27話. 真黒
前回
情報局の完全なる粛清のために、多くの将校が集まる。会議の結果、ハリコフは抜け道の捜索に入り、砦には東口からリエ達が、南口からマクラホン達が、西口からサマル達が突入することとなる。
十数分後――
「あと、一分……」
東口のすぐ近くで、遊撃隊の精鋭たちは待機していた。副隊長であるヤードナーの、緊張の混じったその声を聞いて、私は彼の肩に優しく手を置いた。
「大丈夫。絶対死なないってあの時約束したでしょ?」
「リエ隊長……人は、死ぬんですよ」
「でもそれは今じゃない」
そう言って笑いかける。それを見たヤードナーは軽く息を吐き、前を向いた。
リーダーが、後ろから皆を見据える。
「……よし、最終確認だ。リエの部下が先頭に立ち、敵の銃撃を防ぐ。その後見取り図通りなら二手に分かれ、情報源を見つける。それでいいな?」
「はい」「任せてください」
部下達の同意を聞き、リーダーがカウントダウンを開始した。
「10,9,8……」
武器を握りしめる力が強くなる。汗が流れ落ちてゆく。
「3,2,1……! 今だ」
攻撃の合図とともに、前の二人に紅く光る粒子をまとわせる。二人はその身を盾に突撃を開始した。
闇夜に紛れた奇襲、その結果は――
「……既に死んでいる、だと?」
リーダーは驚きの声を漏らしていた。無理もない――眼下には、すでに骸と化し冷たくなっている局員の姿があったのだから。
「……味方はここまで肉薄していませんでしたよね」
「あぁ、それに回収されていないのは、どう考えてもおかしいだろう」
私の問いかけにシャルルさんが応える。少なくとも、これは私達によるものではない……!
「お前達、ここからは本気で警戒しろ。"何か"がいる」
リーダーのその言葉に皆が気を引き締める。そしてゆっくりと、砦内に侵入した――
◇◆◇
一方、西口。
東口とは打ってかわり、ここでは熾烈な戦闘が繰り広げられていた。狭い廊下の中で、局員と精鋭達による乱戦が続く。
その最中、東部筆頭のサマル少将と、情報局随一の強者メッシュ・ヴァルナークが対峙していた。
迫りくる岩礁を、空気を蹴って躱すヴァルナーク。同時に空気で"圧"を作りサマルに向けて放つ。サマルもそれを軽々と躱す。
ヴァルナークが一気に間合いを詰め、剣とダガーによる応酬が始まった――ヴァルナークが激昂して叫ぶ。
「局長の元には死んでも行かせぬぞ!」
「邪魔するな! お前達には殺害命令が下されていない、大人しく投降すれば捕縛だけで済む!」
「黙れ、そう言われておめおめと降伏できるか! それに貴様の仲間は躊躇なく殺してきただろう!」
「何だと……そんなわけがないだろう! 出任せを言うな!」
そう言いながら、足元から鋭利な岩の結晶を放出する。ヴァルナークはそれを避けながら手榴弾を放っていた。
「チィッ!」
間一髪躱し、大きな爆発音が響く――戦況は互角である。
そして一度冷静になったサマルは、ヴァルナークを警戒しつつ先程の会話を分析する。
(あいつらが躊躇なく殺すか? それはあり得ない……だがあの目は嘘を言っているようには――)
瞬間、凄まじい悪寒がし、サマルは反射でその場から跳び退いた。振り返ると、そこにはナイフを振り下ろしたヴァルナークがいる。
「戦闘中に考え事とは、宜しくないな……!」
「ふん。そっちがその気なら、こちらも殺す気で戦うぞ――覚悟しろ」
そして再び、剣戟が始まった――
◇◆◇
「なんだ……これは……」
シャルルの目の前には、血溜まりを作って壁に寄りかかる情報局員の姿があった。その腕はちぎれ、目に一文字の切傷が見て取れる。
ルヴィカがその死体を確認する
「……血がまだ鮮やかだ、死んだのは数分前ぐらいか」
「別れた地点にあった大量の血痕は、恐らくこの局員のものですね……」
一人のその発言に、シャイセンが震えだす。
「? どうしたシャイセン」
「隊長……俺はこいつを見たことがある。連邦軍の『五指』に入るラグマ少将だ」
「! あの『東の守護神』か……そんな大物がなぜここに――」
「問題はそこじゃない! こいつが一方的にやられる事が異常なんだ!」
叫ぶシャイセンを見て、ルヴィカは思考を始める。
(ラグマが戦ったのは、別れたあの地点。そこから続く血痕……まさか!)
もしも……彼が、逃げるようにこちらに来ていたとしたら?
同時に気づいたシャルルも、必死に無線機を取り出す。
「リエ! 聞こえるか!――」
(――そっちに正体不明の何かがいる可能性がある! すぐに引き返せ! 合流するぞ!)
リエは、無線機から流れ出るその絶叫を気にかけることもできない。同じく、彼女の部下達もその場から一歩も動けなかった。
目の前では、黒い服を纏った"何か"が局員の首からナイフを抜き出していた。ブズ、という不快な音が響き、鮮血が壁に飛び散る。
(何なんだあいつ……!)
リエの生存本能が、これまでに無いほどの警鐘を鳴らす。全身の産毛が逆立つ。目の前のそれは、恐らくヒト――だが醸し出すその気配は化け物のそれだった。
空気が、歪んで見えるほどの。
奴が、ゆっくりと振り向く。その顔は、パーカーの影に隠れ確認できない。
「……」
奴がナイフを構えた。咄嗟にリエたちも構える。
最も長い夜が、始まろうとしていた……
この男だけはどれだけ調べても何も出てこなかった。今生きているのかさえ、分からない。




