34話. せめてもの
南口――ケーニヒスとミアによる、最後の戦いが繰り広げられる。
メローネさんは私に向かって淡々と銃を向けてくる。持ち前の俊敏さを以て何とか避けた、が――口を塞ぐ左腕側から、いつの間にか彼女が姿を現す。
「対応、遅いんじゃない?」
「っ!?」
私は咄嗟に身を捻るも間に合わず、腕に一太刀食らってしまう。メローネさんの追撃を後ろへの跳躍による足蹴りで防ぐ。壁に留まり、再び攻撃動作に入る。壁、天井、床……全ての障害物の間を高速に跳ね回る。
「……本当に厄介ね。それだけはどうしても捉えられない」
メローネさんが諦念と感嘆を交えた声で呟いた。その死角めがけてナイフを振り下ろすも――紙一重のところで躱される。
(なんで、殺気は消しているはずなのに……!)
着地してナイフを構え直すとともに、メローネさんが私に告げてくる。
「殺気は確かに無いし、とっても早くて追いかけられないけれど……蹴るときの音で、ある程度場所は想像つくの。それで私を殺すには、まだ足りない」
言い終わるよりも前に抜き撃ちを放ってくる。私はそれを避けようとして――余りにも離れたところに生じたその弾痕を注視した。
(ショットミス!? いや、そんな無意味なことをする人じゃない!)
その時一瞬だけ、背後から針のように刺さる気配を感じた。咄嗟に跳び、床を転がる。体勢を立て直すと、先程までいた場所で、メローネさんがナイフを振り下ろしていた。その時初めて、自分が視線誘導をされていたことに気がつく。
「やるじゃない。後ろを気取られたなんていつぶりかしら……でも、もう勝負ありよ」
そう言い放ち、メローネさんはナイフを鞘に収めた。
何を言って――あれ? 視界がぐらついた。立てない。崩れ落ち、呼吸が荒くなる。甘い香りが、体内を満たしていき、末端から力が抜けていく……何が、起こって……?
「動きすぎよ。息を荒らげれば、それだけ花粉を吸い込んじゃう……もっとも、傷を与えた時点で勝ちは決まっていたようなものだけど」
メローネさんの言葉にも反応できない。自分を保つので精一杯。嫌だ……まだ私は……!
「……やっぱりミアちゃんは芯がある。これを吸っても立ち上がれるなんてね」
「……私は、まだ、立って、いますよ……!」
「そうね。勝負は終わってない」
震える足で踏み込み、ナイフを振り下ろす――だが、その腕は優しく掴まれ止められてしまった。立つことすらもままならず、私の身はメローネさんの胸元に沈み込む。
「辛い戦いは、これでお終いにさせて」
私は彼女に精一杯の抵抗を試みる。だけど、力の入らない私に、その優しい拘束を解くことはできない。
(いや、だ……スケーロさん……)
涙が、こぼれ落ち始める。しゃくり声を上げることしかできない。あの日からずっと、頑張って――だけどお役に立てない自分の情けなさに、辟易した。
せめて、あの人だけは――私のことをどんなふうにしたっていいから。お願いです、神様……
◇◆◇
私――メローネは、完全に意識を手放したミアちゃんの身体をそっと寝かせた……彼女の綺麗な肌にある、大粒の涙を見つめながら。指を鳴らし、夢幻へ誘うその霧を霧散させる。そして私は、大きく息を吐いた。
(やっぱり、戦いなんて嫌い)
そう考えていると、扉が吹き飛ばされる。冷や汗を流しながら、マクラホン大佐が入ってきた。
「激しい戦闘の音が聞こえましたが、大丈夫ですか!? 救援に来れず申し訳ない……!」
「いえ、大丈夫。ミアちゃんが施錠していたのだもの、仕方がないわ――この子をお願いできる?」
「……分かりました。命に変えてでも」
静かに答え、彼はミアちゃんを抱えて部屋から立ち去って行く。そして私は、他の兵士とともに部屋の物色を再開した。数分も経たずに隠し階段を発見する。
「ケーニヒス殿、本当に御一人でよろしいのですか?」
「えぇ、大丈夫。貴方達は西口の加勢に行ってあげて。捕虜の連行には人手が必要だから」
「分かりました、ご武運を」
足早に去っていく兵士達を見送った後、ゆっくりと階段を降りていく。一段一段を踏みしめるように――やがて開けた空間へと辿り着いた。
(……元々炭鉱の駅だった場所を利用していたのね。ハリコフ君の読みは当たっていた)
ひんやりと冷たいその空気の中、線路へと足を運ぶ。そこには、手元に銃を持った一人の局員の姿があった。既に、息絶えている。
私は、彼の顔を覗き込む――その顔は、とてもにこやかに笑っていた。
(……なんで、いい子ばかり辛い思いをするのでしょう。私のような、汚れた大人ではなくて)
だから、戦争が嫌いなのだ。静寂に満ちるその駅で、私は静かに佇んでいた。
ジーク砦の戦闘は、連盟側の勝利で幕を閉じた。




