表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八重結び  作者: KEI
第3話 噂が棲む校舎

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/86

(六)聞きすぎるな

◆ 七 聞く、薄くする


四接続目。


同調。


澪の声が、いつもより近く聞こえた。


「深く聞かないでください」


「はい」


「名前を聞かない。顔を見ない。誰なのかを確定しない」


「状態だけ、ですよね」


「はい」


澪はゆっくり言う。


「感情ではなく、輪郭。意味ではなく、混ざり方。そこだけです」


黒瀬が言う。


「入りすぎたら戻せ」


「はい」


透は同調を入れた。


声ではないものが入ってくる。


知らない子。

見た。

見てない。

いた。

いない。

映った。

映して。

話して。

忘れないで。

怖い。

面白い。

誰。


それは、一人の声ではなかった。

一つの感情でもなかった。


噂の断片。

見た人の反応。

聞いた人の恐怖。

話した人の面白がり。

夢に引っかかった不安。


その奥に、もう一段深いものがある気がした。


かわいそう。

むかつく。

好き。

嫌い。


そこへ触れたら、たぶん分かってしまう。

誰が何を感じて、なぜ噂が残ったのか。


透は、行きかける。


二〇三号室の手を思い出す。


かわいそうだと思った。

でも、それを処理の根拠にしてはいけなかった。


一拍。


聞きすぎるな。

聞くのは、状態だけ。


透は息を整えた。


「……混線してる」


澪が応じる。


「はい」


「でも、まだ完全には混ざってない」


透は、意味ではなく輪郭を追う。


「輪郭が残ってる。混ざることに、抵抗がある」


「十分です」


「今なら、ほどけます」


黒瀬が言う。


「戻れ」


透は、同調を切らない。


切れば、次の希薄へつながらない。

けれど、深く聞き続ければ、噂の意味に引き込まれる。


同調を限界まで浅くする。


声ではなく、揺れだけ。

意味ではなく、輪郭だけ。

感情ではなく、混ざりかけた反応だけ。


「……浅く保ちます」


澪の声が入る。


「そのままです。まだ切らないでください。次の希薄に、輪郭だけ渡します」


美緒が名前を呼んだ。


「透くん」


「はい」


「返答、少し遅れました」


黒瀬がすぐに判断する。


「まだ範囲内だ」


範囲内。


その言葉で、透は自分が境界にいることを知る。


五接続目。


希薄。


台車残滓の時には間違いだった希薄。

今回は正しい。


理由は、対象が「回収すべき封じられた残滓」ではなく、「混線しかけている噂」だから。


ただし、いきなり薄めるわけではない。


観測で流路を見た。

固定で仮留めした。

偏向で旧視聴覚室へ曲げた。

同調で、混ざりかけた輪郭を浅く保った。


だから、今なら薄められる。


澪が言う。


「輪郭が残っているなら、薄められます。完全に混ざったものを散らすのではなく、混ざりかけたものをほどく」


黒瀬が続ける。


「三枝、希薄だ」


「はい」


「散らすな」


「はい」


「ほどけ」


透は、五つ目を繋いだ。


希薄。


旧視聴覚室へ通された噂の流れが、ほどけていく。


鏡の影。

足音。

黒板の名前。

夢の中の廊下。


ひとつの怪異として固まりきる前に、互いに混ざりかけていた反応が、ゆっくり薄くなる。


鏡の影が薄くなる。

黒板の名前が消える。

足音が遠のく。

保健室でぼんやりしていた生徒が、はっと顔を上げる。


完全消滅ではない。

ただ、校舎に張りついていた噂の形が解ける。


黒瀬が言った。


「戻れ」


透は息を吐く。


五つ繋いだ。


観測。

固定。

偏向。

同調。

希薄。


それを手放していく。


希薄を離す。

同調を離す。

偏向を閉じる。

固定を解く。

観測を戻す。


最後に、自分の呼吸だけが残った。


戻ってきた。


膝が笑いそうになるのを、なんとかこらえる。


黒瀬が透の顔を見る。


「立っていられるな」


「……はい」


「なら、記録は残せる」


透は思わず言った。


「そこですか」


美緒の声が通信に入る。


「そこです」


何度聞いても、現場はそこで終わらない。


※第3話「噂が棲む校舎」は全七回です。

続きます。

作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