蛇の謀略
オズワルドは友人の顔を見上げて、苦笑する。
まあ座りたまえ、と正面のソファを手で示した。
『——そりゃあそうさ。何をしても、悪意を持って受け止められる。私は何もせず、そもそも存在しない方がよいのかもしれない。なにしろ、側妃から生まれた黒髪の王子だからな』
『そんなことを言うのは、ごく一部に過ぎませんよ。ある程度論理的な思考をする者は、決してそんな受け止め方をしない』
『さあ、どうだろうか』
オズワルドは嘆息する。ギルバートは苦笑した。
『まあ……世襲の歴史が長過ぎた弊害ですね。能力より為人より、なにより血筋が重要だと考える者が多すぎる。古来より永年の栄えなど存在しませんが、我々もいま、下り坂にいるのかもしれません』
『…………』
ギルバートは、オズワルドの向かいに腰を沈める。その表情は泰然としていて、——その余裕を、今の自分は失っていることに気付き、そして失望した。
『だめだな、私は』
呆れたように呟く。部屋の隅にいるメイドに顔を向けてグラスを持った右手を揺らと、メイドはすぐにギルバートの分のグラスを運んできた。オズワルドからの酌を受けながら、ギルバートは首を横に振る。
『いえ、殿下はよくやっていらっしゃると思いますよ。いくら殿下が清廉であっても、色眼鏡をかけつづける者はいる……その終わりのない苦労のなかで、よく持ち堪えていらっしゃるかと』
——君は素晴らしい友人だな。
オズワルドは言葉には出さず、瞳を閉じて口角を上げる。人によっては腹黒いと受け取るその静かな笑みを、ギルバートは正しく受け取り、応じるようにグラスを掲げた。
『そういえば、どうして今日はここに?』
オズワルドが尋ねると、ギルバートはグラスをテーブルに置き、少し前のめりになってオズワルドに顔を寄せた。
『珍しく庭の話でもしようかなと思いまして。黒い花と、赤い虫にお困りのようで』
『あぁ……君の耳にも入っていたか。私は蛇だと思っていたが、君には虫に見えるか』
オズワルドは苦笑する。
黒百合派の話は兄も交えた夕食会で話をしたことがあったが、ダドリー嬢の話はしたことがなかった。あのルビー色の垂れ目を思い出すだけでうんざりとした気持ちになる。
『最近は無視できない勢力になりつつありますからね……少しばかり探りを入れてみましたが、最近ダドリー家の令嬢が目立つのは、要するに派閥争いの一環ですな。ダドリー家は黒百合派の二大勢力と評されてはいるものの、筆頭のウォルコック家にはまるで相手にされていません。先代当主が商会の婿養子で、息子の現当主も成り上がりの野心を受け継いでいる。資金力もあるので何かと目立っていますが……ウォルコック家と協調が取れているわけではない。ジョセフィーヌ嬢のあの振る舞いも、ウォルコック家を出し抜いて黒百合派筆頭として幅を聞かせるための策略でしょうな』
しょうもない。こちらはいい迷惑だ——と思ったが、オズワルドはわざわざ口には出さない。
きっとこの話を持ちかけたということはギルバートに何か考えがあるのだろうと、続きを促した。
『現段階で協調できていないとはいえ、反体制の派閥に侯爵家が二つも揃っている状況を無視することは後々面倒に繋がり得ます。——そこで、です』
トントン、と2回。少し強めにギルバートは中指でテーブルを叩いた。分厚い木と関節がぶつかる音が響き渡り……それが合図だったのか、この部屋の扉が静かに開いた。




