39話. 見透かす眼
あらすじ
前線に突如、未知の化け物が出現した。連盟の兵士達は為す術もなく後退していく。そしてその戦場に、第五師団長であるサマル少将が駆けつける。
丘陵の荒野を駆け上がりながら、サマル少将は横の副将、バルガに聞いた。
「塹壕が突破されたというが、本当なのか!?」
「どうやらそのようです……! この先を見れば全体が一望できるはず」
峠を越えた先――赤い光線を放ち続ける紫色の巨大な化け物と、敵に圧倒される自陣の姿があった。
「……なんだあれは。報告にはなかったぞ」
「途中で通信が途切れたようで。恐らくすべてを報告する前に……」
「そうか。なら我々はそれに応えなければいけんな」
言い終わると同時に、サマルは崖を滑り落ちる。中腹を過ぎたところで、彼は跳んだ。戦場の上を、一つの影が舞い落ちる。
影とその身が接地した瞬間――サマルが放った岩礁が、連邦軍を蹴散らした。その光景を見た連盟兵士は大いに沸き立つ。
「サマル少将! 少将が来てくれたぞぉ!」
「ここが踏ん張りどころだぞ! 各々死力を尽くせぇ!!」
サマルの激励に兵士達は奮起し、銃を片手に反撃を始める。そのサマルの後ろから、複数の敵兵士が彼に襲い掛かった。
「隙だらけだ!」
「どこがだ馬鹿が」
サマルが腕を後ろに振りかざすと同時に、地面から突き出た光輝く宝晶が、戦闘の敵兵――異能によって強化された皮膚で守られた腹を軽々と貫いた。
驚愕する傍らの敵兵士にもまた、手から生み出した岩石を投げつける。ひるんだすきに手に持つ剣で袈裟切りにした。
崩れ落ちる敵兵を見ながら、サマルは剣に付いた血を払う。そんな彼に味方の兵士が駆け寄ってきた。
「サマル少将、ここは我々にお任せください! 今最も対処すべきなのは――」
「分かっている。これからあの化け物のもとへ向かう……もっとも、倒せるかはわからんがな」
そう呟き、サマルは怪物を見やる。体表にびっしりと目を張り巡らすその異様な姿は、見ているだけで吐き気を及ぼしそうな感覚を覚える。
目を細めるサマルに、兵士は情報を渡し始めた。
「数多の同志達のおかげで、奴の習性が少しだけわかりました……! 撃ち抜かれる直前、皆奴の目を見ている……おそらく目に兆候があります、ご留意ください!」
「分かった、必ず役立てる」
「それと、死体の殆どは額に跡がありました――頭部に警戒してください!」
サマルは少しだけ頷くと、踵を返して地面を這うように跳躍して戦線を縦断する。近づくにつれ、異臭が辺りを満たしていることに気づいた。肉が腐乱したような、鼻をつまみたくなる匂いだ。
(鼻がひん曲がりそうだ……あの化け物が出しているみたいだな)
その時、怪物のすぐ麓で規律正しく進軍する紫色の兵士の一人が、サマルに気づいた。手に持つその銃器をこちらに向けてくるその前に、奴を銃で打ち抜く。崩れ落ちる兵士に目もくれず、その他の兵士は機器を構えようとする。その前に――
彼らとサマルの中間から放たれた大質量の岩礁が、怪物もろとも彼らを蹴散らした。ともに、人間の悲鳴を幾重にも重ねたような、不快な咆哮が戦場に響き渡る。
肉体が引き裂かれ、分離した肉体は急速に風化していく。それを見ていた近隣の連盟兵士は、その強さに息を呑んでいた。だが――
「……少し、遅かったか」
「え?」と呟き、兵士はサマルのことを凝視する。その時、彼は気づいた――視界の先のサマル少将の肩から、鮮血が飛び出しているのを。
「少将、お怪我を!?」
「っ……頭じゃないから大丈夫だ。今ので、分かった。下の敵兵はただの照準装置だ。そして一度ロックオンされたら――必ず貫通される」
肩を抑えて少しよろめきながら、サマルは立ち上がる。そして、眼前に広がる光景に舌打ちした。
「クソッ、また終わりじゃないのか……!」
その声の直後、大質量の物体が地上をひしめき動く轟音が鳴り響く。兵士が驚いて振り返ると、怪物が残った肉体をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせて再生している姿がそこにはあった。
「……さっきみたいな質量攻撃はそう簡単に撃てない。目の半数は引き受ける、お前達は協力して目を潰していけ、いいな?」
「了解です、伝えてきます!」
そう応えて、彼は岩礁の隙間を縫うように塹壕へと戻っていく。サマルは彼を一瞥すると、怪物の方向へと身体を向けた。
「お前が何者かは知らん……が、あまり人間を舐めるなよ」
空気を震わす雄叫びを上げながら、対象を屠らんとその目は動き続ける。サマルは不敵に笑うと、怪物の下へと歩を進め始めた――
◇◆◇
「――何だと!? 誤報ではないのか!?」
同じ頃、西部方面司令室にてソート西部総司令は通信兵の伝令内容に鬼気迫る顔で返していた。
「はっ! すでに多数死傷者発生、現在第五師団が対応に当たっていますが、成果は芳しくなく……」
「当たり前だ、二万以上を一万未満で止められるものか! すぐに第二師団と第三師団を出撃させろ、私達も出るぞ!」
言い終わるよりも前に、ソートは出口に向かって駆け出した。将校達も慌ててそれに追随する。
ソートは焦燥に支配された顔で廊下を走り抜ける。
「クソッ、アリオスが軍を手中に収めた時点で警戒するべきだった……! ぬかったな……」
「仕方がありません、総司令。逆にここで悪魔どもを地獄に叩き落とし、出鼻を挫いてやりましょう」
連盟軍大佐ミッシェルが目をギラつかせて応える。その目に宿る讐念の炎は、今も尚健在である。
「あぁ、そうだなミッシェル。我らは負けるわけにはいかんのだ」
歩幅を速めながら、ソートは応えた。その先に待ち受ける結果に、思いを馳せることなく……
多数の目を操り、敵を屠る怪物――ナリューグ。不遜にも審判の神の名を冠するこの兵器は、今はもう国際法違反として全ての情報が抹消されたとされている。――真偽は不明だ。




