30話. 未来への切符
あらすじ
ソリテールの覚悟により、スケーロは九死に一生を得る。スケーロとハリコフの、命を懸けた鬼ごっこが始まる。
―――
同時刻、リエ隊は局員を屠る謎の人物と遭遇してしまう。戦いは佳境へと突入する……
スケーロは、ハリコフ達が乗ってきた車に飛び乗る。震える手で鍵を回し、一気にアクセルを踏んだ。リズムの合わないエンジン音が辺りに響き、軍用車は動き始める。
「まずい……逃げられる!!」
ハリコフは何とか車に掴まろうとするも、すんでのところで届かない。豪快なアクセル音を響かせ、車が遠ざかっていく。このまま逃がすわけにはいかない――!
「おい君達、そこで何をしている!」
ハリコフは咄嗟に声の方向を振り向く。そこには一人の警察官がいた。大方付近をパトロールしていた途中なのだろう……これほどの幸運を逃すわけにはいかない。
ハリコフは警察官――もといそのバイクに近づいていく。
「すまない、説明している暇はない! そのバイクを貸してくれ!」
「何を言って――な、なんだあの、化け物……!」
「できることならトーマス司令の手助けをしてやってほしい! 頼んだ!」
「あっ、おい君! もう少し説明を――」
警察官の声に反応することもなく、ハリコフはバイクを走らせた。ライトを光らせ、蛇行する道路を猛スピードで追いかける。事故を起こさず、されど確実に早く――!
車を走らせるスケーロが、後ろから迫ってくる点に気づいたようだ。軍用車のスピードが上がるも――その差は縮まっていく。
ハリコフは銃をタイヤに向けて乱射しつつ、さらにギアを上げていく。スピードが最高潮に達した瞬間――
軍用車が、ドリフトをし始めた。突然の行動にハリコフは対処できない。咄嗟に避けようとするも、間に合わず横転する。その身体は道路によって削られ、左腕は爛れて肋骨は折れる。
「か……はぁ……」
耐え切れず吐血する。左腕に感覚はなく、腹が引き絞られるように痛い。眩暈と頭痛が止まらない……!
(……あいつも、この苦しみの中で戦っていたんだな)
顔を必死に上げれば、再発進しようとするスケーロが見える。あれを、止めるには――
「すまん……後で、必ず弁償する」
震える体でバイクを道路の中央へと押し出した。先程の乱射でライトが割れた軍用車はそれが見えず、バイクを踏み倒し制御を失って崖のコンクリートに衝突する。
倒れこむようにスケーロがドアから飛び降りる。頭から血を流し、その身体は震えている。
ハリコフは、消え入りそうな、されど強い声でスケーロに言い放った。
「観念、しろ……もう、移動手段はないぞ……!」
「……そう言われて、簡単に引き下がる、とでも? ……ここは深夜とはいえ、乗用車がよく通る。貴様を殺し、罪を擦り付ければ……まだ私は逃げられる……!」
「俺を……殺せれば、の、話だがな……!」
ハリコフは、必死に銃を取り出す。余裕は微塵も残っていない……だが、動ける。そしてそれはスケーロも同様だった。
「祖国の……大いなる繁栄の、ために……未来主義への、転換のために!」
両手に銃を取り出す。そして全ての力を込めて、彼は叫んだ。
「私のために命を懸けてくれた部下達のために!! 私は負けられんのだぁぁぁぁ!」
「それは、こっちも……同じことだ!」
両組織の趨勢を決める一騎打ちが始まった。
◇◆◇
同時刻――東口。リエ達と黒パーカーに身を包む男――クロが対峙していた。
先に動いたのはクロだった。一気に間合いを詰め、いとも簡単に精鋭達の懐に入り込む。
「まずい……!」
前にいた壮年の隊員がナイフを薙ぐ。だがそれは空を切り――リエが息を呑んだ頃には、前にいた隊員の首から鮮血が飛び出していた。何の反撃も許されず、彼は膝から崩れ落ちる。
クロは滑り込むように、青年隊員の眉間に弾丸を放つ。だが命を確実に刈り取るはずのその弾は、紅い粒子で弾かれた。
「……!」
「私の仲間に手を出すなぁ!」
クロが驚くと同時に、リエが斬りかかる。彼はそれを難なく躱し――粒子の爆発による追撃で吹き飛ぶ。
「た、隊長……すみませ――」
「2人とも、援護射撃お願い! あいつの銃は私で防げるから、敵に集中――っ!」
仲間の方を振り返り言い終わるよりも先。クロのナイフがリエの首元を狙い、咄嗟にリエが防いだことで鍔迫り合いが始まる。
リエが必死に粘っていると、突然力が弱まった。瞬間、彼女の腹部にバイクが突っ込んできたかのような鈍い衝撃が走る。クロが反動を利用して、彼女の腹に太い腕を叩き込んでいた。
内臓を潰されたかのような感覚を前に、リエは吐血する。クロが追撃をかけようとし――それはヤードナー達の射撃によって遮られた。青年隊員が声を張り上げる。
「隊長、大丈夫ですか!」
「ごめん、助かった……」
「……俺も出ます、隊長。一人で防げる相手じゃない……!」
ヤードナーがナイフを片手に前に躍り出る。それを見た目の前の怪物は、少しだけ動きを止めた。
隙を逃すものかと、後方の青年隊員が狙いを定めて銃を撃つ。心臓めがけて飛来する鉄の弾――それは肉を貫くことはない。
「……」
銃弾を容易く躱したクロは、何かを呟くと瞬時に銃に持ち替えて、その口をヤードナーに向ける。ヤードナーは咄嗟に躱そうとした――いや、してしまった。
すぐに動ける前衛がリエのみとなるその瞬間を、彼は見逃さなかった。一瞬でナイフに持ち直し、神速で間合いを詰めてくる。
「くっ……!」
リエは咄嗟にその身を盾にヤードナーを庇おうとする。しかし――クロが繰り出したのは刃ではなく、容赦の無い前蹴りだった。まともに食らったリエは大きく吹き飛ばされる。
「隊長――ぁ」
リエに気を取られた青年隊員の隙を、怪物は見逃さない。着地すると同時に真反対に踏み込み、隊員の胸元を真一文字に薙ぎ倒した。
その光景を目の当たりにしたヤードナーは、苦虫を噛み潰したような顔で即座に撤退行動をとる。
「隊長、引きましょう! 俺達の手に負える相手じゃない! 恐らく本命は局員のはず、撤退が最優先です!」
「――分かった、敵は必ず取るから……」
そう言ってきた道を駆け抜けようとする。そして、一発の銃弾が彼らの横を掠めた。二人が振り返ると、クロが銃口をこちらに向けて佇んでいる。――その時、初めて彼が口を開いた。
「依頼主から頼まれたことは、情報の抹消と、『全ての殺害』だ。情報の抹消は先程終えた……後は、お前達を殺すだけだ」
とても、低い声だった。寒気がするような、悍ましい声。鳥肌が立つような、生気を感じない声。
リエ達が死を覚悟したその時――
「リエ!」
別ルートを進んでいたシャルル達が合流した。彼女達に一筋の光明が降り注ぐ。
「……」
クロはそれに怖気づくこともなく、静かにもう一振りのナイフを取り出す。
そのナイフは次の獲物を求めて、煌々と黒く輝いていた。
――鮮やかな紅は、邂逅を経て深紅へと染まり堕ちる……
黒服の男を、便宜上クロと仮称することにした。実際の名前ではない……今度旧友にでも聞きに行くか。




