幕間:星の空
あらすじ
メナスの決戦後――修築中の要塞、その後方に置かれた野外病院のベッドの上で、アキラが目を覚ます。
暗闇の中に、淡い光が差し込む。少しずつ目を開けると、設営された天幕の屋根が視界に入り込んできた。
「……ここ、は」
「……目ぇ覚めたか」
聞きなれた声に顔を傾けると、頭に何重にも包帯を巻いたマークが、レーションを食いながらこちらを見つめていた。目を細めながらも言葉を続ける。
「……足、動かせるか?」
そう言われて、爪先や脚を動かしてみる。――問題ない、通常通りに動かせる。体を起こし、腕も確認するが、大した異常はない。
「なんともないな。どうかしたか?」
「……お前、背中から落ちたらしいじゃねぇか。背骨、折れてる可能性あったんだぞ」
アキラは、白騎士と戦姫との戦闘を思い出す。
(確かに俺は、リエに地上へと叩きつけられたはずだが……)
そして、気づく。
「あの戦姫……途中で、操作を手放したな?」
アキラは低く呟いた。あの状態から鑑みて、途中で粒子が消えうせたのだろう……だから、ギリギリ飛翔で低減できたのか。
腸が煮えくり返る。 ……それが無ければ死んでいたという事実のみが、敗者であるアキラに残された結果であった。
額を押さえて歯噛みするアキラに、マークが声をかける。
「その反応、戦ったのはあの戦姫か?」
「瀕死の、だ。それと白騎士。あの戦いは、絶対勝てたはずだ……クソ!」
ベッドの毛布を強く叩く。悔しい……ただ、途轍もなく悔しい。それ以上に、己の実力不足を痛感させられた。
その会話の後、少しの沈黙が続く。ランプの油が無くなりかけているのか、明かりが明滅を始める。
ふとアキラは、気になったことをマークに聞いた。
「お前、サマルとの戦いはどうした?」
その問いに、食い終わったレーションの袋を机に置きながら、マークは話し始める。
「……あの後、ガルヴェルデ副長たちが参戦してくれてな」
「結果は?」
「惨敗だ。全く歯が、立たなかった。先輩も、たくさん死んじまった……のに、俺は、一太刀も……!」
アキラがマークの顔を覗き込むと、目を手で覆い、密かに涙を流していた。マークの涙を見て、先程までの言動が思慮に欠けるものだったことを思い知る。
「……すまん。色々と」
「……同情なんか、いらねぇよ……!」
マークが手を放し、執念の炎を目に宿らせる。
「次は勝つ……必ずっ!!」
「……そうだな、やられっぱなしも癪だからな。 ……ところでマーク、お前歩けるか?」
「……別に問題ないが、なんだ?」
袖で涙を拭きつつ、マークは問い返す。アキラはランプを指さして告げた。
「メルカ油を取りにだ。ついでに今は夜だ、取りに行く前に星を見に行こう。お前、好きだろ?」
「……何のつもりかわからんが、良いぜ」
了承の意を確認すると、二人はベッドから降り立ち天幕を出る。空は雲一つない快晴の夜空だった。だが、所々の光が微弱な星光を邪魔してあまり見えない。
「……少し歩くか」
「そうだな」
そうして二人は歩きだす。アキラがマークに何気なく聞いてみた。
「ここらへんでいい景色が見える場所、知ってるか?」
「……一つだけ、心当たりがある。もともとここらで道路建設に従事していたからな」
マークの発言にアキラは驚く。
「道路建設って……ここの地区の復興は十年前くらいだろ! お前何歳で――」
「大体二桁届いたごろだな。インフラ作業に従事し始めたのは、九歳かそこらだ」
その事実を聞いて、アキラは唖然とする。どうりで身体がしっかりと――いや、今は関係ない。
「なぜ、そんな年頃から……?」
「……十二年前のカーディアとの戦争で、親父が経営していた林が全焼してな。おかしくなった親父は、盗みを働いて捕まっちまった。母さんも妹も病弱だったから、俺しか働けなかった」
