24話. 砕けぬ芯
あらすじ
捕虜の返還により単身敵陣に乗り込むことに成功したリエは、ソリオとの停戦交渉へと臨む……
連邦の兵士達の間にざわめきが広がっていた。無理もないだろう、自分達の敵であるはずの"紅き戦姫"、リエ・シルヴァが自陣に堂々と存在しているのだから。
ある者は最悪の状態を思い浮かべ恐怖を感じた。ある者はその凛とした美しさに見惚れていた。
だがただ独り――マークだけは神経を張り詰めていた。もしリエが何か害をなすことをすれば、即座に排除できるように。
そんな彼にリエが話しかける。
「ねぇ、気になることがあるんだけど聞いていい?」
「……何だ」
「マークさん? ってさ、昔草原にいたよね。よく星空を見てたでしょう?」
いきなり芯を突いた質問をされて、マークは少しだけ動きを止めるが、再び平静を取り戻してそれに応える。
「そうだ、と言ったら?」
「……別に。確認がしたかっただけだよ」
マークは深くため息をつく。斧に込める力を少し和らげながら、マークは昔のことを思い出していた。
「……あの時のお前もそうだったな。純真無垢な子供だったくせに、嫌に核心を突いてくる……お前は一体何なんだ?」
「そんなの、私にだって分からないよ。今もずっと探し続けてる――ただ私は、信じる私であり続けるだけ」
「……そうか」
その会話を最後に、沈黙が続く。しばらく経つと、オーウェルから到着した旨が伝えられた。
「ここだ。今はゾリオ大将が待機してくれている。リエ殿よ、くれぐれも無礼は働かないでくれよ?」
「こんな敵陣で暴れるほど、頭無しではありませんよ」
そうしてリエとマークは天幕内に入る。天幕内には張り詰めた沈黙が満ちており、刺すような将校たちの視線がリエに注がれていた。
そして中央には、彼らを率いる総大将、ゾリオの姿があった。ゾリオが着席を促し、リエはそれに呼応する。座った後、リエがまず口を開いた。
「今回はこの場を設けていただき、ありがとうございます」
それに対しゾリオは軽く目を伏せて答える。
「……まぁ、マークの強い推薦とあっては断れないだけだ……それで、停戦の提案、だったか?」
「はい」
「結論から言えば、現状のままでは厳しい。捕虜の返還には感謝するが、容易に停戦を結べるわけではないのだ。『反乱軍と停戦』、この二文字だけで我が軍の威信は失墜するのだからな」
「十分承知しています。なのでその『対価』と成り得る条件を持ってきました」
「……聞こうか」
リエは少しだけ、目を閉じた。そして――
「私達が抱えている捕虜約一万七千……全員の返還です」
こう、言い切ったのだ。将校達に大きな動揺が広がった。ゾリオは正気かと言いたげに問う。
「……分かっているのか? 確かに停戦を呑ませるには十分かもしれないが、そちらが抱える利点は消え失せるぞ」
「そちらと違って、捕虜を抱えるのも楽じゃないので……それに、この停戦は呑むべきものであることを分かっているでしょう?」
「……どういうことだ?」
眉をひそめるゾリオら将校に、リエは静かに言い放つ。
「連邦内"でも"、いざこざが起きている。違いますか?」
ゾリオが、目を見開いた。オーウェルら高級将校達も息を呑んでいる。彼らが何も話さないのを見て、リエは喋り続ける。
「その反応は……図星、みたいですね。なおさら停戦を受諾させることをお勧めします。多分、相手はかなりの上手でしょうから」
「……分かった、そうしよう。取り敢えず前線での戦闘は停止させる。その後に上に掛け合うから、報を待っていてくれ」
「ありがとうございます……停戦と、この捕虜返還をもって、あなたたちの威信が維持されることを祈ります」
そう言って二人は握手した。今この時より、前線にはしばらくの平穏が訪れることとなる……
◇◆◇
マークとオーウェルに連れて行かれるリエを見送った時、ゾリオは一つの違和感に気がついた。
「……"でも"、だと? 奴らの真意もまた、同じだったというわけか」
「……"紅き戦姫"、リエ・シルヴァ。武一本の女傑かと推測しておりましたが、考えを改める必要がありそうですな」
そう返す側近達に、ゾリオは応える。
「彼女の心には、確かに揺るがない芯があった……だが恐らく立案や交渉材料を揃えたのは、ハリコフという青年だろう。私には奴のほうが恐ろしく感じる」
「メナスにいたあの青年ですか……確かに厄介な相手でしたな」
「私の推測だが……おそらく彼はアンドラ・アレクセイの息子だ」
ゾリオの発言を聞き、室内にざわめきが広がる。熟練将校は顔をしかめた。
「『青碧の城塞』、ですか……納得ですな」
「まぁそのことはいい。取り敢えず、停戦になれば政争に注力できるようになる。有効活用し、未来主義派閥を押し留めるぞ」
「「「おぉっ!」」」
将校達の掛け声を聞きつつ、ゾリオは顎に手を添え考え続けていた。そして、とあることを決心した……
◇◆◇
陣地を後にする車の中で、マークは気を張り詰めていた。そんな彼の肩を、リエは軽く叩く。
マークは一瞬だけ刺すような殺気を見せたが、リエの微笑みを見ると小さく溜息をついた。
「……何故うちが政治抗争を行っていることを知っていたんだ?」
「ん? あの陣地に複数人、君達を観察するような目をしている兵士がいたからね。多分逐一監視されているのだろうな、と思ってさ」
衝撃の事実を前に、マークは困惑する。
「……本当か。俺には分からなかったな……今度大将に報告することにしよう」
「まぁこればっかりは経験しかないかな。マークさんも出来るようになるよ」
会話を続けていると、連盟側から車が1台やって来る。両者は向かい合って止まる。その車から降りてきたのは――ハリコフだった。
「! あの時の奴か……本当に、厄介なやつが上についたもんだ」
「厄介なんてもんじゃないよ。味方すら騙すんだから……」
「それは……あんまり良くないんじゃないか……?」
「……まぁ、そうかも」
短い会話を終え、車から降りる。ハリコフにリエを引き渡す直前――マークがリエに呼びかけた。
「リエ!」
「?」
「……あの時言っていたことな。一番星ぐらいは、取れたぞ」
リエは一瞬ポカンと目を丸くしたが、それがかつて幼い自分が口にした無茶な約束のことだと気づくと、溢れるおかしさを抑えきれずに笑いだした。
「覚えていてくれたんだ……うん、かっこいいよ、凄く」
「……そうか。また、戦場で会おう」
そう言ってマークは踵を返し、歩き去る。その姿を見送った後、今度はハリコフがリエに話しかけた。
「昔、会ったことでも?」
「うん。前言っていた草原の男の子だよ」
「……そうか。数奇な運命だな」
「ふふっ。そうだね」
そう言って、リエは車に乗ろうとする。その前に――走り去る連邦の車を横目に、リエは笑った。
(また戦場で、か……)
そして、同じく彼女達を乗せた車も走り出す。
かくして、後世に伝えられる『血の無き会戦』は幕を閉じたのだった……
異能がなければ起こり得なかった戦いの1つとして、今ではよくこの会戦が取り上げられている。




