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独り立つ 〜残された未来へと贈る英雄譚〜  作者: ルヴィカ・フォン・ワーグナー 訳:春の嵐
時の因縁編
47/48

38話. 真厄

あらすじ

ときは少し遡り――東部方面の前線に、何かが現れた。

東部方面前線、塹壕にて――


「……ありゃなんだ?」


連盟の兵士――クリスは、視界の先、連邦側の平原に何かが蠢くのを目撃する。その声に、彼の同僚――カームが反応する。


「どーしたクリス。ニコチンを取り込みすぎて、とうとう幻覚が見え始めたか?」

「いや、そんなはずないと思うが……」


クリスは訝しみながらも双眼鏡を取り出す。レンズを通して"それ"を確認しようとした瞬間――彼の額を、赤い何かが貫いた。


クリスの身体が崩れ落ちる音を耳にして、カームは振り返り驚愕する。


「な……! お、おい! しっかりしろ!」


咄嗟に駆け寄り抱き上げるも、力なく垂れ下がる腕と光の消えたその瞳から、即死していることは明白だった。


「どういうことだよ、まだ停戦が始まってから一週間しか――」


その声は、数多響く肉の崩れ落ちる音と、それに伴う恐騒によって遮られる。


(ちくしょう、何が起こってんだよ、なにが!)


カームは近くの通信機をひったくると、その先の通信室に向かって叫び出した。


「おい、聞こえるか!」

(――デカい声出さなくても聞こえるぞ。その声はカームだな? いきなりどうした、まさか愛の告白でもするつもりじゃ)

「そんな馬鹿なこと言ってる場合じゃねぇんだよ! 連邦の奴ら、いきなり攻撃してきやがった! 全兵士に連絡してくれ、早急にだ!」


無線の向こうから、深いため息が聞こえてくる。


(――おいおい、まだ停戦終了まで三週間もあるんだぞ? そりゃお前の目の故障だ)

「違う! もう既にクリスがやられてる! 他のとこにも被害が出始めた、この行動を止められていない時点で察せよ!」


カームの必死の叫びが伝わったのか、奥の通信兵は黙り込む。少し経った後、声が聞こえた。


(――分かった、お前を信じるぞ。全体に敵軍の大まかな数を伝える必要があるから、確認してくれるか?)

「分かった、確認しながら口頭で伝えるぞ」


カームは通信機の無線を手に持ちながら、血に塗れた双眼鏡を眼の前にかざそうとして、目視で見えた光景に息を呑んだ。


「……敵軍の端が見えねぇ。少なくとも二万はいるぞ」

(――あり得ないだろう!? もし本当なら、なぜ今まで気付かなかった!?)

「分かんねぇよ! 地鳴りなんて少しも――」


瞬間、耳元を赤い閃光が駆け抜ける。それはカームの掌ごと無線機を貫いていた。


「がぁっ……クソッ!」


掌を襲うその痛みに悶えつつも、どうにかして情報を得ようとして、もう片方の手を震わせながら双眼鏡を構えた。


そのレンズの先――戦線の中央を、紫色に染まった兵士が進軍していた。何かを構えながら、驚くほど冷酷に……彼らは規律正しく進軍していた。まるで決められたことしかできない人形(マリオネット)のように。


(んだよありゃあ、あんな部隊一度も……)


その思考の直後、奥の霧を通して大きな影が左右へ動いているのを見つけた。やがて霞が晴れ、その全容があらわになっていく――


「なんだ、あの、化け物は……」


声が、漏れ出ていた。"それ"は、紫色の体を持ち、背面から多数の目を覗かせ、触手で這い寄るように前進していた。数多ある突起物から赤い光を放ち続けている。


生存本能が激しく警鐘を鳴らす。鳥肌が立ち、足が竦む。あれと戦うなんて、無理だ……


その時、一つの目がこちらを向いた。


「――ぁ」


遺言を言う暇すらも与えられず、彼の脳漿は飛び散った。



◇◆◇



通信機が壊されたその直後――


「――おい、聞こえるか! ……クソッ、通信が途切れやがった……」


通信兵――アーギャは混乱に陥っていた。詳細を聞けぬまま途絶するなんて――だが確信する。本当に連邦軍が攻めてきたのだ。


そのとき、扉から彼の同僚が入ってくる。


「どうした、何があった?」

「……連邦軍から攻撃が始まったらしい。既に死人が出ていると」


彼は目を見開く。そして信じられないという風に問い返した。


「本当なのか?」

「最悪なことにな……今すぐ上に連絡してくれ。敵規模は少なくても二万。俺は前線に連絡する」

「分かった、頼んだぞ!」


そう言って、踵を返して走り去っていく。再び独りになったアーギャもまた、己の本分を果たし始めた。




――正確な情報が伝達されぬまま、母なる大地に血の雨が振り注ぐこととなる。

彼らに感情は無かった。ただひたすらに、屠り続けていた。

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