35話. 内奥の状
あらすじ
スケーロとの一騎打ちのあと、ハリコフはたまたま通りかかった通行人に助けられる。そこで数日療養していると、連盟から迎えが寄越される……
早朝の自然の声を耳にして、俺は目が覚める。まどろみながら立ち上がろうとして――全身を駆け巡る激痛により、意識が完全に覚醒した。
(そうだった、身体がボロボロなんだった……)
心身に負担がないように、床に右腕をつきながら丁寧に体を起こしていく。やっとの思いで起き上がると――
「ハリコフ君、調子はどうかな?」
その声とともに扉が開かれ、一人の男性が入ってくる。
「あぁ、カイルさん。質の良い布団のおかげでよく眠れましたよ」
「それはよかった! それと、おかゆを持ってきたのですが、今食べられますか?」
「ぜひ」
そうして手渡された木製のスプーンで、おかゆを一口食べる。咀嚼して飲み込むと、温かさが身体にじんわりと広がっていくのを感じた。
「……本当に、カイルさんには感謝してもしきれません。治療していただくばかりか、食事まで提供いただいて……」
「いえいえとんでもない! むしろ私らがお礼を言いたいぐらいですよ」
そう言って手を左右に振るカイルさんを見つめて聞く。
「どういうことですか?」
「……異能が発現したあの日から、ずっと私らは怯えて暮らしとったんです。他国の惨状を見てからは、嫌な妄想が頭から離れなかった。特にこの地域は紛争中です、最悪は、自分も……」
「……申し訳ない」
「あぁいや! そういう気持ちで言ったんじゃないのです。あなた方は不安に陥れてくるどころか、むしろ私らの不安を解消してくださった。しかも、生活の質の向上まで……」
カイルさんは、布団の中にある俺の左手を、そっと握った。そして額を近づける。
「本当にありがとうございます。ずっと、お礼を言いたかった……」
「……私達が戦い続けられるのは、あなた達国民のおかげです。報いるのは当然のことだ」
どうしてもカイルさんを直視できず、ついぶっきらぼうに答えてしまった。それでも心の中には、温かい何かが燻っていた。
その時、チャイムの音が鳴る。「見てきます」とだけ言い残し、カイルさんは下へと降りていった。数分も経たぬ内に、足音が二つとなって帰ってくる。
「大事ないか、ハリコフ」
「トーマス司令!」
入ってきたのはカイルさんではなく、トーマス司令だった。後からカイルさんが慌てて入ってくる。
「トーマス司令殿、お荷物預かりますよ!」
「ご厚意はありがたいが、今回は遠慮させて頂きます。用件を伝えに来ただけですので」
「ほんなら良いのですが……」
そう言っておずおずと退出していくカイルさんを見送ると、トーマス司令は目つきを変えてこちらを見つめた。
「全く……毎度無茶をする。その傷じゃ、復帰するのはもう少し先だな」
「面目ありません、精進します」
「まぁ別にいいさ。それで、用件だがな……一つ目は、アイジニア関連についてのことだ」
情勢の話と分かり、俺は先程まで手にしていた茶碗とスプーンを布団の近くに置いた。枕元に腰掛けた後、人差し指を上げながら司令は続ける。
「支援が予定通り再開され、銃弾十万発の支援がメヅル港より運び込まれている……ここまでは良いのだが、一つ不祥事があってな」
「……不祥事、とは?」
トーマス司令は一息吐き、告げた。
「戦車五百両に、将校と兵がおまけでついてきたんだ」
「……追加の義勇兵、ということになりますか?」
「まぁおそらくな。駐在武官のような形になる」
「その方の、お名前は?」
「レイモンド・マイアーだ」
俺は冷水をかけられたように固まってしまった。
(……会談に出席していたあの軍人か。厄介なことになりそうだ……)
「……むしろその手の人物が来て頂けるのはありがたいですね。その、二つ目は?」
「先程の戦いで、リエが負傷した」
