37話. 心を揺らがす
あらすじ
連邦でクーデターが発生した数日後。嵐の前触れを告げるかのような静けさが連盟の日々を満たす中、傷を負って眠っていたリエが目を覚ます。
「ん……」
黒く閉じられた視界に光が戻る。入り込んできた情報は、ここが病室であることを示していた。
(あの化け物に、胸を切られたんだっけ……)
そう思いつつ身体を起こすと同時に、楽しそうな話し声とともに、顔見知りの女の子達がドアから入ってきた。
「――それでね……あ、リエちゃん」
「意識取り戻したんだ! よかったぁ!」
そう言って一人――ティラちゃんが抱きついてくる。とても嬉しいのだが、その嬉しさよりも先に――
「いぃだだだだだぁ!?」
痛みが私を襲った。トレーを持った一人――マイさんが、目尻を下げながらティラちゃんに近づく。
「ダメでしょうティラちゃん。今、リエちゃんは傷を負っているんだから」
「しょーがないじゃないですか。リエちゃんが意識を取り戻したのが嬉しかったんですもん」
「ちょ、あの、いったん離れて……さらに強く抱きしめ……っ!」
骨が軋むような感覚に悶える様子を見せると、流石に気遣って離してくれた。涙目の私に、マイさんが話しかけてくる。
「ところで、お茶を淹れてきたのだけど……飲むかしら?」
「……ぜひお願いします! マイさんのお茶おいしいので!」
私の言葉を聞いて少し気恥ずかしそうにしながら、マイさんは紅茶をティーカップに注いでゆく。次第に、辺りを芳醇なグレープの香りが満たしていった。
「はい、どうぞ」
渡されたティーカップを手に取り、口に流し込む。
「……はぁ〜、染みるぅ」
「茶菓子もあるから、食べてね!」
ティラちゃんに「ありがとう」と伝え、差し出された茶菓子の山から一つをつまみ出し、口の中へと入れる。潤いある口の中を、茶菓子の甘みが支配していく。
「おいしい……!」
「でしょう!? 今回のは力作なんだよ!」
興奮気味に語る彼女を見て、思わず顔が綻ぶ。やはり彼女たちと話すのは楽しい。だからこそ――
「そういえば、ミアさんは?」
聞かずにはいられなかった。いつもミアちゃんを入れて三人で過ごしていたはずなのに、今日は彼女だけが欠席だ。風邪か何かだろうかと、何気なしに口にしただけだったが……
マイさんが顔を俯かせた。
「ミアちゃん、今は捕まってるの」
「ぇ……どういう、ことですか?」
事実を受け入れられない私に、ティラちゃんが物悲しそうに告げる。
「ミアちゃん、情報局員だったんだよ……先の戦闘でメローネさんと戦って、今は収容されているの」
私は、息が詰まったような感覚を覚えた。ミアちゃんが、そんな……
「今の所は、処刑なんて話は上がってないみたいだけど……」
「祈るしかないわね。戦争が終わったら、また皆でお茶会したいもの」
そう呟いて、マイさんは手を合わせた。自然に、私もティラちゃんも手を合わせ、願った。彼女が、生きて帰ってこられるように……
どれほど時間が経ったのかは分からないけど――突然、病室が大きく開かれた。外から純白のマントを翻させて、シャルルさんが駆け込んできた。
「リエ、目を覚ましたのか!」
「あ、シャルルさん。一応です」
私の言葉を聞くや否やマイさん達とは反対側の枕もとで跪き、何かを取り出した。赤く色彩を放つ一輪の薔薇だった。
「これを、君に。似合うと思って買ってきた」
ドヤ顔で渡してくるシャルルさんを見て、ティラちゃん達は溜息をついた。
「……なんでうちの組織って、恋愛下手な男子しかいないんだろ……サマルさんとかこいつとか」
「ありがとうございます、シャルルさん。この薔薇、病室の窓にでも飾っておきますね」
「おぉ、美しい……絵画のようだ」
生けられた薔薇と私を見て、シャルルさんは感嘆の声を漏らしている。私は心の中で溜息をついた。
(ハリコフと仲直りしてからも、変わんなかったなぁ……シャルルさんらしくて安心するけどさ)
「……そういえば、ハリコフは? 仕事中?」
ぽっと浮いて出た私の問いに、シャルルさんが答える。
「ハリコフは別の場所で療養中とのことだ。一週間で復帰するらしい」
「なら良かったです」
ほぅ、と息を吐く。ベッドの枕によりかかる。ふかふかのベッドに沈み込むことって、こんなに気持ちいいんだなぁ。
だんだんと、眠気が私を襲ってくる。紅茶を飲んでリラックスしすぎちゃったのだろうか……そんな思考を最後に、再び私の視界は黒に包まれた――
◇◆◇
「……また寝ちゃったみたい」
「最近詰めて働いていたからな、ゆっくり休ませてやろう」
マイが毛布を掛けながら呟いた言葉に、シャルルが笑いながら応える。その言葉に全員が和んだ、その時――
「! シャルル、アンタの電話から着信音がなってない?」
ティラが雰囲気を穿つかの如く指差したその先――シャルルのポケットに入っている携帯が、確かに小刻みに揺れていた。
「む、本当だ。すまん、すぐ戻る」
「戻ってこなくていーぞー」
ニヤつきながら喋るティラには目もくれず、シャルルはガチャリとドアを開ける。病室の外は薄暗く、何か不吉なものを感じさせた。
電話に出ると、少しのノイズとともに見知った声が聞こえてくる。副隊長のシャイセンだった。
「……どうしたシャイセン。急用か?」
(――隊長、すぐに戻ってきてください! 連邦軍の攻撃が始まりました!)
「……は?」
シャルルは電流を流されたように硬直した。辺りの空気が冷え始めたような感覚に陥る。言われたことをすぐに理解することができず、シャルルは問い返した。
「今はまだ、停戦期間のはず――」
(――連邦新政府は停戦を破棄! すでに北部、東部より大量の連邦軍が殺到してきています!)
シャルルは黙り込む。一拍置いて、彼は静かな声で告げた。
「……今すぐ東部方面に部隊を配置。一時間後には合流する、西部方面軍のサポートをしろ。いいな?」
(――了解しました、失礼します!)
ブツリと途切れた携帯を握りしめ、シャルルは憤怒を溜めていく。驚くほど、静かに。
「掟を破り、人の身を脱したガルツの末路……貴様らにも味わわせてやる。
神の手ではなく、我ら人の手で」
そう呟くシャルルの眼からは、全てを射抜く殺意が放たれていた――。
――ḡemte áu-shiñja tø £oirñe. ter-lu kárdiá ** báffok-iñ árbødȳ.
(――裏切者は蔑まれる。自らの心臓を差し出すまで。 )
出典:『聖抵神話』 第八章 "ガルツの苦悩"より




