く。


「請求もする」


美緒が頷く。


「それもその通りです」


透は小さく呟いた。


「やっぱり味方がいない」


黒瀬がさらに付け加える。


「それと、処置としても反省点はある」


透は頷く。


「固定の出力ですか」


「そうだ」


黒瀬は止まった台車を見る。


「本来は、観測で取って、固定で鈍らせて、偏向で流して、希薄で落とす。お前は手順は守った」


そして、焦げた吸い札を見る。


「だが、固定で取りすぎて術具を食わせた」


篠宮が言う。


「その結果、希薄の補助が落ちました」


つづりも言う。


「吸い札は万能じゃないからね」


黒瀬は透を見る。


「人は助かった。そこはいい。でも、処理は浅くなった。そこは次に直せ」


透は深く息を吐いた。


「はい」


◆ 八 鷹宮亮介


そこへ、鷹宮亮介が現場に来た。


元請け側の管理職。

篠宮の上司。

そして、黒瀬の古い知り合い。


鷹宮は、搬入口の空気を見てから、篠宮へ視線を向けた。


「篠宮がそこまで声を荒げるのは珍しいな」


篠宮が姿勢を正す。


「鷹宮さん」


その横で、黒瀬が小さく息を吐いた。


「来たのか、鷹宮」


鷹宮は軽く肩をすくめる。


「来るよ。契約外作業が出たんだから」


黒瀬が言う。


「相変わらず、来る理由が書類だな」


「相変わらず、書類になることを先にやるな」


二人は笑わなかった。

ただ、言葉だけが妙に慣れていた。


透は、黒瀬と鷹宮を見比べる。


「知り合いなんすか」


黒瀬は短く答えた。


「昔の話だ」


鷹宮も、同じくらい短く言う。


「仕事上の話だね」


黒瀬が返す。


「同じ意味だ」


鷹宮は少しだけ目を伏せる。


「違う意味にしておいた方が、今は楽だろう」


そこで会話は止まった。


それ以上は、誰も踏み込まない。


近いのに、踏み込まない。

踏み込まないことで、壊さずに済ませている距離だった。


鷹宮は透を見る。


「君が三枝くんか」


透は身構える。


「はい」


「契約外の怪異相手に、現場判断で人を引っ張り出した若手」


「……怒られるやつですよね」


「怒られるやつだね」


「ですよね」


鷹宮は、篠宮の方をちらりと見る。


「でも、君、見どころありそうだね」


透は目を瞬かせた。


「え」


「篠宮がここまで熱くなるなんて、なかなかない」


「むちゃくちゃ熱く怒られてるんですけど」


「怒られてるね」


「ですよね?」


鷹宮は軽く笑った。


「あいつは、どうでもいいやつはもっと書類的に扱うよ」


篠宮が不機嫌そうに眉を動かす。


「鷹宮さん」


「褒めてる」


「褒め方が悪いです」


鷹宮は軽く受け流して、透に向き直る。


「人を助けた判断は、現場としては間違っていない」


透は黙って聞く。


「ただし、契約としては完全に問題がある」


「はい」


「だから今、君は叱られている」


鷹宮はゆっくり言った。


「どっちか片方だけ正しい話じゃないんだ」


透は、すぐには返せなかった。


つづりが手を上げる。


「あと、支払いとしても問題がある」


鷹宮はそちらを見る。


「予定外消耗は元請け側で確認する」


「確認じゃなくて支払い」


「確認して、支払う」


つづりは篠宮を見る。


「上司も一個多い」


篠宮が返す。


「だから言ったでしょう」


「似てるね、二人」


「似ていません」


鷹宮が言う。


「似ているかもしれないね」


「鷹宮さん」


つづりは、にこにこしたまま言った。


「上っていつも高いところにいるのに、お金の流れだけ遅いよね」


鷹宮は苦く笑う。


「耳が痛いな」


「痛いだけなら無料。請求は別」


黒瀬が横から言う。


「それを現場で言えるようになったか」


鷹宮は少しだけ肩をすくめた。


「現場を離れたからね」


「嫌な言い方を覚えたな」


「君ほどじゃない」


また、そこで会話が止まった。


鷹宮は、搬入口の奥を見る。


止まった台車。

焦げた吸い札。

ひびの入った鏡面杭。

床に残る薄い反応。

古い封じ札を剥がしたような跡。


「最近、こういう案件が増えている」


透が聞く。


「こういう案件?」


「見積時点では軽微。現場に入ると、別件の気配が出る。処理しても、妙に後味が悪い」


鷹宮は、古い札跡を見る。


「調べると、過去にも似たような現象が多発した時期はある」


篠宮が言う。


「累積型ですか」


「まだ、そう呼べる段階じゃない」


鷹宮は首を振る。


「しっかり調査すれば、だいたい“何かありそう”にはなる。ただし、しっかり調査すれば、だ」


透は聞く。


「しないんですか」


「できないことが多い」