気づけば、少しずつ人の声が消え、辺りを林が囲んでいる。その時、アキラの脳裏にマークの得物が浮かんできた。
「……普段斧を使っているのは、そういうことか?」
「……使いやすいからな。親父の誇りを人殺しに使うのは、気が引けたが……」
「……今、家族はどうしてる?」
アキラの問いを受けて、マークは沈黙する。そして、前を見据えた。
「母さんは死んじまった。父さんは獄中で死んだかどうかも分からねぇ。妹は俺の給料で、何とか学校に行けてる」
「……それは、良かったな」
「あぁ。だから俺は昇り続ける。あいつが、不自由なく暮らせるように。誇りを、取り戻せるように」
言葉が途切れ、静かな沈黙が二人を包む。そして、目の前に開けた平原が出てきた。
「……ここが?」
「あぁ。上、見てみろ」
促されるままに、マークの指さした方を見上げてみる。そこには――言葉に表すこともできないほど、荘厳で美しい星空が広げられていた。
大小の光が空を埋め尽くし、まるで絵画のような秀麗さをも兼ね備えている。
「星の数ってよ、世界中全てのお金を集めてもそれには届かないらしいな」
突然、マークが喋った。下を見ると、いつの間にかマークは座って、星空を見上げている。アキラもそれに続き、真横に腰を下ろした。草と土のにおいがする自然の椅子は、思いのほか座り心地がよかった。
マークは言葉を紡ぎ続ける。星へ手を伸ばし、掴む仕草――過去を思い出して、笑いながら。
「昔、偶々会った女の子に話したことがある。その時思ったんだ。星は、一人一人の夢みたいだってな」
「人の数だけ、みたいなことか?」
「違う。手を伸ばすには途方もない、遠い遠いものだからだ。どんだけ金を稼いでも、もう届くことのない、俺の時間。でもな」
マークはこちらを見つめて、希望のこもった目で笑う。
「妹を守るっていう、一番星は掴み取れた。努力すりゃぁ、いつかは掴み取れる――高々二十年そこらで知った、人生の教訓だ」
「……本当に、美しいな。その夢も、その生き様も。だから俺は、お前に憧れたんだ」
マークが不思議そうにこちらを見つめる。
「……そりゃあ、どういうことだ?」
「俺は昔、養成学校の生徒になって間もない時に、お前と会ったことがある。放課後帰りに店を立ち寄った時だった」
アキラは、昔のことを思い浮かべながら話し出す。
「その店に、強盗が押し寄せた。俺はその時、動けなかったんだ。精神がまるで子供だった。人の役に立つと、常日頃から願っていたのに」
そう言って自嘲するように笑う。ふとマークを見ると、真剣な表情でこちらを見つめてくれていた。少しだけ恥ずかしくなりながらも、言葉を紡ぐ。
「その時、お前が現れた。一瞬で叩きのめした。呆気にとられた俺は、ついついお前のことを追いかけたんだ」
マークは少しだけ唸りながら、当時を思い出そうとしている。気にかけることなく話し続ける。
「『なんで動けたのか、怖くなかったのか』……そう聞いたらな、お前は『助ける覚悟を決めた』、ただこれだけ言って立ち去って行ったんだ」
アキラは拳を握り締め、胸に置く。
「あの日から、俺は覚悟を得るために、ずっと走り続けてきた。まだまだ遠いな」
「……十分だろ」
「いや、まだまだだ。だからな――」
アキラは拳を、胸からマークへと移す。
「これからもよろしくな、相棒。俺たちが夢をかなえるまで」
「……はっ。そうだな、相棒。昇り続けよう、最後まで」
拳と拳をぶつける。その時、星空の中に流星が現れた。
「おいまじか、流れ星だ!」
「早く願おう、間に合うかこれ」
――草原の上で、二人の青年は願う。双鷲は己の夢へと向けて、これからも飛翔し続ける。




