4話. それぞれの思惑
あらすじ
調査を進めて数日――全ての国民のデータを整理することに成功した。順調に『カオス』への適応を進めている解放連盟に対し、連邦側はいまだ混乱に支配されていた。
"連邦"軍最高司令部にて――。
清潔に保たれた廊下を、二人の大尉が歩いていく。
「今日も会議なのか?」
「あぁ。お偉いさん方の会議は今も進展していないらしい……軍勢を全撤退させたから暴動は鎮圧できたが、それがなかったらどうなっていたことやら」
そう言いながら、青年――アキラは溜息をついた。『銀鷲』のエンブレムを、その胸に煌めかせて。
「上があれでは、迅速な行動もできるわけがないな」
もう一方の丸太のような腕を持つ巨漢――マークが、その腕を組みながら頭をひねる。
「この状況、最近教えてもらったな。あ〜と、何だっけ……」
「『会議は踊る、されど進まず』、か? 少しだけ違うが……まぁ意味は近しいな」
「そうそれだ! さすが、筆記試験で入ってきたやつは違うな!」
「"伝説の男"にそう言われるとは、光栄だな」
そんな会話を続けているうちに、部下達の区域に辿り着いていた。彼らに合流し、訓練に戻る。まだ部隊に"超能力"を鍛錬させることはできないが――極秘的に力を蓄え、未曾有の脅威と敵国から祖国を守るために。
若き鷲たちは爪を研ぐ。敵に使うその日まで――。
◇◆◇
一方その頃、調査場の一角にて――アレクはリエと向き合っている。
国民の調査が終わり、満を持して兵士の調査へと移行した初日――十万の行く末を決める重要な調査の、その第一号だ。
リエがマフラーをいじりながらアレクに質問する。
「両腕の怪我、もう治ったの?」
「完治には程遠いがな。メモを取れるぐらいには回復した――それじゃあ始めるか」
「お手柔らかにお願いしまーす」
少しだけ笑いながら了承するリエに苦笑しながら、アレクは質問を始めた。
「まず、異能が発現したのはいつか分かるか?」
「六日前の午前六時半」
「……やはり、例外なく同時刻だな」
チェック欄に印をつけ、次の質問へと移る。ここが核心だ。
「異能を使用したことがあるか? あった際、どのようなことが起こったのか、できる範囲で説明してほしい」
「……ある。部隊にいた新規の子が錯乱して、異能の暴走が始まった。誰も手を付けられなくて……突然、仲間に矛先を向けた。頭も真っ白になって、咄嗟に庇って――異能を使用できた」
「待った、使用できたのか?」
アレクが身を乗り出して聞くと、リエは静かに頷いた。
「私の身体から、紅い何かが溢れ出た。霧みたいな、微細な粒の波。それが、迫ってくる蔦を一瞬で破壊して、その子の動きを止めたんだ」
「……その口ぶりからして、使用を意図して行えたわけではないようだな」
「うん。でも、何かを掴めた――次はできる気がする。周りに危害を加えずに、正しく」
リエが腕を掴む。その手は、小刻みに震えていた。
「お前ならできるよ。きっと」
「……ありがと。相棒の期待には、応えなきゃね」
まだ震えは収まっていないが、リエの顔には安堵の表情が見えていた。そして、最後の質問。
「その異能を以て、組織に貢献する気は――いや、愚問だな」
リエは目を伏せて頷いた。この条項は削除しておくように言っておこうか。
「――以上だ。異能の行使については専用の場を用意しておくよ」
「おぉ、意外と早く終わるんだね」
「必要最低限のことだけだからな。子細はこれから究明していくさ」
「応援してる。それと……」
少しだけ言い淀むリエに対し、アレクは首を傾げる。
「なんだ、どうかしたか?」
「この先、全員私の部隊だから……あの人たち居るよ?」
口をあんぐりと開けて目を見開くアレクに対し、リエは憐憫の目で相手を見つめていた。
「ま、まぁ……頑張ってね?」
そう告げて彼女が天幕から出て行った後、数十秒――見慣れた顔が現れる。
「よぉ元副隊長、元気してたかぁ!?」
「……最悪だ」
目元を手で覆うアレクに近寄り、隊員の一人――デルマーが嬉しそうに肩を組んだ。
「久しぶりに会えて嬉しいぞぉ! 近いうちにまた来いよ、他の奴らも併せて語ろう!」
「あんたら酔い潰してくるだろ! 二日酔いで毎回きついんだ、勘弁してくれ……」
邪険そうに追い払おうとするアレクの口角は、僅かに上がっていた。
◇◆◇
「――あぁ、それでげっそりしているんですね」
初日の調査が終わり対策本部員総出で調査書をまとめている中、ライアンが苦笑いをしながら顔を向ける先には、項垂れるアレクの姿があった。
同じく、対策本部員であるケーニヒスも目尻を下げながら応答する。
「実際、怪我している中で頑張ってくれていたのだから、許してあげましょう? 副長としての責務も負っているのですし」
「数も半数近く、しっかりと終わらせよう。お嬢も頼むぞ」
「任せてください、長官。 ……給与弾んでくださいよ?」
冗談めいたその言葉に、雰囲気がさらに和む。清涼な空気に満ちる地上での勤務もまた、鬱屈していた彼らの心をほぐしていたのだろう。
「さぁ、業務も残り少しだ。さっさと終わらせて、事を次に進めるぞ!」
ミロの掛け声に全員が声を合わせた。その直後――。
「対策本部はここであっているか?」
黒の軍服を着た男が、部屋の扉から入ってくる。その色は情報局員の証だ。
「情報局のソリテール副長か。どうした?」
「連邦軍に動きがあった。二個師団、二万五千ほどが司令部から出立したのを確認した」
その場の空気がひりついた。照明が点滅を始め、扉からくる風が書類をめくる音がする。
「場所は?」
ミロの手が止まり、声のトーンが一段階下がった。
「ピューリ川下流地域だ。あそこが抜かれれば、首都は目と鼻の先だ」
「分かっている、すぐに作戦立案を行う。用件はそれだけか?」
「もう一つ、西部の同志たちからの報告だ。連邦軍は異能の使用を厳しく制限しており、今も既存兵器で戦闘を行っているそうだ。しばらくは持ちこたえられると」
「了解した、退出をお願いする」
失礼する、と言い残し、軍服を翻させながらソリテールは去っていった。その時、一言も声を発していなかったアレクが口を開く。
「リエ。恐らく奴らが前線に到着するまでには二日間かかる。その間に部隊の訓練をしてくれ。異能込みでだ」
「分かってる。新設された実験場、使ってもいい?」
「勿論だ、間に合うように頼む」
目に冷酷な光を灯しながら、若き軍人は行動を開始した。それに伴い、英知を備えた将校たちも、身に纏う雰囲気を一変させる。
誰かの吐息すらも聞こえる静寂の中で、ミロは静かに彼らに問う。
「お前たち、準備はできているな?」
「はい。初日で得た兵二万のデータの調整、完了しております」
「よろしい。では作戦立案に進む――驕り高ぶった鷲どもを、地べたに引きずり下ろしてやろう」
六月三日 反乱への対応を再開。ハン中将率いる
将兵二万五千が南下を開始。
六月五日 開戦。敵民兵の超能力の使用を確認。
損害:■■■■■人
――ファミナス=リドヴィルド連邦軍極秘報告書より抜粋




