2.5話 進むべき先
「まずは外交状況だ。スケーロ情報局長、報告を頼む」
ルヴィカは視線を右へと向けて、スケーロを見つめる。目を閉じ両腕を組みながら、スケーロは静かに話し始めた。
「近辺の国勢状況を、つい先程把握した。先の世界大戦で疲弊していた西側諸国の内、メギルス以外は無政府状態へと化したようだ。
新大陸ではラガルアからの連絡が途絶え、アラル海諸国は閉国を発表した。唯一平静を保っているのはこの組織と、共産主義諸国だけだ」
「流石は、『唯一の戦勝国』だな……」
ルヴィカの言葉にスケーロが顔をしかめたのを、アレクは見逃さなかった。
ミハイルが白髭に手を添えながら問い質す。
「となると、支援は望めないのか?」
「おそらくはそうでしょう。混乱が静まれば多少は期待できるかもしれませんが……」
ミロの答えに、ミハイルはさらに煩悶する。静まるのを見計らって、ルヴィカは次へと移った。
「元帥。前線の状況は?」
「兵士間の混乱は何とか抑えられたが、依然として不透明だ。連邦軍が全退去したことだけが唯一の救いだな。
加えて、数日前にダラン半島で同志たちによる反乱が発生したようだ、そこは西部と本軍で折り合いをつけている」
そう告げると、ミハイルは大きく息を吐きだした。
「本来は、他の者に伝えさせる予定だったのだがな……」
「? 他の者とは――」
ルヴィカが真意を問い詰めようとした瞬間、ノックの音もなくドアが開かれた。そこには、息を切らして屈むリエの姿があった。
「すみ、ません。遅く、なりました……」
「全くだ、遅刻癖は直せと何度も言っているだろう!」
机を叩き白髪を逆立てて激怒するミハイルと、いつもの様子が嘘のようにしなしなになっているリエ。雰囲気が少しだけ弛緩する。
「ごめんなさい元帥。昨日の疲労が凄くて――」
「御託はいい。とりあえずここに座れ」
少しだけ涙目になりながらも、指示に従いリエは席に座る。気を取り直して、ルヴィカは内奥の状況の把握に乗り出す。
「サレンダ、内政はどうだ?」
「……農業は絶望的な状況で、我々は支援に頼り切っていました。それが途絶えたとなると、恐らく目下最大の問題は食糧不足になるかと」
切れ長の目を冷たく光らせながら、サレンダは淡々と事実を告げる。内外の状況を把握したルヴィカは、顎に手を添えながら苦々しく呟く。
「一応備蓄はあるが――もって二週間。被害がなかったことは奇跡だが、苦境に立たされているのは変わりないか……」
目を瞑り唸るルヴィカに対し、ミロが手を広げて口を開いた。
「では、参謀本部からもよろしいでしょうか。 ……といっても、発言をするのは私ではありませんが」
そう言って、ミロはアレクを見やった。アレクは軽く頷き、床が擦れる音を鳴らしながら立ち上がる。
「現在、我々が『カオス』について把握している情報をお伝えします。二日前に全世界で同時に発生したこの超常現象の後、すでに九割の国民の生体に特殊な兆候が発生していることを確認しました」
それぞれに思い当たる節があるのだろう、アレクを除く全員が押し黙る。気にせずにアレクは報告を続けた。
「その兆候――『異能』と呼称しましょう。異能の種類は、大きく分けて二つ。五大元素の発現と身体強化です。そこから大きく外れる異能は、今の所は見られておりません」
その時、リエが一瞬だけ震えた。アレクは少しだけ不思議に思ったが、すぐに切り替えて続ける。
「そして、この異能は精神の状態に影響されるようです。安定しているときは制御が可能になり、不安定になれば暴走する。つまり――」
「上手くいけば、活用が可能だと?」
ルヴィカが少しだけ声を強くして問い質す。アレクはそれに応えるように強く頷いた。
「そこで、現在説明していただいた情勢も鑑みて、案を考え出したのですが……」
言い淀むアレクを見て察したミハイルが、助け舟を出した。
「気にするな、続けてくれ。君のありのままの意見が聞きたい」
「ありがとうございます、元帥。 ……現在、連邦は大きく混乱しており、私たち解放連盟は自由に動ける状態です。彼らよりも早く手を打つことができる」
「それで、どうすると?」
「異能の調査をするのです。兵も国民も、全てを巻き込んだ大規模な調査を」
その案を受け、全員が顔を険しくして考え込む。アレクは意見を述べ続ける。
「五大元素を組み合わせれば、食糧問題を解決できます。そして、それだけで終わらない」
「と、いうと?」
「世界各国にあって、我々にしかないアドバンテージ……それが何か、皆様には分かりますか?」
突然の問いを受け、一同は思考を始めた。やがて一人――スケーロ局長が声を上げる。
「戦争か?」
「そのとおりです」
ルヴィカは目を見開いた。ミハイル元帥が問い質してくる。
「待った、どういうことだ……詳しく説明してくれ」
「武力衝突を起こしていたのはアルトニアム地域と、ここのみ。つまり――我らだけが、異能を効率よく調査し、実践へと移行できるのです」
「……まさか、この戦場を実験場に仕立て上げ、各国からの支援をも獲得しようとしているのですか?」
サレンダの問いに、アレクは自信をもって頷いた。
「『最先端――異能の情報』は、他国からの脅威を除きたい国にとっては理想的な代物……彼らに向けての『大きな切り札』となります。
もし軌道に乗せることができれば――支援により戦力差が縮まるだけに留まらず、軍事的に優位に立てるかと」
少しばかりの沈黙のあと、ルヴィカは声を漏らした。暗い地下に見合わない、希望に満ちている声で。
「……素晴らしいな。ここまでの根拠を持っているなら、反対する気はない。むしろこれしかないだろう」
ルヴィカがその場を見渡すと、ほぼ全員が賛同の意を以て頷いた。
「よし、ならばこれで――」
「それだけじゃ、いけない」
全員が声の主、リエに視線を飛ばした。
「私の異能は、五大元素とか生ぬるいものじゃなかった。少し使っただけで辺り一帯を焼け野原にしてしまう威力を持ったもの――もしも使用を誤れば、虐殺を引き起こす程の、危険なものでした」
その声は、少し震えている。その場の全員が息を呑んだ。
「簡単に扱えば災いになります。でも、アレクの案は私たちに必要だってことは百も承知です。だから……『基本的には使用禁止、例外あり』という方針を、国民達に向けて公布すべきです」
その声には冷酷な現実を理解しながら、希望を持ち続ける確かな意志があった……
◇◆◇
子細をまとめた会議が終わり、もぬけの殻となったその部屋で、ルヴィカは独り書類を見つめていた。そこにドアを軋ませて、ミハイルが入ってくる。
「……彼は本当に一九歳なのか? 俄かには信じがたいな」
「あぁ。前々から直感していたが……彼は間違いなくこの先の命運を握る『鍵』だ。だからこそ――」
ルヴィカの目線の先には、とある役職の任命書があった。
「私は彼に、ふさわしい場所を与える義務がある」
宛:アレク・フォスター殿
新設された『異能対策本部』副長としての役職を、貴殿に命ずる。
以後、その類稀なる叡智を以て連盟に貢献されたい。
カーディア解放連盟最高指導者
ルヴィカ・フォン・ワーグナー




