5話. 怠慢
あらすじ
遂に『カオス』後初の戦闘――サシルの戦いが始まる。
戦いに向かう直前、アレクは、戦地に赴くリエに声をかけた。
大方の作戦が決まった、その次の日――
「リエ」
「ん?」
アレクは、戦地へ赴く親友に声をかける。
「今回の作戦は、お前の隊が要だ。俺はついて行けないが、大丈夫か?」
「もちろんだよ。私を誰だと思ってるの?」
「はははっ、一応聞いてみただけだ。分かってる」
少しだけ笑いながら、ドヤ顔のリエに向けて拳を突き出す。
「死ぬなよ」
「……任せろ、相棒」
そう言ってリエも拳を合わせる。進軍に戻る親友の背中を、アレクはずっと見つめていた――
◇◆◇
ピューリ川付近、前線近くにて。
荒原には風が吹き荒れ、真夏と大群の兵士による熱気が辺りを支配している。一人の兵士が、とある将校の横に跪いた。
「全隊、配置につきました。そして追加の情報ですが、敵方の守備兵力が五千ほど追加されたようです」
「伝令ご苦労。下がれ」
伝令役の兵士を下げさせ、ハン連邦軍中将は思案する。目下には反乱軍どもの塹壕が広がっている。
(今の伝令通りなら、敵の迎撃兵力は約六千……となると、我らの兵力の四分の一か。情報が錯綜しているのか、舐めているのか……)
顎に手を添えて考え込む。そして、一つの結論にたどり着いた。
(おそらく超能力だな? そう考えるなら、自信過剰の説明がつく。確かに超能力は強力だ、ふりまけばこちらに損害も出るだろう。だが――)
暴走を起こせば、間違いなく味方に被害を及ぼし内側から崩壊するだろう。それを恐れたから、ハンも首脳部も、超能力を使わない方針で出撃した。
ニヤリと笑ったハンは、パチンと指を鳴らす。頷いた部下は、下士官に何かを命令した。数分後、味方の部隊から異音を立てて、何かが飛び立っていく。
「さぁ、見せてみろ貴様らの愚行を。何も為せぬ屍の上で、全てを焼き尽くしてやろう」
敵へとまっすぐに向かっていくドローンを見つめ、悪魔のように笑った。
◇◆◇
「――本部の予想通り、小手調べをしてきたか」
連盟陣地に一直線に突っ込んでくるドローンの大群を前に、トーマス北部総司令は呟く。飛行するその異様な音に、一昔前なら恐れをなしていたことだろう。だが――
トーマスは無線を口元にあて、全体の兵士に伝えた。
『案ずるな、お前たちはやり遂げる。訓練の成果を、存分に見せてやれ』
檄を飛ばされた前衛や狙撃兵たちは、今までの訓練と、残した家族の顔を思い返し、覚悟を決めた。
彼らの目に炎が宿るのを見たトーマスは、視線を戻して右手を上げる。
人の声が消えた、その瞬間。
『放て!!』
右手が振り下ろされると同時に、銃と異能による無数の弾幕が放たれた。大出力の烈風で石、枝、結晶などを飛ばし、ドローンを撃ち落としていく。
ついぞ、数百機いた鉄鷲の群れは標的を捉えることはなく、全てが撃墜された。兵たちの表情に安堵が宿る。トーマス司令も一息つくと、すかさず全兵士に喝を入れ始めた――。
◇◆◇
予想だにしない結果を前に、ハンは顔をしかめる。
(やつら、この数日でものにしたというのか……? いや待て、明らかに精度が低い。たとえ使えるとしても、この大軍の前には手も足も出まい)
そう結論を下すと、部下に無線の用意を命じる。しばらくして部下が手渡した通信機を手に取り、全兵士に演説を始める。
『我々は、この地域を奪取するために死ぬ覚悟でやってきた! しかし、敵はそのたったの六千人しかここに配備しなかった。なんという愚考か! 我々と相対することを、奴らは軽んじているのだ!』
兵士たちの目が煌々と光る。号令を今か今かと待ちわびる。
ハンはその手を高々と上げた。
『時は来た! 勇敢なる兵たちよ、愚かなカーディナンどもを地獄に叩き落すぞ!』
空気がビリビリと揺れた。ハンが腕を振り下ろすと同時、連邦軍は突撃を開始した。大地は足音で揺れ、目の前を飲み込まんと津波のごとく押し寄せる――
砂煙が激しくなる。それは徐々に規模を増し、突撃する連邦軍を飲み込んでいく。連邦の兵士は混乱に陥った。
「お、おい! なんだこの砂煙、予報ではこんな風無かったぞ!?」
「くそ、何も見えん! 誰か、指示を――」
その時、砂の煙幕を切り裂くように、一つの部隊が姿を現した。腕に紅く煌めくバンダナを身に着けた所属不明のその軍勢は、惑う連邦軍に嬉々として襲い掛かる。
重なる悲鳴と爆発音――極度に上がった混乱は、指示系統をも機能不全に陥らせる。
「お前たち、落ち着け! 体勢を立て直すぞ――おい、聞いているのか!」
旅団長が叫ぶも、その声は味方に届くことはない。その瞬間、彼の視界に紅い何かを纏う兵士を見つけた。
マスクに隠れてはっきりとは見えないが、首につけている紅いマフラー。それは、連邦軍ならだれでも知っている――
(リエ・シル――!)
