15話. 皆で
あらすじ
メナスの決戦後、気を失ったリエは基地シザースの医療施設に運び込まれ治療を受けた。数日経って、ようやく彼女は目覚める。状況を把握できていないリエは、アレクたちの行方が分からず混乱する。
朝方の光にあてられ、ゆっくりと、目を開く。まず視界に入るのは、きっちりとはめられたタイルで構成される天井だった。この天井には見覚えがある。基地シザースだ。
目を動かすと、自分の身体に白い毛布が掛けられていた。状況を理解できず、頭が混乱する。
(……確か私は、作戦に参加して……途中で砲弾を喰らって……)
そこからの記憶が曖昧だ。確かシャルルさんが来てくれて、その後に、アレクも……
(……戦いは、どうなったの?)
横に取り付けられている窓から、基地内の様子を覗こうとして――全身に激痛が走った。声にならない悲鳴を上げ、ベッドにもたれかかる。
荒くなる息を押さえつつ、大きく息を吐く。そして、再び体を起こした。腹のあたりが灼けるように熱い……変な汗が出ることも気にせず、リエは点滴を掴みつつ窓まで這いよる。
そこでは多数の兵士たちが装備の点検をしたり、話し合ったりしていたが――その数が、あまりにも少なかった。
(出た時には大勢いたはずなのに……見える景色でこれなら、今は三割も残っていないんじゃ……)
その時、負傷後の記憶の断片が蘇る。敵の閃光弾の直線上、リエを庇うように位置するシャルルの姿。
動悸が、早くなる。体が浮くような、地に足がつかない感覚に陥る。まさか、私のせいで――
(い、いやだ……そんなのいやだ……!)
急いで振り返ろうとして、転んでしまう。骨が軋み、砕けるような感覚に襲われる。それでも彼女は意にも介さず、邪魔な点滴を強引にむしり取り、壁に寄りかかって移動を始める。
包帯が赤く滲む。足取りは自然と、作戦会議室に向かっていた。
(もし皆無事なら、この時間は、会議室で作戦立案をしてるはず……! シャルルさんや、アレクだって……!)
荒くなる息が病み上がりのせいなのか、跳ね上がる動悸のせいなのかも分からなかった。
必死に身体をよじらせ、何とか部屋の前にたどり着く。全体重を乗せて扉を開いた。
その拍子にうずくまり、歯を食いしばって顔を上げる。――そこは、静寂で満ちていた。もぬけの殻である部屋の中で、リエは独り、座り込む。
受け入れたくない事実を、胸のうちに押しつけられる。その感触から、胃液がせり上がるのを感じ、彼女は吐いてしまった。胃酸のみが飛び散る。腹が引き絞られ、赤い何かも溢れ出る。
――リエは、泣いていた。苦しい。心臓が握り潰されそう。胸を押さえても収まらない。
役立たずの自分を、殺してしまいたい。なぜ、自分だけ……辛い、辛い、辛い。
ドアの内側で胸を押さえうずくまり、声を押し殺して泣くリエの頭上に、一人の影が差した。
「――エ。おい、リエ!」
「……アレ、ク……?」
肩を揺らされ、正気に戻る。声の元へ振り返ると、命よりも大切な親友が、とても心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「バカ、まだ安静にしていないとダメだろ! っ、この傷、お前無理やり点滴を剥がして……! それに傷が開いてる、早く医務室に――」
「シャルルさんが……シャルルさんが……」
アレクの軍服の裾を掴み、泣きじゃくるリエに彼は首を傾げる。そこへ――
「どうしたアレク、何が――!」
扉の向こうに、シャルルが立っていた。いつものシャルルさん。頼りになるシャルルさん。
「分かんないです! 会議室に来てみたら、うずくまっていて……」
「……無理やりここへ来たのか! すぐに医務室へ運ぼう。立てるか? リ――」
膝をついたシャルルが、言い終わるよりも前に。激痛で意識が飛びそうになりながらも、リエは彼に抱きついてしまった。彼の軍服が、彼女の涙と血で汚れる。リエは声にならない泣き声を上げた。
「しんだかど思っだぁ……よがっだっ……!」
「……君に教えられたよ。最後まで、足搔いて見せたさ」