鷹宮は軽い口調のまま、重いことを言う。


「予算、契約、保存期限、担当者不明、資料欠損。どれも一つならよくある。全部そろうと、何も分からなくなる」


その目だけは笑っていなかった。


「古い封印維持案件。処理済みのはずの残留霊障。改装時に剥がされた古い術具。署名不備のある事故記録」


美緒は、そこでわずかに反応した。


署名不備。

事故記録。


昼に見ていた記録と、言葉が重なる。


鷹宮は続ける。


「そういうものを、人間だけで拾い続けるには限界がある」


透は少し考える。


「それで、AIですか」


「週明けから、術式設計支援の試験運用が入る」


篠宮が言う。


「式守ですか」


「そう。研究開発部の白鳥が来る」


透は少し興味を持つ。


「便利なんですか」


鷹宮は答える。


「便利な道具になるか、面倒な報告書が増えるだけか。そこは現場次第だね」


つづりが横から口を挟む。


「それ、札を減らすためのやつ?」


鷹宮は否定しない。


「そういう使い方をする人間は出るだろうね」


「最悪」


「本来は、古い記録の再評価と危険予測が目的だ」


「本来は、ね」


つづりは、焦げていない予備札を指先で弾く。


「焦げなかった札が仕事してないと思うなよ」


その音が、搬入口に小さく響いた。


「焦げないために置いてる札もあるんだから」


この一言が、場に少し残る。


鷹宮は否定しなかった。


「だから、それを説明できる形にしたい」


美緒が視線を上げる。


鷹宮は続けた。


「説明できない危険は、いつも現場に押し戻される。式守は、それを上に説明できる形にするための道具でもある」


美緒は、その言葉に少しだけ引っかかる。


説明できない危険。

記録に残らない違和感。

署名欄の一画不足。

焦げなかった札。

篠宮が原因不明としか書けなかった、透の固定。


それらが、頭の中でうまくつながらない。


ただ、無関係だとは思えなかった。


◆ 九 書類で名前を残す


現場の後処理が続く。


透は、契約外作業の報告書を書かされる。

美緒は、保険適用の確認と元請けへの説明文を整える。

篠宮は、透の即応術式について補足報告を作る。

黒瀬は、黒瀬退魔処理としての責任範囲を整理する。

つづりは、予定外消耗の明細を作る。


透は、つづりの手元を見た。


「明細、早くない?」


つづりは筆を止めない。


「請求が遅れると、支払いも遅れる」


「学びがある」


「学費も請求しようか」


美緒が即座に言う。


「それは却下です」


「残念」


黒瀬は透に言った。


「助けたことは否定しない」


透は報告書から顔を上げる。


「はい」


「ただ、助けたあとに誰が何を書くかまで考えろ」


透は少し苦い顔をする。


「そこまで現場で考えられます?」


「考えられるようになれ」


黒瀬は、増えた書類の束を見る。


「無理なら、考える奴を近くに置け」


透は、美緒の方を見る。


美緒は端末から目を離さない。


「こっち見ないでください。今あなたのせいで増えた書類を処理してます」


つづりも言う。


「こっちも見ないで。今あなたのせいで増えた請求項目を処理してる」


透は小さく頭を下げた。


「すみません」


美緒が言う。


「謝罪は報告書の提出後に受け付けます」


つづりも続く。


「支払いは請求書の発行後に受け付けます」


黒瀬は少しだけ笑う。

だが、すぐに表情を戻した。


「現場で命を拾ったなら、書類で名前を残す」


美緒の手が、少しだけ止まる。


「どっちも後始末だ」


書類で名前を残す。


昼に見た事故記録の署名欄が、また美緒の頭をよぎった。


一画足りない署名。


美緒は、透の署名欄を確認する。


三枝透。


問題はない。

読める。

いつもの字に見える。


それでも、美緒は自分でも理由が分からないまま、透の署名済み書類を一枚、控えとして別に残した。


透が気づく。


「何か変でした?」


美緒は紙を揃える。


「いえ」


「ほんとですか」


「読めます」


「ならよかった」


美緒は、少しだけ間を置いて言った。


「よかったかどうかは、後で分かることもあります」


透は顔をしかめる。


「怖い言い方」


「怖がってください」


この時点では、透の署名は正常だった。


だからこそ、比較できる。


今は、普通。


その差が残る。


※第4話「見積外の怪異」は全七回です。

続きます。

作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/

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