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八重結び  作者: KEI
第3話 噂が棲む校舎

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(二)噂を見る者たち

◆ 二 篠宮と日野原


現場には、元請け側から篠宮伊織も来ていた。


校門を抜けた先で、透はすぐにその姿を見つける。

姿勢がまっすぐで、道具の配置に無駄がない。

腰には札入れ、手元には結界札、鏡面札、固定用の小型杭、廊下用の簡易墨線。


前回より装備が多い。

そして、前回より現場の顔をしていた。


透は少し手を上げる。


「また基礎確認ですか」


篠宮は、校舎図から目を上げた。


「今回は現場です」


「じゃあ味方ですね」


「条件付きです」


「毎回条件付きですね」


「無条件で信用する方が危険です」


「まあ、それはそう」


透は言い返しきれず、篠宮が広げた校舎図を覗き込む。


三階東廊下。

二階渡り廊下。

旧視聴覚室。

保健室。

空き教室。

西階段。

東階段。


すでに赤と青の印がいくつか入っている。


篠宮が説明する。


「怪異が校舎全体に散っている場合、対象そのものを無理に固定すると反発します」


透は少し驚いて聞き返した。


「固定系なのに、固定しないんですか」


「固定すればいいわけではありません」


篠宮は平然と言う。


「基礎確認で学んだはずです」


「俺に言ってます?」


「私にも言っています」


その返答は意外だった。


透が少し黙ると、篠宮は校舎図に視線を戻した。


「今回は、対象そのものではなく、校舎の動線と境界を整えます。怪異に触れるのではなく、流路と退避導線を分ける」


黒瀬が、図の印を見て頷く。


「それでいい。今の段階で、同じ対象に二人が術式を入れるな」


「私は術具配置と境界管理に回ります」


透は自分を指差した。


「俺は?」


黒瀬が言う。


「まずは見る」


「観測からですか」


「今回はな」


篠宮の視線が、ほんの少しだけ透に向く。


透は気づいたが、何も言わなかった。

前回の台車残滓で、透は観測を黒瀬に持ってもらい、処置だけに絞られている。

今回は、最初から観測に入る。


それが成長なのか、危険なのかは、まだ分からない。


その時、旧校舎側の廊下から一人の女性が戻ってきた。


軽装登山のような服装。

大きなリュック。

外付けの寝袋。

首から下げた小型の録音機。

片手には、雨に濡れても大丈夫そうな表紙のノート。


校舎の中なのに、山の中からそのまま降りてきたような格好だった。


透は彼女を見て、少しだけ目を細める。


やっぱりでかいリュックだよな。

寝袋も常備してるし。

常に外で生活してるように見える。


日野原澪。

フリーの怨霊研究者だった。


研究者と言っても、研究室にこもるタイプではない。

山、廃駅、古道、学校、商店街、祭礼跡。

怨霊が発生する場所へ自分で歩いていき、現地で観察し、泊まり込み、記録する。


いわゆる、フィールドワーカー寄りの人間だった。


透たちは、以前にも一、二度、別の現場で顔を合わせている。

親しいわけではない。

ただ、完全な初対面でもなかった。


黒瀬が声をかける。


「日野原」


澪は軽く頭を下げた。


「黒瀬さん。学校側の資料、見せてもらいました」


美緒が端末を持って近づく。


「ありがとうございます。校内の様子は?」


澪はノートを開く。


「噂の割に、反応そのものは薄いです」


透は少しだけ安心する。


「薄いなら大丈夫そうですけど」


澪は顔を上げた。


「薄いものが広い範囲にある方が、面倒なこともあります」


「また面倒なやつですか」


「学校なので」


「便利な言葉になってきた」


美緒が資料を差し出す。


「先ほど、何が起きているかと、何がそこにいるかは別だと説明しました」


澪は頷く。


「その話で言うなら、いわゆる実態と実体ですね」


澪はノートに、さらさらと二つの言葉を書く。


> 実態

> 実体


透はそれを見る。


「音、同じじゃないですか」


「なので、現場ではあまり言いません」


黒瀬が言う。


「言うと混乱するからな」


美緒は当然のように言った。


「報告書では分けます」


透は美緒を見る。


「現場で言わないけど報告書には出るやつ」


「現場で混乱しないために、報告書で分けるんです」


澪はノートの「実態」の方を指す。


「実態は、噂として何が起きているかです。誰が見たのか。どこで広がったのか。どんな不調が出ているのか」


次に、「実体」の方を指す。


「実体は、霊障として何が存在しているかです。怨霊なのか、残滓なのか、観測点だけなのか。あるいは、噂に霊障が引っかかっているのか」


透は自分なりに言い換える。


「学校だと、それが混ざる」


「はい。聞き取りをすれば、実態は分かります。でも、聞き取り方を間違えると、噂が増える」


篠宮が校舎図を見ながら言う。


「調べるほど、対象が強くなる可能性がある」


「あります」


澪はノートを閉じた。


「だから学校案件では、何を聞くかだけでなく、どう聞くかも処理の一部になります」


透は校舎を見上げる。


窓の向こうでは、まだ部活動らしき生徒の声が少しだけ聞こえていた。


ここは、怪異のためだけの場所ではない。

毎日、人が来て、帰って、また来る場所だった。


澪は資料に目を落とす。


「これは、単独の怨霊というより、噂に補強された観測・同調系の反応です」


「噂で強くなるってことですか」


「はい。見た人が増える。話す人が増える。怖がる人が増える。すると、存在確率の偏りが校内で維持されます」


篠宮がすぐに反応する。


「観測した時点で強くなる可能性がありますね」


「あります」


透は少し嫌そうな顔をした。


「じゃあ見ない方がいいんですか」


澪は首を振る。


「見ないと、どこにいるか分かりません」


黒瀬が言う。


「見方の問題だ」


澪は頷いた。


「意味として見すぎない方がいいです。誰なのかを探すより、どこに噂が集まっているかを見る」


鏡。

足音。

黒板。

夢。


澪は、それらを一つずつ指で追う。


「鏡も、足音も、黒板も、夢も、本体とは限りません。噂が引っかかった場所かもしれない」


「引っかかった場所」


「はい。だから、いきなり消すと散る可能性があります」


透は、訓練棟で処理した台車残滓を思い出した。

希薄で薄めれば安全に見えた。

だが、薄めれば廊下に散る対象だった。


黒瀬が言う。


「まずは、噂がどこを通って、どこで強くなっているかを見る必要がある」


澪は頷く。


「消すかどうかは、そのあとです」


倒す対象として見ると間違える。

鏡は本体ではないかもしれない。

噂には流れがある。


まずはそこを見る必要がある。


透は、校舎の奥へ視線を向けた。



※第3話「噂が棲む校舎」は全七回です。

続きます。

作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/

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