その思考を最後に、彼の頭と胴が切り離される。地面に転がるそれを見つめながら、リエはナイフに付いた血を払った。遅れて、防塵用のマスクを着けた現副隊長のヤードナーが話しかけに来る。
「まさかここまで上手くいくとは思いませんでしたね」
「うん。風と砂を扱える兵士が多くて助かった」
「――それに、奴ら同士討ちを始めたようです」
さらに、奥の方から轟音が鳴り始める。連盟陣地からの一斉掃射が始まったようだ。
「まだまだ増えるよ。できるだけ稼ごう。――引き際、見逃さないでね」
「――了解です」
そう言い残すと、再び両者は戦線に戻る。殺戮の波は、留まることを知らない。
◇◆◇
その頃、ハンは広がる砂煙を前に何もできないでいた。指揮系統は壊滅し、送り出した軍勢は駆逐されていく。
(なぜこんなにも統制が取れている……今はそれどころでは……だがどうすれば――)
思考は混ざり、うまく整理をつけられない。副将のロイド准将が必死に呼びかけても、反応することができない。
その様子を、上空から見つめる者がいた。銀鷲のエンブレムを胸で煌めかせるその軍人は、呆れながらも無線をつなぐ。
『奴ら、使い物にならなそうだ。隠れて異能の鍛錬をしておいて良かったな』
『――仕方がねぇな。まずは、この邪魔くせぇ砂煙を晴らすとするか』
その声がぶつりと途切れた瞬間、前線を埋める砂煙が何かに散らされた。まるで剣に一閃されたかのように。それを見やり、彼もまた自部隊へと戻っていく――。
◇◆◇
『! 全兵撤退、自軍陣地に戻れ!』
一瞬で砂煙が晴れたことに何かを感じ取り、リエは部隊に撤退の合図を送った。自らは反対に敵陣地へと走り出す。
「……っ、息苦しいっ!」
ガスマスクを投げ捨てて、全力で駆けること十数秒――突如、轟音とともに、味方の後ろに巨大な何かが現れた。
リエはその間に割って入り、その攻撃を受け止める。
「おぉ!?」
「ぐっ……!」
丸太のような腕から繰り出される斧を受け、十数mほど吹き飛ばされてしまう。
「隊長!」
「私のことはいい、早く行き――、っ!」
すぐに態勢を立て直そうとし――刹那、その場から飛び去る。
先ほどまでいた場所に、クレーターができていた。咄嗟に上空を見上げると、銃らしきものを手に持ち滞空する男が、銀鷲のエンブレムを輝かせ、冷徹にこちらを見下ろしていた。
「チッ。外したか」
「おいおい外すなよアキラ。せっかくのいい機会だったのによ」
「うるさい。目の前の敵に集中しろ、マーク」
「分かってる……にしても、こいつとは何処かであった気がするな。一体いつだ……?」
二人の青年が会話を交わす間に、リエはナイフを構え直す。生存本能が警鐘を鳴らし、冷や汗が流れ落ちる。
(異能の使用者……さっきまでの軍勢よりも、この二人の方が危険だ!)
まるで異能の時代の到来を告げるかのように。
戦場で初めて、連邦の若き双鷲とカーディアの戦姫が対峙した。




