3話. 対なる不安
【 公布 】
一.現在発生している生体異常現象を『異能』と呼称する。また、それの使用は「原則厳禁」とする。――ただし、自衛の時もしくは異能が判明し必要不可欠と判断された場合のみ例外とする。
二.異能関連の事象を専門に扱う『異能対策本部』を新設、参謀本部と同じく新設の調停部をその傘下に置く。
三.全国規模で異能の調査を行う。召集のあった者は調査の協力を行わなければならない。
――以上の公布が発表された翌日。新生組織が本格的に始動した。
異能対策本部内の会議室にて。
「――と、いった流れだ。私が引き続き本部の長官を務め、チナンとニムにはそれぞれ調停部の部長と副長を任せる。そして――対策本部副長には、アレクに就いてもらうこととなった」
一瞬だけ静まり返った後、狭い部屋で拍手の大喝采が響いた。アレクは感謝しながらも一礼した。チナンが全員を静かにさせた後、ミロが説明を続ける。
「そして我々本部の最初の仕事だが……ライアン、公布は覚えているな?」
「はい。異能の使用禁止と、本部の設置と、全国民を調査する――え、まさか……?」
「そうだライアン。異能の調査を、我々が主体となって行うぞ」
今度は悲鳴が上がった。がくりと肩を落とす者もいる――総数十万という数値を知れば、当然の反応だろう。それでも、やらなければいけない……国の存続の為に。
ミロが皆を見据えて宣言する。
「まずは国民の安心を取り戻すために、彼らの調査から始める。無知は最も恐ろしい。全ての異能を一元的に管理し、恐怖におびえない社会を取り戻すぞ!」
全員の返事が、一つに重なった。本分を果たすために、一丸となって突き進む。
◇◆◇
臨時調査場、天幕の一つ――
「こっち、午前の部終わりました……」
「お疲れ様です、メモそこに置いて頂けると助かります」
一日目の前半が終わり、くたくたになって帰ってくる同僚を見ながら、アレクは申し訳ない気持ちに溢れていた。隣でパソコン作業を行うライアンに対して、ついつい謝辞を述べてしまう。
「すまんな……俺が腕を痛めてなけりゃ、作業手伝えたのに……」
「何言ってんですか。先輩は正しいことをしたんです、責められる筋合いなんてないですよ!」
「そうか……」
アレクは未だに完治しないその両腕を見つめる。自分で提案しておきながら、腕を痛めてできません、なんて笑い話にもなりはしない。
陰鬱になりかける心の換気を行うために、アレクは天幕の外に出た。綺麗な青空だ。空気も澄んでいる。
ふと、アレクは考えた――あの戦争が起きていなかったら? あの日常が、続いていたとしたら。
建物が空を覆う中で、綺麗とは言い難い空気を吸って……でもそこにはきっと、変わらない平穏があったのだろう。
そして、リエと出会うこともなかったのだろうな。
そんな思いに浸っていると、遠くから喧騒が聞こえてきた。少しだけ嫌な予感がしたアレクは、自ずとそこに足を運んでいた。
◇◆◇
騒ぎのもと――待機場の扉をくぐると、その一角に人だかりができていた。集まる人々に断りを入れて中へと入っていくと、中心で一人の男が先輩であるマルトに掴みかかっていた。
男の顔は真っ赤に染まり、罵詈雑言を浴びせ続けている。
「ですから、指示に従ってもらわないと調査が――」
「何が調査だ、どうせお前らの自己満だろうが! これ以上俺達を巻き込むな!」
心にもない言葉を聞き、マルトの顔が歪む。
「なんだと……私たちがどんな思いで!」
その時、マルトの言葉を遮るように、アレクが間に入った。
「ハリコフ君……!?」
「あ? なんだクソガキが、今はガキの入ってくるときじゃ――」
「異能対策本部副長のアレクです。同僚が、何か不手際でも致しましたか?」
いたって冷静に、アレクは質問する。相手の素性を知った男は、親の仇を見たかのようにさらに語気を詰めて詰問する。
「なに他人面してやがる、てめえも同罪なんだよ! お前らは『祖国解放』なんて聞こえのいい言葉で戦争起こしやがって、俺達の生活を壊しやがった! 挙句の果てには半年も長引かせやがって!」
不満と怒りをぶちまける男を見て、周りの国民たちは俯き、目を逸らし始める。誰しもが、心の隅に感じていた疑問。この戦争に、意味は――利益はあるのか?
