28話. 犠牲の上に
あらすじ
場面は変わり、暗殺者から襲撃を受けた元情報局は、スケーロを逃がすために全力を尽くしていた。彼らは砦の下――廃坑のトロッコを使い脱出を試みる。
「局長、こちらです!」
息を切らせながら、部下の元へと走る。長年付き添ったソリテールも、私の後ろに追随している。
「このトロッコにお乗りください! これに乗れば、少なくとも砦の奴らは追いつけない!」
「お前はどうするのだ!?」
「……戻ります。あの黒ずくめの化け物が来ているかも知れない」
私が止めようとするも、ソリテールが制止した。目元は髪に隠れて見えないが、噛む唇から血が滴り落ちている。
「貴方達さえ生きてくれれば、まだ希望はあります。私達の命を、お使いください」
その言葉とともに、部下はレバーを引ききった。トロッコは加速を始め、その場から離れていく。見えなくなるまで、部下は敬礼を続けていた……
◇◆◇
「……クソッ!」
怒りのあまり、トロッコを力強く叩いてしまう。メギ、と嫌な音が鳴るが、気にする余裕はなかった。
「これで何人目だ……何人が私を守るために犠牲になった! 未来を率いるべき人材が、何人……!」
「……悔やんでも仕方がありません。彼らの命を無駄にするわけにはいかない」
「分かってる……分かっているが……」
このやるせない気持ちをどうすればよいのか。そもそも判断は正しかったのか? 後悔に苛まれる。
「……そう言えば局長、なぜすぐ着くノルミ海側ではなく、エーゲア湾側の駅からの逃走を選んだのですか? 連邦に極秘で連絡を入れたのでしょう?」
「……あの黒服の化け物、恐らくは連盟の追っ手ではない。どの人物のデータにも照合しないのだ」
「……まさか、連邦からの!?」
ソリテールの驚きに、ただ頷くことしかできない。
「おそらく我らは切り捨てられた……アリオス――あの人の皮をかぶった"悪魔"なら必ずやる。ならば行くべき場所はタリアだ、すでに連絡はついている」
「なるほど、だから北上経路で……」
「すでに部下の一人が待機してくれているはずだ、すぐに港町へ向かおう」
そうして説明を締めくくる。これが今打てる最善手のはずなのだ。だが――
(なんだ、この違和感は……)
私の胸の底を、悍ましい何かが這いずっている。すぐそこに迫る危険を知らせるように……
◇◆◇
「――! 局長、オルレアン駅が見えてきました」
半刻ほど後、ソリテールの言葉を聞き、私は顔を上げる。暗き廃坑に、駅の所在を示す一筋の光が差し込む。甲高いブレーキ音の後、私は駅のホームの降り立つ。そうして外に出ようとすると――
「やはりこちらからでしたか……ここが終点ですよ、お二方とも」
月の光を背中に浴びて佇む1人の軍人がいた。影で顔は見えないが、声でわかる。
「ハリコフ……!」
先読みをするかのように私たちの計画を潰した張本人。そして今も――私は感情を押し殺して質問した。
「部下が一人いたはずだ。彼はどうした」
「『静かに』してもらいました……何、殺しちゃいませんよ」
掌を振るハリコフに対して、ソリテールが信じられないというように喚く。
「なぜ、ここが分かった……!? あの見取り図には書かなかったはずだ! 分かったとしても、ここ以外にも駅はあったはず。どこから出るかなんて――」
「もともとアイオス山脈は炭鉱で栄えた地域、その廃坑を応用する可能性は十分に高い。それに……」
ハリコフが手を挙げると同時、入り口から複数の兵士達が入ってくる。
「港町に近いのはメジュール駅と、この駅だけ。メジュールはライアンに任せている……捕捉だけは一級品ですからね。そしてあなた達はこちらに来た、それだけです」
そう告げるハリコフの目が、青く光るように見えた。アリオスを彷彿とさせるその目を見て、私は歯ぎしりした。
「観念しろ、もう逃げ場はないぞ」
奥からトーマスの声が聞こえる。向けられた銃口を見て、私は死を覚悟した。
すると、私の目の前にソリテールが割り込む。
「局長、私が時間を稼ぎます。その間にお逃げを!」
「ソリテール、何を……!」
言い切る前に、奴が左手に持つとある筒に気がついた。それは――連邦が極秘に開発していた、異能の効力を最大限引き上げる劇薬……!
気づいた私は絶句した。そして制止を試みる。
「……待て、ソリテール……!」
「待てません。一か八か、こうするしか無い!」
こちらの異様な雰囲気を見たハリコフが、ソリテールの手に気づく。
「何をするつもりだ……! いや、させない! トーマス司令!」
その声と同時に多数の銃弾がソリテールに向かって放たれる。辺りに鮮血が飛び散った。致命傷を受けたソリテールが倒れ込む、その直前。奴は血にまみれた唇を釣り上げる。
「八年……あなたに付き添えたことを光栄に思います。地獄でまたお会いしましょう……」
そう言って、震える手で筒から飛び出る針を首に突き刺した。瞬間、ソリテールの身体が一気に膨張し始めた。骨がきしみ、折れる音がする。ハリコフ達が後ずさる。
「なんだ、それは……何を……!」
「離れろハリコフ! そいつに近づくな!」
トーマス配下の精鋭達が一斉攻撃を開始する。だが――その攻撃は赤肌色に腫れ上がった肉体にはじかれ、髄に届くことはない。まるで水死体のように、身体からびちゃびちゃと水を滴らせる。
「おおお……おおぉぉぉぁぁあ"あ"!!!」
ソリテール……いや、かつてソリテールだったものは咆哮した。ただ1つ、生前に自らに命じたことを果たすために。
人ではなくなった怪物がハリコフ達に襲い掛かる。その隙を見逃さず、私はそばの軍用車に向かって駆けだした。それを見たトーマスが叫ぶ。
「ハリコフ、追いかけろ! こっちは何とかする、スケーロを絶対に逃がすなぁ!!」
その声を合図にハリコフが走り出す。命を懸けた鬼ごっこが始まった。
ここからだ……ここから戦争は狂いだしたのだ。




