23話. 皆同じ
あらすじ
ハリコフはシャルルと共に裏切り者であるサイゼムを追い詰める。その最中サイゼムの最後の反撃でシャルルが死にかけるが、初めて発現したハリコフの異能力で事なきを得る。
そして計画の段階は、リエのフェーズへと移行する。
ハリコフがサイゼムを捕らえたのと時を同じくして、連盟司令部から割れるような音と共に緑の煙弾が上がった。それは『出撃』を促す合図。リエは静かにその時を待っていた。
「さて、行こうか」
リエは赤いスカーフを腕につけた兵達約千人を引き連れて、突撃を始める。アリオスが言った通りに、山脈沿いから……
その姿を、マークとアキラが虎視眈々と見つめていた。
「まさか本当に元帥の言うように事が進むとは……密告者の存在とは恐ろしいな」
「そんな事を言っている場合か、マーク。これは好機だ。横腹を食い破って、今度こそあの戦姫を打ち倒すぞ」
「分かっているさ。――支援は任せたぞ、アキラ」
そう伝え、マークは斧を強く握りしめる。自分たちの前を、リエ隊の中腹が通ろうとした、まさにその時。
「行くぞぉ!」
マークの掛け声とともに、伏兵が大挙してリエ隊に押し寄せた。アキラたちの隊が援護射撃を行う。支援射撃が突き刺さると同時、マーク達が攻撃を始めようとするも――
「待っ、待て、待ってくれ!」
「俺達は味方だ、連盟の捕虜だよ!」
口々にリエ隊――のように見える兵士達が喚く。その目に、嘘は無いように見えた。
「! お前ら、攻撃を中止しろ!」
マークは混乱に陥りかけるが、即座に部下に攻撃停止を命じることができた。その一言で全隊がなんとか停止する。
よく見てみると、確かに見知った顔がいくつもあった。そもそも武器も持たされていない。ただ、リエの力と思われる淡い粒子の光が、彼らの身体を薄く包み込んで保護しているだけだった。
その中から、一人が代表のように出てくる。マークは驚愕した。
「あんた、メナスで捕まった戦車長のカルマか!」
「如何にも。リエ殿から捕虜引き渡しの補助を任じられていることを伝えに来た」
「何だって? まさかこの場のリエ隊は全員――」
「そう、君達のお仲間だよ、一部だけだけど……サプライズは喜んでくれたかな?」
マークとアキラは咄嗟に身構え、声の主――リエに視線を向けた。にこやかに笑う彼女の瞳には、血生臭い戦場には見合わない慈愛の精神が宿っていた。
混乱しつつも殺気がないことを確認すると、2人は武器を降ろした。アキラがリエに尋ねる。
「いったい何のつもりだ? わざわざ捕まえた捕虜達をこんな方法で手放すとは……何を考えているのかが理解できない」
「……特に深い意図はないよ。まぁ作戦を考えたのは私だけじゃないから分からないけど。ただ、あることを申し込みに来ただけ。これはその誠意の証だよ」
「……その、"あること"とは?」
辺りに静寂が訪れる。リエは一呼吸置いて、告げた。
「カーディアと連邦の、一ヶ月の停戦」
兵士の間にどよめきが広がる。同じく、アキラもその内容が理解できなかった。意味を咀嚼するように考え込むアキラとは対照的に、マークは彼の上司であるゾリオのように落ち着いていた。その声色も、同じく一段下げられる。
「何故、停戦を申し込む? そもそも受けられると本気で思っているのか?」
「まぁ色々とあってね。話せば長くなるから言わないけど……それと、本気で思ってなかったら、こんな事してないよ」
「そうか。だとしてもこんな回りくどい方法をとったのはなぜだ? 他にもやりようはあったはずだろう」
そう聞かれたリエは、少しだけ笑った。
「……確かに。兵士として考えたら可笑しなことこの上ないよね。でもさ……私達も君達も、同じ『人間』でしょう? 自分達の居場所に帰りたいっていう気持ちもきっと、同じ筈。だから、このやり方を選んだ……それだけだよ」
その場にいる者達は皆、絶句していた。戦場ではまかり通らないはずの綺麗事。だがこの場にいる無傷の同胞が、彼女の言葉を裏付ける。だからこそする他なかった。
なかったが故に――アキラは吐き捨てるように呟いた。
「……狂ってる。俺達の同胞を大勢殺しておいて、なぜそう言えるのだ」
「私は仲間の命と天秤に掛けて、即座に仲間を選んだだけだよ……戦争なんてなかったら良いのにって、常々思ってる」
笑みを絶やさずに、彼女は応える。そのやり取りを聞きながら――戦姫のリエとは違う、儚くも凛としたその姿に、マークは既視感を覚えていた。
(あぁ、草原で出会ったこいつは、確かにこんな雰囲気だったな……今も変わらず、おかしな奴だ)
そうしていると、奥から一台の車がやって来る。止まった後、一人の将校が大慌てでやってきた。
「二人ともどうしたのだ! なぜ戦闘が止まっている!?」
「オーウェル中将……! これは――」
オーウェルにアキラが反応するも、オーウェルは佇むリエを見つけて動揺する。
「……? お、お前たち、何故こいつを取り押さえないのだ! こいつは憎き敵なのだぞ!」
目の前の異様な状況に取り乱し、銃を構えようとする。しかし、マークがその手を力強く押し下げた。
「中将、彼女の話は聞く価値があります。会議の場だけでも設けてやろうではありませんか」
「しかしマークよ、もしリエが暴れ出したら……」
「その時は――俺が責任を持ってこいつを殺します」
そう言ってマークはリエを睨む。向けられていないにも関わらず、その怪物じみた圧に気圧され、オーウェルは後退ってしまう。それ程のものでも、リエは相も変わらず微笑んでいた。
「……分かった、そこまで言うのなら取り次ごう。車に乗ってくれ。マーク、お前も同乗を頼む」
「分かりました。アキラ、捕虜の護送を頼めるか?」
「……任せておけ、一兵たりとも傷つけさせはせん」
そのやりとりを確認し、三人は車に乗る。自軍の陣地に向かう彼らを見ながら、アキラは独り思考する。
(しかし……この作戦を考えたものは何者だ? 捕虜を解放するという好印象を与え、尚且つ交渉の材料にするとは……一度、会ってみたいものだ)
アキラがハリコフと出会うのは、もう少し先のことである。
そうだ。今の人々は己と他の者を隔てる事でしか生きていけなくなっている。全員が、同じ人間であるというのに。




