33話. 別れたモノ
あらすじ
砦とは遠く離れた場所――そこで、ハリコフとスケーロの一騎打ちが始まる。
スケーロと相対する俺――ハリコフは、震える手で引き金を引く。同時に三つの甲高い銃声音が響き、それらは虚空を切り裂いていく。
スケーロが片方の武器をナイフへと切り替え、突貫してくる。反射的に弾丸を放つも、その弾はヤツの左腕をかすめるだけで終わる。俺も切り替えようとするが――
「ふんっ!」
奴のほうが一足早かった。至近距離でナイフの攻撃を食らわせようとしてくる。咄嗟に銃の銃身部分で防ぐと同時に一発の発砲音が鳴り響く。見れば、自らの脇腹に小さな穴が空いていた。せり上がる熱い塊を喉に感じ、吐血する。
後ろへ逃げようとする俺をスケーロが追撃しようとし――体勢を崩して奴が転倒する。その隙を見逃さず、立ち上がろうとする奴の膝に一発お見舞いした。
スケーロが呻き声を上げながら悶絶する。その無防備な姿に鉛玉を食わせようとして、あと一歩のところで外される。
息が、荒くなる……末端から力が抜けていくのを感じる。お互いに、時間はあまり残されていない。
(状況は五分。お互いに受けたダメージがでかすぎる……あの『力』を使う機会を、限界まで見極めろ……!)
銃を握る力が強くなる。必ずスケーロを倒して生きて帰る――あの時の誓いをもう一度、胸に刻みこんだ。
◇◆◇
(――ハリコフも、動くのが精一杯のはず……逃げられるほどの力は、もう残っていない)
俺は、殺意を向けてくるこの青年を警戒しつつ、見透かすように見つめる。その年に似合わない程の覚悟を持ち合わせる目の前の天才参謀は、幾度となく自分を追い詰めてきた……今ここでやらなければ、亡命しても意味がない。
(部下達の命を無駄にしてなるものか……!)
そして、胸の内からある物を取り出した――起死回生の一撃を食らわせる兵器を。
「!」
いち早くハリコフが気づく。自慢の早撃ちで手元の『手榴弾』を跳ね飛ばそうとしてくる……が、俺はその身を盾にして銃弾から守る。
「おおお……!」
歯でピンを噛み、金属音を立たせながら引き抜く。そして全身全霊で振り投げた。全ての音が遠のき、時間は何倍にも引き伸ばされる――そのような感覚に陥る中で、俺は『隙』を見逃さなかった。
ハリコフが手榴弾に気を取られ、上を向くその隙を。
スケーロは腹を引き絞って弾丸を放った。一瞬反応が遅れたハリコフは、その弾を左太腿に食らって崩れ落ちる。
奴の頭上に、命を刈り取る球体が振り落ちる。
(吹き飛べ……勝ったのは、俺だ……!)
勝利を確信した、その時。
全ての音が、消えた――
「――は?」
全神経が、その時ばかりは機能を停止した。ハリコフの頭上に落ちるはずの手榴弾が、こちらに飛んできていたのだから……
そして、撃ち抜かれた膝で逃げられるはずもなく、平等に命を奪う兵器は、その身を弾けさせた――
◇◆◇
爆発し、吹っ飛ぶスケーロを見てハリコフは膝をつく。命を失っていたかも知れないという恐怖が、あとからやってきて心臓を締め付けてくる。
嵌められたあの時、俺は咄嗟に右腕を伸ばした。そして練習したとおり、異能――『"0.5秒"の時の停止』を発動したのだ。限界まで手を伸ばして手榴弾の輪郭を掴み取り――投げ返すのが間に合った。
(一発勝負だったが、成功してよかった……)
そして思考を切り替え、スケーロを見やる。仰向けに倒れ、起き上がる気配はない……だが全く油断はできない。今の戦いでそれを痛感していた。
撃たれた足を引きずり、奴の元へと這いずっていく。もし生きているなら、とどめを刺さなければならない……手に持つナイフに力がこもる。
「……何が、いけなかったのだろうな……」
掠れて弱々しいスケーロの声を前に、俺は動きを止める。
「私は……何を間違えた、のだろうな……祖国の、繁栄、を……願った、だけ、なのに……」
俺は彼の元に寄り、彼を見下ろした。その口からは大量の血が溢れている。――とどめを刺さなくとも、もう変わらないようだ。
「なぁ、教えてくれ、神童……私は、どこで、間違えた……?」
「……あんたは、間違えてないだろうな。何一つ」
俺は彼に優しく告げる。優しくて、どうしようもない現実を。
「どんだけ正しくても……上手く行かないのが『戦争』なんだと思う」
「そう、か……」
そう言って自嘲気味に笑い出した。すぐに咳き込み、鮮血を吹く。暫くして、上着から何かを取り出し始めた。
「……これは?」
「データチップ、だ……抹消される、前に……抜き出した、重要な情報、が……ここに……」
「何故、俺に渡す? 敵のはずだろう?」
「はっ……敵じゃないさ。思想は違えど……私達が目指した、先は……同じだったろう……?」
「……ありがたくいただくよ。同志スケーロ」
そう告げて、俺はそのデータチップを受け取った。彼の腕が、力無く落ちていく。次第にスケーロの焦点が合わなくなっていく……自然と、彼に向かって手を合わせていた――
――その時、スケーロの意識は混濁し始めていた。戦友と『夢』を語り合い、未来を求めて戦ったあの頃へ。
(ヴァルナーク……君はいつも強いな……君みたいに守れる力が、私にあったらな……)
(ミア、もう寝る時間だ……絵本を読んでほしい……? しょうがないな、少しだけだぞ……?)
(ソリテール……あぁ、きっと叶うさ。私達の夢は)
そして……
彼の周りを、日常が囲っていた。目の前に存在するドア。鍵を差し、回す。中へ入ると、彼を1人の女性が出迎えた。彼女はスケーロにハグをする。
(―――、―――!)
(あぁ。ただいま、ジェシカ。今日のご飯はなんだい?)
――喪ったあの頃に包まれながら、彼の瞼は閉じられた。
全てに過去がある。目指す未来は、皆同じ。




