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八重結び  作者: KEI
第3話 噂が棲む校舎

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(五)五つを見せる

◆ 五 五つの作用


黒瀬が工程を告げる。


「今回の軸は偏向だ」


透は頷く。


「観測で流路を見る。固定で、逃げ道を一瞬だけ留める。偏向で旧視聴覚室へ曲げる。同調は薄く聞け。最後に希薄でほどく」


篠宮が確認するように復唱する。


「一つ目、観測。噂の流路と反応の集まりを見る」


黒瀬は頷く。


「二つ目、固定。流路の一部を仮留めして、偏向の精度を上げる」


篠宮は続ける。


「三つ目、偏向。噂の流れを旧視聴覚室へ曲げる。今回の主工程」


「そうだ」


「四つ目、同調。噂の状態を薄く聞き、輪郭が残っているか確認する」


澪がそこで補足する。


「意味を聞くのではなく、状態だけです」


篠宮は最後を口にした。


「五つ目、希薄。流路を整えたあと、噂の形をほどく」


透は、最後の項目で止まる。


「最後は希薄でいいんですね」


「今回はな」


訓練棟の台車残滓では、希薄が間違いだった。

今回は希薄が正解側になる。


違いは対象。


台車残滓は、封じられていた反復を回収すべきものだった。

散らすと拾い直しになる。


校舎の噂は、流路と形を整えたあとなら、希薄でほどくべきものだった。


透は前回の記録を思い出す。


「出口は対象が決める」


黒瀬が頷く。


「そうだ」


澪が一歩近づいた。


「ただし、同調で意味を拾わないでください」


透は澪を見る。


「意味?」


「誰なのかを探さない。その噂が、何を思っているかまで聞かない。状態だけを薄く聞きます」


「状態だけ」


「はい」


澪はいつものノートを開く。


「たとえば、“かわいそう”、“むかつく”、“好き”、“嫌い”まで拾ったと思ったら、深すぎです」


透は、その言葉で少しだけ動きを止めた。


かわいそう。


二〇三号室の手を思い出す。

首を絞めていたのではなく、布団をかけ直していた手。

そのとき自分は、確かに思った。


かわいそうだ、と。


そのあと黒瀬に言われた。


かわいそうだと思うのは勝手だ。

だが、かわいそうだから流す、は処理じゃない。


美緒にも言われた。


“かわいそうだった”は所見ではありません。


透は苦い顔をする。


「……それ、前にも怒られた気がします」


黒瀬が答える。


「怒ったんじゃない」


美緒が端末を見たまま言う。


「赤字は入れました」


「怒られてるじゃないですか」


澪は少しだけ微笑んだ。


「なら、今回はちょうどいいです」


「何がですか」


「かわいそう、まで聞こえたら戻ってください。その時点で、もう噂の状態ではなく、自分の感情を拾い始めています」


篠宮が言う。


「同調の深度超過ですね」


「はい。今回は、情緒を理解しに行くのではなく、ほどける状態が残っているかを確認するだけです」


黒瀬が言う。


「聞きすぎるな」


透は頷いた。


「はい」


篠宮は旧視聴覚室側の図面を指差す。


「旧視聴覚室は、受け皿にできます。生徒導線から外れている。閉じられる。映像、音、記録に反応が集まりやすい。術具も置けます」


黒瀬が言う。


「そこへ曲げる」


透は確認する。


「流し込むんじゃなくて」


「通すだけだ」


「はい」


黒瀬は一人ずつ見る。


「美緒、生徒の動線は」


「西側へ誘導中。残留生徒、東側廊下に二名。教員一名、保健室です」


「篠宮、受け皿は」


「旧視聴覚室側、六割です。三枝さんが偏向まで通せば間に合います」


「日野原」


澪は頷く。


「同調深度を見ます。意味を拾い始めたら止めます」


黒瀬は最後に透を見る。


「三枝」


「はい」


「五つを見せるな」


透は一瞬、意味を取り損ねる。


黒瀬は続ける。


「五接続を成立させるために繋ぐな。噂を旧視聴覚室まで通し、ほどくために繋げ」


