22話. 窮鼠
前回
ハリコフの本当の作戦が始動する。ハリコフとルヴィカが『異想の会談』と呼ばれる交渉を成功させ、遂に決戦段階へと事を進めたのであった。
会談より、約一週間後。連邦軍臨時司令部にて。
「報告! 反乱軍に動きが!」
その伝令を受け、天幕内を緊張が駆け抜ける。ゾリオが机に寄りかかり、目を細めて尋ねた。
「規模は?」
「……反乱軍約十万、加えてアイジニア軍約十万です……!」
将校の間にざわめきが広がる。アキラが信じられないと言いたげに叫んだ。
「バカな、早すぎる! そんなに早く増強できるわけがない! しっかりと確認したのか!?」
「確かです! あちら側の密告者と確認も取りました、真実で間違いありません!」
そのやりとりを聞き、マークが苦しげに呟く。
「……不味いな、今うちらが保有している軍勢はせいぜい5万程度だ。勝ち目がない」
「敵軍の動向には十分に目を光らせているつもりだったが、見通しが甘かったか……悔やんでも仕方がない。サイモン! 今すぐ全兵に伝達、防衛体制に入れ!」
「了解しました、直ちに!」
「他の者も即座に各地の持ち場に戻れ! カーディア共に絶対に我らの祖国を踏ませてはならんぞ!」
はっ! という応答とともに将校らが慌ただしく天幕を出ていく。マークとアキラもそれに続いていく。
ゾリオが一人残った時、突如天幕内に電話のコール音が鳴り響いた。
「誰だ、こんな重要な時に……」
乱暴に電話を掴み、耳元に当てる。
「サルーディア丘陵地域、臨時司令官のゾリオです」
(――ゾリオか、ちょうどいい。私は元帥のアリオスだ)
「……元帥でしたか、今回は何のご要件で?」
(――そちらに反乱軍どもが向かっていると聞いてな、援軍を送った。間もなく到着する)
「……何ですって? そんな事が――」
あり得るのですか、と続けようとし、遠くで歓声が沸き上がるのが聞こえる。天幕の外を見ていると、確かに大軍の味方が到着していた。
(五万人の援軍だと……? 手回しが余りにも良すぎる……事前に知っていないとあり得ない早さだ……!)
「……何故、敵軍の動向が分かったのですか、元帥」
(――反乱軍の中心に協力者がいてな。お前のとこよりも更に重要な役職にいる人物が。今回の戦いで、恐らく全てが終わるだろう……勿論我等の勝利でな)
無線の先から掠れた笑い声が聞こえてくる。目を細めながらゾリオは応えた。
「成る程……分かりました、準備を整えます」
(――あぁ、それと山脈沿いにマークとアキラを配置しておけ。どうやらリエ隊がそこから突撃をして始めるらしいからな。では頼むぞ。全てはファミナスの、繁栄のために……)
そう言い残して電話は切られた。受話器を置き、ゾリオは独り考える。
(おそらく協力者の話は本当……このまま進めば我らの勝利は確実だろう。だが――)
得体の知れない不安が、ゾリオに付きまとって離れない。同様に、脳裏からあの神童の顔が焼き付いて離れなかった。
(奴が、それを許すか……?)
ゾリオは、自分でも驚くくらいにハリコフのことを評価していた。深謀遠慮、しかしその慎重な性格に合わぬ熱き意志も兼ね備えるあの青年が、ただで終わるとは思えなかったのだ。
だが、指示に従うに越したことはない。もし狙われたとしてもあの二人なら逃げ切れるだろう。
「ハリコフ……お前はどう出る?」
迫りくる連盟軍に向けて、ゾリオは静かに呟いた……
◇◆◇
両雄が、決戦の地に並び立った。連盟側二十万、連邦側十万が相対するその空気は、兵士の喉をひりつかせる。
その中で、ある人物が連邦側に連絡を入れていた。
「ゾリオ殿、準備は整いましたでしょうか?」
(――あぁ、伏兵も置いた。後はそちらの蜂起だけだ……サイゼム殿)
受話器を握る人物――サイゼム・メソッドは、静かに頷いた。
「了解しました。お任せを」
(――しかし驚いたぞ。この計画について、君は全く報告をしてくれなかったではないか。伝えてくれればこちらとしても動きやすかったのだが)
「申し訳ありません。情報局から、当日までは明かすな、との通達がありまして」
(――そうか、それは仕方がないな。まぁ何にせよ、これで我らの勝利は確実だ。よろしく頼むぞ)
「はい。では行動を開始します」
(――あぁ、では切るぞ)
通話が切れた後、サイゼムは受話器を置いた。"その時"が着々と迫っていることを自覚し、喉が渇くのを感じた。
(遂に、か……)
天幕の外に出る。そして部下に指示を下そうとしたその時。
「御機嫌よう、サイゼム中将」
「っ!?」
突然の声に、心臓が縮むのを感じた。その声の下に目を向ける。そこには、ハリコフ対策本部副長が立っていた。警戒を緩めずに、サイゼムはハリコフに声をかける。
「は、ハリコフ殿だったか。少し驚いたぞ。して、こんな所まで来て、いったい何の用だ?」
「えぇ、少し確認を取りたかったのですよ」
ハリコフの奇怪な言動に、冷や汗が垂れ落ちる。
(確認だと……? まさかバレたのか……!?)