今度こそ完全に思考が停止した。あり得ないはずの事実を前にして、頭がチカチカし始める。眉間を押さえ、振り絞るように問う。
「……容体は?」
「以前よりかはましだが、胸を袈裟切りにかけられている……今はカーディア臨時中央病院で治療中だ、前回の回復力込みで一週間といったところかな」
「……そうですか。しかし、リエが対人戦で後れを取るなんて……情報局にそれほどの強者が?」
俺の問いに、少し唸って司令は答える。
「それがな……シャルルら東口の者達曰く、情報局員ではないようなのだ。むしろ、局員を皆殺しにしていたらしい。私たちの被害が想定以上に少ないのも、恐らくそれが原因だろう」
「……連邦での内紛がピークに達しているのか?」
俺は顎に手を添えて、無意識に小さく呟いた。司令がその言葉に反応する。
「……停戦時にリエが言っていたことか。だが、今の話と何の関係がある?」
「スケーロが私と対峙した際、こう叫んだのです。
『未来主義への転換のために』
、と。スケーロは未来派閥と繋がりがあった。そして、私達も殺害して構わないという指示を出せる立ち位置――それは連邦の重鎮しかありえない」
「……メギルスはどうだ? 連邦が所属する資本主義陣営『AAT』の盟主ではあるが……」
「ありますが、限りなく低い。そもそも彼の国はアルトニアム内戦に手一杯ですし……時勢を見極めることに長けたあの国が、ここまで介入することはあり得ない」
司令は胡坐をかきながら目を細める。不審点があると言わんばかりに口を開いた。
「肝心な部分がある……『なぜ連邦が差し向ける』? このまま内紛を続けていれば、得をするのは連邦のはずだ」
「連邦が内紛を起こしている理由が、それと直結しているからです」
そう言って周囲を見渡し、布団の横に丁寧にたたまれている自分の上着から、身体に負担がないようにゆっくりと一枚の写真を取り出し司令に手渡す。会談前にリーダーにいただいた、あの写真を。
「……! 連邦の軍人と……この国章、未来主義国筆頭のシャートラ軍拡国――彼の国を率いるテルマリーダー党の党員か。つまりは……
『奴らの身内争いが、こっちまで波及してきた』
、ということか」
「えぇ。資本主義を是とする旧体制派と、未来主義への転換を求める革新派……この2つが争っている可能性が高い。その中で、旧体制派が仕掛けてきたと考えるのが最も可能性が高い」
「複雑になってきたな……できれば旧体制派が競り勝ってほしいところだ。革新派が勝てば、西側諸国の最大限の支援が送られるだろうからな」
司令の言葉に頷きつつ、俺の中には一つの違和感が渦巻いていた。
(そう、可能性が高いのはこれ……だが、リエの話によれば旧体制派が劣勢だったはず。こんなことをしている余裕があるのか?)
思考のために俯いていると、司令が腕を組みながら話す。
「とりあえず、我らは力を溜めるだけだ。お前はここで養生――ん?」
その時、司令のポケットからブザー音が鳴りだした。司令は携帯を手に取り、会話を始める。
「北部総司令のトーマスだ、どうした……なんだと? 誤報ではないのか? ……分かった、すぐに向かう」
司令は深刻そうな顔で、携帯の電源を切り立ち上がる。
「すまんハリコフ、急用ができた。また数日したら迎えに来る」
「わ、分かりました……何があったので?」
「突然、ピューリ川――北部方面の連邦軍が退去を始めたらしい。他のところはわからんが……もしお前が言ったことが起こっているならば――最悪、停戦が消える可能性がある。しっかりと傷を癒し、備えろ。いいな?」
「心得ました」
司令は小さく頷き、階段を足早に下りていく。誰もいなくなったその部屋の中で、俺は独り未来のシナリオを考え続けていた……
停戦が結ばれてから、1週間を過ぎたころだった……ファミナスで、クーデターが発生した。