彼らの不満を、アレクは一身に受けていた。怒るでもなく、悲しむでもなく……その感情は凪いでいた。そんなアレクに、男は続けて怒りを放つ。
「何が異能の調査だ、食糧確保だ! 本当に俺達を救いたいってんなら、今すぐ降伏して連邦の一部にでもなりゃいいんだ!!」
その言葉に、マルトは激昂する。
「いい加減にしろよ貴様、それ以上口を開けば――!」
その時、マルトの腕をアレクは静かに叩いた。その動作でマルトは正気に戻り、アレクのことを不思議そうに見つめた。
「何を――」
「全くもってその通りです」
アレクは静かに、されど強く言い切った。その場は静寂に支配される。予想だにしない答えを受け狼狽する男に向けて、アレクは言葉を紡ぎ続ける。
「異能の調査をしなくたって、連邦ならばこの国民全員を養えるだけの資源があるでしょう。
彼の国が混乱の渦に巻かれている現状、我らが降伏を申し込めば、きっと彼らは喜んで受諾する」
「な、ならなぜ――」
「そして、カーディナンは人から畜生同然へと叩き落される」
冷酷無比に、アレクは告げた。その目には蒼い光が宿り、まっすぐに男を見つめている。
「"ファミナス人"という権利を与えられ、差別解消という肩書を並べて法律が施行されていく。壊れた街に"人道支援"と称して食糧が投与され、カーディナンは彼らに依存していくでしょう……
そこにある潜在的な『差別意識』は、二度と戻ることはない」
機械的に述べられる確実な未来を前に、男も周りの人々も、息を呑んでいた。何も反論することができなかった。
「我々が求めるのは、栄光でも利潤でもない。それは『自由』。あなたたちが、何者にも縛られずに生きられる社会を取り戻すために、立ち上がったんだ」
男は視線を下に降ろす。その先――包帯に巻かれたアレクの手の甲を見て絶句した。
「もしあなたがそれでも我々を信じられないというのなら、私は止めない。連邦でもいい、家族と安全に過ごせる場所に亡命すればいい。国境までの安全は、私が保証します」
アレクは痛む腕を差し出して、優しく聞いた。
「もし、少しでも……我々を信じてみようと思えるなら。どうか、この手を取って頂けませんか?」
男は包帯に巻かれた手とアレクの据わった目を交互に見て、歯を食いしばる。そして片方の腕で、アレクの手を払い飛ばした。
手を襲う苦痛に、一瞬だけ顔を歪める。包帯の縫い目から、赤い血が滲む。男は握りしめた拳を震わせ、苦しそうに、絞り出すように声を漏らした。
「分かってんだよ……そんなこと。これしか、手がないことくらい……俺にだって……」
「ちくしょう」と吐き捨てて、男はふらふらと逃げるように出口へ向かって歩き出した。男を追いかけようとするマルトを、アレクの手が制止する。
「大丈夫です、先輩。後で私が個別に行きます。一人分ぐらいなら覚えられる」
「でも……君が、あまりにも……」
「先輩」
アレクは大きくため息をついた。人だかりはいつの間にか霧散している。マルトはアレクの顔を覗き込もうとしたが、影に隠れて見えなかった。
「人を救うことって、難しいんですね」
「……少なくとも、君は私を救ってくれたよ。ありがとう」
マルトの謝辞に少しだけ頷くと、アレクも出口へと歩いて行った。その足取りは重く、どこに向かっているのかも分からなかった。
◇◆◇
調査場の敷地を出て、何かに連れられるようにアレクは歩く。少し離れた先の建物の裏に座り込む。太陽の光はいまだに原形を留めている建物に遮られ、アレクの身には影が落ちていた。
数分もの間、アレクは何もできなかった。思っている以上に、あの問答が病床の身に応えたらしい。
「……情けないな、本当に」
国民の不安を取り除くこともできない。本当に、俺なんかに副長が務まるのだろうか?
誰もいない路地裏に、掠れた笑い声が響いた。こんな姿、人に見せるものじゃない。けど――
「何やってるのさ」
声のもとに顔を向ける。そこには日の光をその身に受けながら、こちらを不思議そうに見つめるリエの姿があった。調査の手伝いをしてくれていたことを思い出しながら、アレクは端的に言葉を返す。
「……疲れたから休憩してる」
「そんな暗がりの下で、独り俯きながら? それが休憩っていうなら、私は今後一切休憩なんて取りたくないね」
おちゃらけたような、されど怒気をはらんだ口調で彼女は話す。それでもアレクは、頑なにその場から動こうとしない。
「疲れたんだよ、本当に。すぐに復帰するから……独りにしてくれ」
そう言って目線を切り、目を閉じた。しばらくして、少しの足音とともに近くで布が擦れる音がした。そっと目を開いてみれば、そこには同じように座り込むリエがいる。
「お前なぁ……」
「申し訳ないね。落ち込んだ親友に独りにしてくれと言われて了承できるほど、私は優しくないもので」
リエは静かに言い放った。根負けしたアレクは、もう何も言わなかった。
静寂が、時をさらっていく。その数分間は、アレクの穿たれた心を満たしていく。
――突然、リエが口を開いた。
「……懐かしいなぁ」
「……何が」
「小さい頃、草原で同じように知らない男の子と話した時も、二人で座ってた」
少女の独白は続く。
「その頃は、『自分が何で生まれたのか』なんてことをよく考えててさ。聞いてみたんだよ、その男の子に。何のために生きているの? って」
青年は静かに耳を傾けている。少女はおもむろに、何かを掴むような仕草を見せた。
「そしたらね。『星を掴むために』って言われたんだ。おかしな答えでしょ?」
「……そうだな。ロマンチックなのは素敵なことだが」
「ちょっとだけ笑ったよ。でも否定はしなかった。いつか、できるかもしれないって」
少女は言葉を紡ぎながら、光の下へと躍り出る。闇に背を向け、話し続ける。
「私はさ、夢を果たした後に、君と笑いあいたいんだよ、アレク。どれだけ遠い夢でも、果たせたじゃないかって」
リエは振り返り、アレクに手を差し伸べて笑った。
「だからさ、一緒に行こう? どれだけ辛くても、二人で!」
アレクは、目を俯かせ、少しだけ笑った。こいつの前じゃ、俺の悩みなんてちっぽけなものだ。
少しふらつきつつも立ち上がり、光のもとへと歩み寄る。その手を優しくとって告げた。
「じゃあしっかりついて来いよ? 辛いって言って泣くんじゃないぞ」
「そっちこそ。くよくよしてたら置いてくよ」
少しばかりの沈黙の後、二人して笑った。そして二人で、調査場へと歩き出す。
心を囲った暗闇は、少しも残っていなかった。
――あめのひも かぜのひも
かさをよせあい あるいてく
なにがあっても みんなといっしょ
ささえあおうよ さいごまで
出典:カーディア童謡唱歌 『デンメルセン ~キノコの村~』




