(五)原因不明
◆ 六 原因不明
後処理の途中、篠宮は補足報告を作っていた。
透は、それを横から覗き込む。
「また俺の報告ですか」
「必要です」
「契約外作業の件ですか」
「それもあります」
「それも」
篠宮は、しばらく端末を見たまま黙った。
書きたくない。
そういう顔だった。
透は少し不安になる。
「俺、何かまずいことしました?」
「しました」
「即答」
「ただし、私が書きたくないのはそこではありません」
「そこではない?」
篠宮は、ようやく透を見る。
「接続二の固定です」
「固定?」
「三枝さん、あれを狙って出しましたか」
透は、自分の手を見る。
「あれって」
「固定の強度と安定性です」
透は少し考える。
「いや、黒瀬さんの指示通り、固定で減速しようとして」
「はい」
「でも、台車が跳ねて、偏向に逃げそうになって」
「はい」
「篠宮さんに言われた一拍を思い出して」
篠宮は黙って聞いている。
「それで固定したら、なんか強く入って。これはまずいかもって思って、偏向を早めに入れました」
篠宮は質問を変えた。
「反発は感じましたか」
「来ると思いました」
「実際には」
透は言葉に詰まる。
「……思ったほど来なかったです」
篠宮は黙る。
それが不気味だった。
固定が強い。
反発が少ない。
なのに、周囲の術具は過剰に反応している。
さらに、そのせいで希薄補助が落ちている。
手順そのものは間違っていない。
だからこそ、原因が見えない。
固定系の術者としては、説明がつかない。
篠宮は、補足報告に入力していく。
> 接続二、固定。
> 術者適性に比して出力が過大。
> 反発は想定より低位。
> 周辺術具に過剰反応あり。
> 接続四、希薄補助低下。
> 原因不明。
> 要再観測。
透は、その文字を見て顔をしかめた。
「原因不明って、報告書に書いていいんですか」
篠宮は即答する。
「書きたくありません」
「正直」
「ですが、分からないことを分かったように書く方が危険です」
透は少しだけ驚いた。
「篠宮さんでも、そういうのあるんですね」
「あります」
少し間を置いて、篠宮は付け足した。
「ありますが、嫌です」
「嫌なんだ」
「嫌です」
この時点では、誰もその小さな揺れに名前をつけられない。
透は、自分が何をしたのか分かっていない。
篠宮は、何が起きたのか説明できない。
黒瀬は、人が助かったことと、後始末が増えたことを見ている。
つづりは、術具が予定外に削れたことを見ている。
美緒は、それが書類に残ることを見ている。
名前のない違和感だけが、現場に残った。
◆ 七 予定外の消耗
人は助かった。
だが、案件は大きくなった。
軽微な残留霊障の確認だったはずが、自律的な反応が確認された。
しかも、施設関係者への危険が発生した。
透は即応処理を行った。
契約外。
認可外。
事後承認案件。
そして、術具も消耗した。
つづりが、黒くなった吸い札をつまみ上げる。
「で?」
透は聞き返す。
「で?」
「誰が払うの、これ」
透は足元を見る。
「……経費で」
「どこの」
「えーっと……」
美緒が言う。
「こっちを見ないでください」
つづりは指を折る。
「吸い札三枚」
「三枚?」
「一枚は完全に黒。二枚目は半落ち。三枚目は封切り後待機。現場構成に入ったから記録対象」
透は黙る。
「鏡面杭一本。結界縄の端処理やり直し。あと予備札の封切り」
透は苦し紛れに言う。
「命が助かったので、そこは」
つづりは即答した。
「人を助けたのはいい」
透は顔を上げる。
「そこはいい」
つづりは、黒ずんだ札を見せる。
「でも、術具は湧いて出ない」
声は軽い。
だが、言っていることは軽くなかった。
「札一枚にも、墨と紙と手間と、失敗した時の逃げ道が入ってる」
篠宮が頷く。
「だから契約外作業が問題になるんです」
つづりは満足そうに言う。
「そう。使った物と、逃がした負荷と、増えた責任は、後から誰かが払う」
黒瀬が少し苦く笑う。
「若いのに金の話がうまいな」
つづりは肩をすくめる。
「親と祖父が下手すぎただけ」
そこへ、元請け側の現場調整担当が、半分冗談のように言った。
「宮守さん、そんな歳でカネカネ言ってたら、立派な大人になれないよ」
篠宮が眉を動かす。
美緒も少しだけ手を止めた。
つづりは、にこっと笑う。
「支払いができない大人は、立派な大人に含まれないことを祈るばかりだよー」
現場調整担当が黙る。
つづりは、さらに続けた。
「あと、今の吸い札、元請け確認で請求先保留ね」
黒い札を小袋に入れる。
「保留って、未払いの別名じゃないといいなー」
篠宮が言う。
「元請け側で確認します」
「確認じゃなくて支払いね」
「確認して、支払いまで回します」
つづりは篠宮を見る。
「篠宮さんは言葉が一個多い」
「その一個がないと上が通りません」
「元請けの上って、高いところにいるのにお金の流れだけ遅いよね」
篠宮は少し黙ってから言った。
「否定できません」
美緒は、消耗品リストを開く。
「術具消耗、すべて記録します」
透は思わず言う。
「今?」
「今です。あとで書くと、必ず漏れます」
※第4話「見積外の怪異」は全七回です。
続きます。
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