32話. 刹那の判断
あらすじ
東口の奥深く――遊撃両隊長、副隊長にルヴィカを加えた精鋭達と、両刃を煌めかせたクロが対峙する。
誰も言葉を発さない、異質な静寂。響き渡るのは、建物を燃やす炎の爆ぜる音のみ――
シャルルの狙撃銃が火を噴いた。遅れて、シャルル隊が一斉に攻撃を始める。無いにも等しい予備動作を見抜き、クロはその銃弾を躱すも肩から鮮血を舞わせる。
それと同時、ルヴィカが前に飛び出した。クロも身体を回し、壁を蹴って敵のもとへと跳躍する。瞬間、双方のナイフから火花が散った。鍔迫り合いが行われるその1秒にも満たない時間の中で、ルヴィカは片手を相手の腹に押し付けた。
「焼け悶えろ」
その言葉と同時に、地獄の業火が掌底より放たれる。予想外の攻撃を躱すことができず、クロは後ろに転がっていく。すかさずシャルルが追撃を放つも、腕を掠めるだけで命には至らない。
ルヴィカが追いかけようとするも――目の前に広げられた光景に言葉を失った。
廊下に転がるリエ隊の死体――クロは己のナイフでその腹を切り裂いた。そして高く持ち上げ、吹き出るその血を以て身を焦がすその炎を消火した。鎮火の煙の音とともに、黒色の服が赤黒く変色していく……
「悪魔が……!」
吐き捨てるルヴィカに向かって、クロは死体の腕を投げつけてくる。咄嗟にナイフで振り払うも、すでに視界から姿を消し――両足を薙ぎ払ってきた。ルヴィカがぎりぎりで前方に回避する。
そして、二人の位置が交代した――邪魔な前衛を排除したクロが、シャルル達に狙いを定める。
「なんだと!?」
いち早く反応したシャルルらが総出で斉射するも、全てを避けて彼らのもとへと突っ込んだ。しかし、その間にリエとヤードナーが割り込む。迫るナイフを二人で止めた。
「やらせない……!」
「二対一なら抑えられますよ……!」
叫びながらヤードナーが蹴りをかます。クロはそれを難なく避けるが――その一瞬の間にルヴィカが戻ってきた。
(よし、これで近距離三対一……!)
ヤードナーが気を緩ませると同時に、それは起きた。
耳を塞ぎたくなるような爆音とともに、全員の視界が煙幕によって奪われる。シャルルが瞬時に風を巻き起こし全てを霧散させるも、そこにクロの姿はなく……代わりに起爆直前の閃光弾が存在していた。
ほとんどの者の視界が、白に染まる……その中で、クロは万全の状態で地面へと降り立った。間を開けることなく、ヤードナーのもとへナイフを振り下ろした――。
その刃が彼の肉を割くことはなかった。誰かに押し飛ばされ倒れる途中で、ヤードナーの視力が回復する――そして彼の瞳の中には、自分を庇い深々と切り下されるリエの姿があった。
「隊長ぉ!!」
ヤードナーの絶叫よりも早く、鬼の形相でシャルルが銃弾を放つ。クロは紙一重でそれを躱すも、続く蹴りを受け流すことはできずに反対側へと吹き飛ぶ。全員から化け物が離れたその一瞬を、ルヴィカは見逃さなかった。
自らの打てる最大威力の炎が、前面に広がった。廊下、死体――炎は全てを焼き尽くす。炎が明ける頃には、今度こそクロの姿はなかった。
(逃げられたか……いや、今はそれどころじゃない)
ルヴィカが後ろを振り向く――そこには深手を負ったリエと、それを取り囲み叫ぶ面々が見えた。
「隊長! どうして俺なんかを……!」
「……身体が、勝手に動いちゃった……また迷惑をかけちゃう……カハッ」
「もう喋るなリエ! 傷に響く……! シャイセン! 今すぐリエを救護所に運ぶぞ!」
「分かった……! 車の手配をする、お前達は医者の手配を――」
阿鼻叫喚のその光景を見つめながら、ルヴィカは歯噛みする。――彼女の『忘れ形見』を、何度も死地に……自らの無能さが憎い。
拳を握りこんでいると、無線に連絡が入る。西口から突入したはずのサマル少将からだった。
(――只今西口側の制圧が完了しました。情報局員の奴ら、突如抵抗を止めたのですが……そちらでスケーロ達を捕らえたのですか?)
「……いや。こちらではそもそも情報局と交戦すら行っていない。南口からは?」
(――マクラホン大佐曰く、ケーニヒス殿と何者かが交戦しているようです。恐らくスケーロではないと)
「分かった。投降者の身柄の確保に尽力を注いでくれ……くれぐれも油断するなよ」
(――こ、心得ました……! 失礼します)
その声を最後に、通信は途切れる。もし今の情報がすべて正しいなら――スケーロ達はハリコフのもとにいることになる。
(ハリコフ、お前は無事なのか……? そこでの結末が、全てを決める……!)
遠く後に思いを馳せて、ルヴィカは静かに勝利を祈った。
7対1……それがこのザマだ。私はいつも救えない。