しゃくりあげながら頷くリエに、シャルルとアレクは苦笑する。その笑い声はとても優しかった。
安心したら、視界が暗くなってきた。良かった、本当に……
力を抜き、リエは再び眠りにつく。
◇◆◇
数日後。
再び目を覚ますと――ベッドの横にテスタが座って、点滴の入れ替えを行っていた。
「……テスタ、さん?」
リエの声に反応したテスタは驚き顔を綻ばせつつも、すぐに引き締め説教を始める。
「とりあえず、意識を取り戻したようで何より。自分が何をしたか、覚えているか?」
「えっと……二人を、探しに行って……」
「その重症の身体で、だ。戦場にも無理して出撃して、本当に命を失いかけていたんだぞ」
その声に怒りを滲ませて、テスタはリエを睨みつける。聞けば、高熱による記憶の混濁を起こしていたらしい。
苦々しい面持ちで自分を見つめるテスタの視線に、リエは申し訳なさで身を小さくした。
「……ごめんなさい、テスタさん」
「……謝るぐらいなら、行動で示せ。君の安全を願う者が、どれだけいると思っている」
気を落とし目を伏せるリエを見て、テスタは深いため息をつきつつ立ち上がる。最後に点滴の確認をし、病室のドアへと向かう、その前に。
「二人に、感謝しろよ。お嬢」
そう吐き捨てて、視界の外へと消えていく。代わるように、今度はアレクとシャルルがお見舞いに来た。
「リエ、意識を取り戻したのか?」
「……うん。おかげさまで」
リエが笑うと、二人は安心したように肩を落とす。そのままリエの枕元に座り、談笑を始めた。
窓側に座るアレクが、特産品のチャクリーを剥きつつも話し始める。
「体の調子はどうだ?」
「……寝転んでいても、全身痛いな。砲弾を撃ち込まれただけでこうなるの?」
リエの言葉を聞いたシャルルは唖然とし、声を漏らす。
「……もしかして、覚えていないのか?」
「何をですか? シャルルさん」
「その身体で私のもとまで来て、一緒に戦ってくれていただろう?」
そう言われて、全ての記憶が蘇る。そういえば、そうだったっけ……あ。
「だから、あんな映像が……」
その言葉を聞いて訝しむ二人をよそに、リエは赤面する。
(早とちりかぁ……良かったけど、あの顔を見られたのはなぁ……!)
顔が熱い。手で覆いたいのに、痛みでうまく動かせない。穴があったら入りたい……!
何も喋らなくなるリエを見て、シャルルが心配そうにアレクに質問する。
「なぁアレク、リエはどうしたのだ?」
「……知らないですけど、大方戦った時の記憶で、シャルルが死んだと誤解したんじゃないですか?」
「……なるほど、確かに似たような状況はあったな。敵の策謀で避けられなかっただけで、風で相殺できたが」
二人の会話を聞いていたリエが、羞恥心も忘れて口を開く。
「……あれ? 二人、いつの間に仲良くなってるの?」
「……まぁ、少しな」
少しだけ恥ずかしそうに呟くアレクに、リエは首を傾げる。
シャルルは胸に手を当て、決め顔で宣言する。
「勿論だ。アレクと私は盟友になったのでな!」
「そこまでは……! まぁ、合ってるか?」
まるで反応が違う二人を交互に見つめ、リエはますます混乱する。それと同時に、一種の安堵が心を支配していた。
「良かった」
力を抜き、言葉を発するリエを見つめる二人。彼らに向けて、リエは目を閉じながら言葉を紡ぐ。
「私のせいで、険悪にならないで。本当に」
「……すまない。心配をかけたな」
「ありがとな、心配してくれて……チャクリー剥き終わったけど、食べられるか?」
「食べる」
三人して笑う。もう少しだけ、このままでもいいかな……なんてことを、密かに思った。
◇◆◇
「――患者数が報告以上に多い……民営に協力を打診するべきかな」
そう言いつつ、テスタが見回りのために部屋に戻ると、口元に運ばれたチャクリーを嬉しそうに頬張るリエと、それを眺めて笑うアレクとシャルルの姿があった。
目尻を下げて微笑むテスタは、三人にばれないように、ゆっくりと扉を閉める。そして、彼らの幸を、切に願った。
︙
︙
チャクリーの花言葉:人との縁、純愛
︙
︙
出典:『全世界! 花言葉百科事典』 カーディア地域




