9話:無能か否か
連邦軍中将(現大将):ゾリオ・N・アルフレッド:
男:38歳
あらすじ
サシルの戦いで勝利を収め、その後のルヴィカの演説で士気が一気に上がった連盟軍。しかしその戦いを皮切りに連邦軍が活発的に戦闘を繰り広げるようになり、異能対策本部はその対応にかかりきりになるのだった……
あの戦いのあとも、連邦と連盟による戦闘は頻発した。俺は作戦会議室のあの作戦立案書の山を思い出して歯噛みする。小規模なものがほとんどだが、それでもあれほどの量起きれば対策本部のリソースがそちらに割かれるのは当然だろう……今はリエたちも前線に駐屯しているのでいない。調査のスピードは極端に落ちた。
それでも、数人交代制で調査に取り掛かったり、混乱が収束してきて手が余っている調停部の奴らに力を借りたりすることで、何とか進められていた。
その過程で、新しく判明したことがある。
「無能力層の存在、か……」
目の前の書類を見下ろして、俺は呟く。その声に呼応して、チナン異能調停部長が口を開いた。
「あぁ、極稀に、100人に1人の割合で、そういった事例が報告されている。すでに世界では多く確認されていたそうだが……」
「無能力層への過激な攻撃とともに、ですよね?」
共に働いているニム調停部副長が横槍を入れてくる。その事実に部長は顔をしかめる。
「……あぁ。理解できないがな。突発的に得たもので優劣を図るなど、全くもって理解できん」
一同は頷く。事実、連盟内では方針の徹底により異能への価値観が統一されているおかげで、過激な攻撃どころか初期に見られた恫喝などでさえも、今ではほぼ確認されていない。
「おかげで調停部の仕事ないですけどね」
調停部の誰かの発言で皆が笑う。その笑い声を後ろに、俺は部屋を出た。壁に背をやり、右手を見つめる。未だに異能が発現しない自分と重ねて。
「クソッ……」
掠れた声が虚しく響く。自分の無力さを呪った。
なんとかその日の調査を終え、帰路につく。ベンチがあるのを見つけて、腰を掛けてみる。木製の板が音を上げる。気にも留めずに全体重を乗せた。少し傾く、と同時に反射的に曇った夜の空が見えた。すべてをのみ込んでしまいそうな、黒い闇だ。視界が吸い込まれる。
「……何をしているのだ?」
「……ミハイル元帥……」
元帥に声をかけられ、現実に引き戻される。即座に立ち敬礼をしようとするが、しわの多い手に止められる。視線を落としてもう一度座ると、元帥が横に座って質問を投げかけてきた。
「何か、あったのか?」
「……特に意味はありませんよ。休憩です」
「そうか? それにしては神童の顔が悩みに歪んでいるように見えたが」
本当に洞察力が高いと感じた。しょうがないので、事実を話し始める。
「……調査の過程で、私が無能力層である可能性が高いことが判明しました。同志たちの役に立てないことが、心苦しく……」
「ふむ、それは確かに辛いな。だが本音ではないな? お前の価値は異能ではなく、その"頭"にある。そのことはお前が誰よりも自覚しているだろう?」
俺は心のなかで両手をあげて降参した。戦場をどれよりも長く生きてきた目の前の老将に、隠し事は通用しないようだ。観念して、本音を吐き始める。水のたまったバケツを転がすように。
「私は、祖国と、リエを命をかけて守りたいのです。私に生きる希望をくれた、貴方達に殉じたい。なのに、無能力では、戦場で私はお荷物にしかならない。身代わりになることすらままならないなんて、そんな酷いことがありますか……?」
喉の奥から絞り出した言葉は、ドロドロとした熱を持って夜気に消えた。吐き出すごとに、心が軽くなるような気がする。涙が出ていたかもしれないが、どうでもよかった。少なくとも、さっきよりかは辛くはないから。
独白を、元帥はただ静かに聞いていた。言い終わったあと、少し間を置いて口を開く。
「……儂も、同じだった」
「え?」
「命よりも大切だと思える戦友が、何人もいた。儂も隣で、ライフルを片手に戦いたいと何度思ったことか。だが、将校という肩書がそれを許さなかった」
彼は続ける。過去を閉じ込めた大事な箱を、ゆっくりと開けていく。
「友人の訃報を机の上で見るとき、あの感覚に慣れることはなかった。自分の采配が彼らを殺したのだと、今でも夢に見ることがある。自分の"無能さ"を、憎まない日はなかった……」
元帥の話を聞いた俺は、ひどく驚くとともに、少しの共感を感じていた。作戦を考える立場だからだろうか。
元帥は俺に向き直ってこう告げた。
「儂らのような将校が大事な友人を守りたいと願うなら、足りない脳でもできうる限りを活用して、作戦を考えるしかないのだ。勝利も、友人も、どちらも取ることができるものを。そしてお前には優秀な脳があり、"無能"ではない。だからお前はいつも通り、作戦を考え、友人たちを導け。その先の勝利のためにも……
後悔のないようにしろ」
その言葉を最後に、彼は立ち上がり、暗闇の中に溶け込んでいく。それを見送った俺は、彼の言葉を脳内で反芻し続けていた。
暗闇に腕を伸ばす。少し痛んだが、気にせず俺は立ち上がる。ズボンに付着する埃を落とし、俺は欲しい未来を得るために、一歩を踏み出した。
5月30日 少し間が空いたせいか、思ったような文章が書けないな。まぁいい、気長にやるとしよう。