余りにも、静かだった。天幕の揺れる音が聞こえるほどに。サイゼムがそれほどの深い焦りに陥っていることも気にせずに、ハリコフは話し続ける。
「最近は、少し暑くなってきましたよね。外に無防備に食べ物を置いていては、腐ってしまう」
「ま、まぁそうだな。だが、それに何の関係が――」
「しかし不思議なことに、愚鈍なネズミはそんな腐った餌にも食いつく様なのですよ。それが自らを破滅に追いやることも知らぬまま……」
ハリコフは、しっかりとこちらを見据えて、告げた。
「貴方でしょう? 密告者は」
その言葉を聞いた瞬間、サイゼムは末端から力が抜けるような感じがした。自然と呼吸が速くなる。何とかして弁明を試みた。
「ま、まさか。冗談を言わないで欲しいものだ。俺が連邦とつながっているなんて――」
「おや? おかしいですね、私は一度も連邦の密告者とは言っていませんが」
もう弁明は不可能であることをサイゼムは理解する。即座に目の前の男を殺して、事を進めるしかない。
即座に銃を抜こうとして――利き手が鉛玉によって撃ち抜かれ、弾き飛ばされた。その痛みに彼は悶絶する。何が起こったのか分からない、少なくともハリコフは銃を抜いていない筈……!
混乱していると、天幕の影から、一人の青年が出てきた。
「まさか本当に密告者だったとはな……ハリコフの話を信じて正解だった」
それはシャルルだった。狙撃銃から煙を吹かせ、虫けらを見るようにサイゼムを見下ろしていた。ハリコフがシャルルに近づいて話しかける。
「協力感謝します、シャルルさん」
「……ふん、別に協力してやったわけではない。裏切り者の存在が許せないだけだ……部下の方も先程制圧した。後はこいつだけだ」
それを聞いたサイゼムは苦虫を噛み潰したような感覚に陥る。もっと早く気づいていれば……
(いや、せめて。付いてきてくれた部下達のためにも……!)
二人にばれないように、痛みで震える血に濡れた手で必死に銃を抜き出す。そして――
「うおぉぉぉ!」
全身全霊を込めて引き金を引いた。その弾は、シャルルへと正確に飛んでいく。その弾が、シャルルの頭を貫いた――
筈だった。ハリコフが決死の表情で彼を突き飛ばしたことで、間一髪頬をかすめただけに留まったのだ。共に倒れる二人を見て、サイゼムは混乱した。
(なんだ、今のは……?)
世界が、ズレたような感覚がしたのだ。例えるなら、数フレームだけ飛ばされた動画を見ているような――
即座にもう一方の手も撃ち抜かれる。再びその痛みに蹲る。両手を壊され、心も折られたネズミに、もうできることは残されていなかった。
◇◆◇
――完全に無力化されたサイゼムを見て、シャルルが俺に感謝の念を伝えてくる。
「済まない、ハリコフ。お前がいなかったら、俺は死んでいたな……」
「……良かった、本当に。しかし……今の感覚は、一体……」
一瞬だけ、世界が止まったように感じたのだ。そのおかげで間に合った。俺は、ふと右腕に視線を向けた。その手首には、時計の長針と、短針のようなものが刻まれていた……
混乱するが、今は置いておこう。先ずはこの計画を完成させることが先決だ。俺はリエの隊がいる方角に目線を向ける。
(頼むぞ、リエ……)
最後の総仕上げが、始まろうとしていた……
この時から身体に異変が起き始めた、と確かハリコフは語っていた。その能力は……ここで語るのはやめておこうか。




