29話. 悲恋
あらすじ
場面は再び変わり、南口。マクラホン大佐らが突入を開始する。そこに待ち受けていたのは――
「メローネ師匠、お久しぶりです」
その声を聞いて、私は振り返る。見れば、マクラホン大佐が後ろに立っていた。
「マクラホン大佐……えぇ、こちらこそ」
「師匠はてっきり東口から行かれると思っていましたので、驚きましたよ。なぜこちらに?」
「私の異能は広範囲型ですからね。リエちゃんと被っていまして」
「なるほど、納得しました。師匠が居られるなら心強い。支援、よろしくお願いしますよ」
そう言い残して、大佐は去っていく。
(……そういえば、前線に立つなんて何年ぶりかしら)
短い髪をかきあげ、記憶を探り始める。が――
「突入開始、一分前」
あまり余裕はなさそうだ。さっさと思考を切り替え、配置に付く。
そして、合図とともに突入を始めた。前を西部、南部方面軍の面々が固め、一気に浸透していく。
目の前に、情報局員が立ちはだかり始めた。
「クソッ、こっちからもか! ここで止めてやる!」
その言葉と同時に、局員の一人が床に手を付く。その瞬間、爆炎が目の前に広がった。そして遮蔽物のないこの廊下に、多数の銃弾が飛んでくる。しかしそれは、一人の男によってすべて弾かれた。
「みなさん、私の後ろに!」
マクラホン大佐が、表皮を硬質化させて盾となる。そのまま炎へと突進を始めた。局員たちが狼狽の声を上げる。
「馬鹿な、なぜ効かな――ゴホァ!?」
「な、こいつはマクラホ――グッ!」
急いで対応しようとする彼らを、一瞬で気絶させるマクラホン。それを見た私は感嘆の念を抱いていた。
(あの臆病だった子が、ここまで成長するなんて……異能も理由の一つなのだろうけど、努力したのね)
そう思いながらも、更に奥へと進んでいく。そこには――
「どうやら、ここの近くにあるようですね」
マクラホン大佐が呟くその廊下の両脇に、大量の部屋が点在していた。恐らくここのどこかが情報管理室だと考えた彼は、追随してくる他の兵士達に向かって指示を出す。
「手分けして探しましょう! 必ずペアを組んで、行動開始!」
揃った返事が聞こえ、全員が即座に散会する。無論私も、同行していたラミカルさんと組み、奥の部屋を漁り始める。
「……こちらには、砦内の見取り図と本棚しかありませんね……」
「はい。ただ、何か違和感があるような……」
そう言って、彼は本棚を物色し始める。私は引き続き、書類の束から欲しい情報を引っ張り出していく。
(……? 一階に、こんな階段あったかしら?)
私の視線の先には、1つの部屋から続く階段の印があった。近くに南口があることから、恐らくこの部屋の何処か。
(右から、1,2,3……っ!)
その部屋は――私達が今いる、まさにここ。
一瞬だけ、風が通り抜けたような気がして――気づけば、紙をめくる音が消えていた。
「ラミカルさ――」
振り返り、相方の名前を呼ぼうとして――血だまりを作り、ピクリとも動かないラミカルを視界に収める。
(嘘……そんな気配一度も……!)
一気に全神経を集中させる。暫くの沈黙の後――私は振り向きざまにナイフを薙いだ。ギィンッ、と金属の擦れる音が響く。咄嗟に相手を確認する。
「……嘘でしょ? ミアちゃん?」
「お久しぶり、ですね……メローネさん」
目の前には、見知った友人――ミアの姿があった。手に握られる短剣と目線からは、私を殺そうとしていたことがうかがえる。ショックで頭が働かない。
「なぜ……あなたはサレンダ政務官の下で働いていたはずでしょう?」
「潜入していたんです。情報局のスパイとして」
「あなたが、政務官を暗殺しようと……? 嘘だと言ってよ……」
「……ごめんなさい。主導したのは私なんです。もっとも、暗殺自体には失敗しましたが」
彼女は目を伏せながら、はっきりとそう言った。私の声が震える。
「違う……あなたはそんな子じゃない。内務省で働く、ちょっとだけ恋していた、普通の……」
「いいえ、私は情報局員のミア・アルマー。――あなたの、敵です」
言い切ると同時に、再び彼女の姿が消える。瞬間、左斜め後ろから命を刈り取らんと鋭利な刃が飛んでくる。
私は間一髪で躱し、続く連撃をナイフで受け止める。そして己の心の内を叫ぶ。
「やめて! 私はあなたと戦いたくない!」
「戦わなければいけないんです! あなたを通すわけにはいかない!」
言葉の一瞬を突き刃が織り込まれる。彼女はその俊敏さを生かし、四方八方から攻撃の雨を降らせてくる。それを耐え凌ぎつつ、私は絞り出すように喋った。
「……リエちゃんを密かに応援しているのは、嘘だったの?」
「っ!!」
彼女の攻撃が、ぴたりと止まる。私は言葉を紡ぎ続ける。
「楽しそうに愚痴を言っていたのも、皆のお茶を持ってきてくれたのも、あの日こっそりと教えに来てくれたのも――全部演技だったの?」
「……違う」
「私は楽しかった。あなたやリエちゃん、リーン中将に他の女の子達皆とお茶会することは。あなたは違ったの?」
「そんなわけない……!」
「私は、悲しい」
「――!」
ミアは今にも泣きそうな声で叫んだ。
「私だって!! 皆と話すのは楽しかった! 今まで経験したことのない、一生の宝物だったの!」
慟哭が、辺りに木霊する。
「ほんとはあなたとだって戦いたくない! でも……スケーロさんの役に立てないのは、もっとイヤ……! あの人は私を育ててくれた……まだ恩を返せていないの……!」
彼女が服を握りしめる。その内にある胸の軋みを抑え込もうとするかの如く。
「だから……! 私はあなたと……戦わなきゃ、そうじゃなきゃ、私は……!」
「……本音、やっと言ってくれたね。分かった。あなたがそうしないといけないのなら――手加減なんてもうしない」
腕を広げ、辺りに花粉をまく。周囲は桃色の霧に覆われた。ミアはすぐに口元を腕で覆う。
「これは一体……!?」
「吸い込んだらダメ。その腕一本で、私と戦えるかしら?」
私は『昔のケーニヒス・メローネ』にもどる。かつて最前線で戦い続けたあの時に。ナイフを構え直す。
「もう、容赦しない……!」
戦争映画で――捕虜と看守が仲良くなる、なんて話はごまんと聞く。なぜそれが現実では起こり得ないか……もう、分かるだろう?