透は大きく息を吸った。


「はい」


これは、五接続を成功させるための現場ではない。


学校に広がった噂を、生徒から外し、流路を整え、ほどくための現場だ。


透は踊り場へ向かった。


◆ 六 見る、止める、曲げる


透は、二階と三階をつなぐ階段の踊り場に立った。


篠宮の術具が、廊下の端と階段の境界に置かれている。

ただし、噂そのものには触れていない。


美緒の声が通信に入る。


「残留生徒、東側廊下に二名。教員一名、保健室。西階段は空いています」


黒瀬が言う。


「三枝、見るだけだ」


「はい」


一接続目。


観測。


透は「いない生徒」を探そうとしない。

顔を見ない。

名前を探さない。


見るのは、噂の流れ。


三階東廊下の鏡。

二階渡り廊下。

空き教室の黒板。

保健室前。

旧視聴覚室。

生徒の夢へ入り込むような薄い流れ。


噂は一体の怨霊ではない。

話された場所、怖がられた場所、見ようとされた場所に引っかかっている。


「流れてます」


透は、見えたものだけを言葉にする。


「鏡からじゃない。鏡を通って、廊下へ。そこから黒板と夢に分かれてる。旧視聴覚室にも戻ろうとしてる」


澪の声が入る。


「本体ではなく、流路ですね」


黒瀬が短く言う。


「次」


二接続目。


固定。


透にとって苦手な系統。


ここで止めるのは、噂そのものではない。

流路の一部。

曲げるための仮留め。


止めすぎると反発する。

止めなければ、次の偏向がぶれる。


訓練場で繰り返した固定訓練の感覚が戻る。


一拍。


偏向へ逃げない。

まず留める。


「止めます」


篠宮の声が低く入る。


「押さえすぎない」


「分かってます」


噂の流れが、踊り場付近で一瞬だけ鈍った。


廊下の空気が重くなる。

黒板の文字が止まりかける。

鏡の中の影が、こちらを見たような気配がある。


透の固定は完璧ではない。

ただし、偏向に渡せる程度には留まる。


黒瀬が言う。


「それでいい。次だ」


三接続目。


偏向。


今回の主工程。


噂の流れを、校舎全体へ散らさず、篠宮が術具で整えた安全な導線へ曲げる。

目的地は、旧視聴覚室。


そこは本体ではない。

だが、噂が一度まとまった場所。

映像、音、記録、誰かに見せるための場所。

噂が集まりやすく、かつ閉じやすい場所。


澪の声が入る。


「噂を消す前に、流れを一度通してください。校舎全体に散ったものを、いきなり薄めると残ります」


黒瀬が続ける。


「三枝、全部流すな。通すだけだ」


「はい」


透は偏向を入れた。


三階東廊下の鏡から、二階渡り廊下へ。

そこから、旧視聴覚室へ。


噂の流れを曲げる。


強く曲げれば切れる。

弱ければ戻る。


透は得意系統に乗りかけた。


もっと流せる。

もっと速く曲げられる。

もっと遠くへ逃がせる。


その瞬間、黒瀬の声が飛ぶ。


「調子に乗るな」


「乗ってません」


篠宮の声も続く。


「流れすぎています」


「今、戻します」


「戻しすぎない」


「注文が多い」


「現場です」


「分かってます」


透は歯を食いしばる。


曲げる。

流し込まない。

逃がしきらない。

通すだけ。


偏向が通る。


噂の流れは、旧視聴覚室へ曲がる。

少なくとも、残留生徒のいる廊下からは外れた。


ここまでで、時間稼ぎは成立する。


黒瀬が言う。


「よし。篠宮、配置を進めろ」


篠宮の声が返る。


「進めています」


旧視聴覚室側で、術具配置が完成に近づく。

透がここで崩れても、少接続の再処置ができる可能性が上がる。


それが分かるだけで、少し呼吸が楽になる。


だが、五接続はここで終わりではない。


むしろ、ここからが危険だった。



※第3話「噂が棲む校舎」は全七回です。

続きます。

作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/

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