望まれる、望まれぬ虚像
それからまたいくつかの季節が巡った。
甥であるアーノルドは先日、ハリス家のリザベラ嬢と婚約した——彼自身が選んだ相手だ。
王立学園を卒業次第、婚姻の儀を挙げるらしい。安堵もあるのだろう、兄と友人の喜びようはひとしおだった。
めでたい話だ。ああ、非常にめでたい——なのに心の底から晴れやかな気持ちにはなれない。ここ最近、オズワルドはじっとりと気持ちが沈んでいた。静穏な平原の片隅に泥沼が広がり、じわじわと飲み込まれるような感覚。心中に淀が溜まってゆく心地。
生まれた瞬間から否定されてきた人生。身に覚えのない冤罪で形作られる自分像。
出口のない苦痛に、精神が悲鳴をあげ始めていた。めでたい話があるのに、どこか晴れやかになりきれないことに気づいてしまい、——オズワルドは、心の奥底に潜む闇を自覚してしまった。
王族として泰然と受け流すには、悪意に晒されすぎた。
オズワルドは王弟だ。
この王国でもっとも尊ばれる一族の血筋であり、貴族や平民は彼らに仕える。
臣下の戯言など意に介さず、悠然と構えるのが王族としての器だ。
兄とは友好的だし、良き友人にも恵まれている。
しかし——
”王弟殿下は、所詮は側妃の子”
”平民のような黒髪に、殿下は劣等感を抱いているに違いない”
”国王陛下は博愛の心で殿下を受け入れているが、きっと殿下はそれすら憎らしいに違いない”
何も知らず、知ろうともせずにオズワルドを排斥しようとする貴族たちに対して、彼らが統治する世界に対して、嫌気が差し始めていた——果たしてこの国に価値はあるのか。
国王と宰相だけでは、この国は回らない。所領の運営は各領主貴族に一任されているからこそ、この広大な王国は成り立っている。しかし各領土を司るのは、欲と自尊心に溺れた者ばかりだ。
オズワルドを勝手に持ち上げようとする集団は、いつの間にか黒百合派という名を有したらしい。
その中心人物とされるウォルコック侯爵からの接触はいまだにないが、二翼と噂されるダドリー家の令嬢からは、あからさまに粉をかけられている。既成事実でも作って取り込もうとしているのか。艶やかな黒髪に赤い眼をした女は、王城ですれ違うたびに蛇のように体をくねらせ、時には腕を絡ませてくる。邪険にそれを払うたび、彼女は「つれない方」と唇を尖らせる——彼女なりのプライドの保ち方なのかもしれないが、それが殊更にオズワルドの神経を逆撫でる。
侮られているのだ、仮にも王弟が。色仕掛けで懐柔できる程度の人間だと評価されているのだ、王位簒奪を直接オズワルドに吹き込む度胸もない程度の者たちから。
反逆の名目で黒髪の王族を排斥したい者、革命の勝ち馬に乗って成り上がりたい者。オズワルドは、彼らにとって都合のいい人物像を勝手に押し付けられ、勝手に非難をされる。いくら清廉であろうとしても、そうであってほしくない者の視線に晒され続ける。
官職を辞したばかりのころ。オズワルドはこれまで政務に費やしていた時間を使って、地方へ足を運び、慈善活動に勤しんだ。どうしても、王宮を中心として都市は栄える。中央からの恩恵を得づらい民に恵みを与えるための行動だったが、それすらも密かに反乱軍を囲うためだと揶揄された。最近はすっかり足も遠のき、黒百合派の煩わしさもあり、すっかり王宮の自室に引き篭もるようになっていた。
外交や政局も、最近の情勢はまったく知らない。噂話ですら耳にいれることを拒絶した。
ただただ、だらりとワインを揺らす日が増えた。喉を通るアルコールが増えるたびに、知性が代わりに流れ出てしまう気がする——が、それすらどうでもいいと思った。世間は私のことを道楽者と揶揄するだろうか。それとも、そうであることを望むだろうか。
『やさぐれていますね』
ある日、オズワルドの居室を訪れたギルバートは、ソファに沈んで虚に酒を飲むオズワルドを見てニヤリと笑った。——そうだ、自分はやさぐれているのだ、とオズワルドは思った。




