2話. 二の舞
あらすじ
病床に横たわるアレクのもとに、ミロ参謀総長が見舞いに来る。丸一日寝ていたアレクに、現在の状況を説明し始めた。
「――さて、何から聞かせようか。伝えるべきことは山程あるのだが……」
「不躾かもしれませんが、街の現状をお聞きしても?」
アレクの問いに少しだけ苦笑した後、ミロは言葉を紡ぎ始めた。
「概ね、落ち着きを取り戻した。見せかけの平穏にすぎないかもしれないが……街には静けさが戻っている。私たちが取り戻した地域も同様にな」
「……街だけでは、無かったのですね。けど、被害が出ていないのなら、良かった」
アレクは安堵のため息をついた。その間、事前に淹れておいた紅茶を啜りながらミロは報告を続ける。
「前線の兵士も同様に、ミハイル元帥や各方面軍総司令がうまく対応してくれたようだ。お嬢も独自に動き回ってくれていたらしい……本当に、君たちは似ているな」
「はは……あいつらしい」
自然と笑いが漏れ出ていた。驚きはなかった。リエならそうすると思ったから。
「だから、今回の超常現象――『カオス』で、我々は奇跡的に被害を受けていない。あくまで、我々は」
「……他国では、大きな影響が出ているのですね」
「話が早くて助かるな」
既に中身の無くなったティーカップを置き、彼は目を細める。
「この組織は、お前がいち早く解決方法を見つけてくれたから何とかなったが……諸国は混乱に巻き込まれているようだ」
「これを」と呟いて、ミロは小さな無線機をアレクに渡した。アレクは何も言わずに再生ボタンを押す。多少のノイズが流れた後、音声が流れ始めた。辿ったかもしれない未来の音声。
『――……ちら……ザザッ……軍■■隊! 援軍を寄越……くれ、頼ガガッ』
『――こちら……管制……ガガ……そち■■状況は……だ!? 説明を頼……over……』
『――ザー……会議事堂前、暴動の人数が多……ピッ、銃じゃ■■できな……ザザー……早く援軍……を寄越しガガ……な、お前らどこか』
悲痛な叫びは、無慈悲にも一瞬で途切れた。目を伏せるアレクに、ミロはその傍受した音声の子細を伝え始める。
「……それは西欧諸国の中核、シャートラ民主国から発信された音声だ。この通信をキャッチしてから約一時間後、彼の国は崩壊した。――西側諸国は、その全てが無政府状態へと陥っている」
その事実を前に、アレクは脳を殴られたかのような衝撃を覚え――震えを抑えることができなかった。
「……こんなこと、絶対にここで起こしてはならない」
「分かっている。だから明日未明、幹部によって秘匿会議が行われる手筈だ……そこでだ」
ミロはアレクの目をしっかりと見据えた。
「その会議に、お前も出てくれないか?」
アレクは、自分が何を言われたのか理解できなかった。ありがたいことに、ミロはその頼みについて詳細を説明してくれた。
「お前はこの異常をいち早く掴んだ重要な人間だ。全体を決める会議にて、お前が得た情報と、意見を、素直に伝えてほしい」
「で、ですが……」
言い淀むアレクの前で、ミロは頭を下げた。
「お前が重体なのは重々承知している。だが……どうか頼まれてくれ」
「……分かりました。私で、良ければ」
ミロが顔を上げると、覚悟を決めたアレクの姿があった。ミロの心を、安堵の念が駆け抜ける。
「……そうか。すまないな」
「いえ、確かにいろいろと伝えなければいけないこともありますし、むしろありがたいです」
アレクは感覚のない両腕を見つめる。資料を用意することはできないが――脳内で保管して説明するしかない。
一呼吸置いて、アレクは口を開いた。
「参謀総長、私を資料室に連れて行って頂けませんか?」
◇◆◇
翌日――参謀本部の防空壕のさらに深く、一般兵士には立ち入りできない地下会議室にて。
昨夜、資料室で記憶の擦り合わせを終えたアレクは、ミロとともに湿気に満ちた廊下を進んでいく。
ドアをくぐると、既に三人――ミハイル元帥や、内政を司るサレンダ政務官、スケーロ情報局長ら連盟の重鎮が待機していた。
サレンダが興味深そうにアレクを見つめる。
「あなたが、アレク殿ですか?」
「は、はい。アレク・フォスターと申します。新参者ですが、本日はよろしく――」
「噂は聞いていますよ。嬢様とも仲良くして頂いて」
にこやかに笑いながら席を立ち、サレンダはアレクの手を取った。アレクが呆気に取られていると、ミハイルが目を細めながら呆れ声を漏らす。
「やめてやれ、サレンダよ。アレク君が困っているだろう?」
「おっと失礼。では私は、席へと戻らせて頂きましょう」
飄々とした足取りで、サレンダは席へと戻っていく。平静を取り戻したアレクは、ミロに続き自分の席へと座ろうとした、その時。
「すまない、遅くなった」
凛としたその声とともにドアが開かれ、赤髪が似合う一際背丈の高い人物が入ってきた。どことなく気品を感じるその佇まい――連盟を率いるリーダー、ルヴィカその人である。
すぐさま全員が起立し、敬礼した。
「非常事態だ、畏まらないでもいい。座ってくれ」
その声を聞き各々が席に座るのを確認し、自らも座ったルヴィカは会議を始めた。
「……皆も知っての通り、数日前からほぼ全ての人間に異常な能力が発現している。中には、従来の兵器とは比較にならない攻撃力を有するものもある」
「そうだな……誤って暴発を引き起こした兵によって、小隊が壊滅しかけた話も聞く」
ミハイルがしわを寄せて重々しく呟く。照明は点滅し、今にも消えてしまいそうだ。
「現象……民の間では『カオス』と呼ばれるものが発生して数日、兵達の緊張と混乱が最高潮にまで高まってしまっている。
これ以上放置すれば、この独立闘争はおそらく"崩壊"するだろう。それだけは、絶対に避けなければならない」
「……なるほど、今日はその事態に対応する方針を決める会議ですね?」
先程までとは打って変わって、顎前で両手を組んだサレンダが静かな声で問い質す。リーダーは軽く頷いて、召集の理由を明らかにする。
「今回はそれぞれの分野から情報を持ち寄って来てもらった筈だ。各々出し合い、総合的に鑑みて判断を下すぞ」
ルヴィカの発言に全員が頷いた。今後の命運を決める最重要の会議が始まった。




