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ハリス公爵のプロポーズ  作者: 玖遠
幕間 〜Side:王弟〜
20/23

良き夜、そしてこの国の未来に祝杯を


◇ ◇ ◇


オズワルドが政界から距離を置いてから10年ばかりが経ったころだろうか。

その日、オズワルドは兄王とともにハリス公爵家の邸宅を訪れていた。夜、旧友とワインを片手に語らうためだ。


あの頃から今に至るまで、月1回程度はこうして顔を合わせていた。オズワルド以外の2人は多忙な毎日だが、対外的に親睦を示すためにも開催するべきだ、とは宰相ギルバートの言である。巷では反体制派として王弟を祭り上げようと画策する派閥が再び興隆しているらしいが、まだオズワルドへの直接の接触はない。オズワルドにとっては顔の周りを飛び回るハエのようなものだが、そのまま放置しておけばハエの親玉だと見做されてしまう。

『それは不本意ははずです——陛下にとっても、殿下にとっても、もちろん、私にとっても』

ギルバートの言葉に、兄も弟も異論はなかった。


この日のテーブルには、ほどよく火入れのされた鹿肉とズッキーニとトマトのグリルが並んでいた。合わせるワインは、オズワルドと兄王が1本ずつ、王宮の広大なワインセラーからお気に入りのものを選んで持ち寄った。熟成された赤が飲みたい、とはギルバートのリクエストである。


『我が領には鹿の棲む山があるのですが、猟師の調子が良かったようで、今日の朝に新鮮な肉を献上してくれました。陛下や殿下にとっては平凡な味かもしれませんが、私のお抱えの料理人がそれなりに素晴らしく調理をしましたので、ぜひ、お二人のワインのお供に』

『だから今日は、お気に入りの赤を持ってきて欲しいと言ったのか』

いたずらっぽい笑みを浮かべる宰相に、兄弟はつられて笑う。そうして和やかに始まった晩餐は、オズワルドにとっては可愛い甥っ子の話題から始まった——まだ5歳ばかりだったアーノルドはすっかり青年の姿に近づき、来年の春には王立学園へ入学するらしい。学園に入学する前に婚約者を決めるべきか、学園生活のなかでアーノルド自身の判断に委ねるか、悩んでいるという。


オズワルドは、黙ってワインを飲む。政治から距離を置いた以上、不必要に口を出すべきではない。未来の王妃候補など、政治と権力争いの話題ど真ん中だ。


(——とはいえ)

オズワルドは、ギルバートを一瞥した——能力と品性を鑑みて相応しい令嬢は、ハリス家のリザベラ嬢一択だろう。多少お転婆すぎるところもあるが、まだまだ無邪気な年頃だろうし、あと数年も経てば立派な淑女になるはずだ。


『悩んでいる陛下には悪いですが、おそらくどちらを選んでも未来は明るいでしょう』

ギルバートはさらりと言った。父の目から見ても、リザベラ嬢は頭ひとつ抜けているらしい。そして、アーノルドはいっときの色に惑わされることはないだろうという信頼も伺えた。親が選んでも、子に選ばせても、リザベラが王太子妃になる、と。兄王は困ったように眉尻を下げた。

『学園では爵位を超えて様々な出会いがあるが——そこで悪い虫に目をつけられないか、不安にはならないかね』

古今東西、魔性の美女に揺らいで国を傾ける話はいくらでもある。不安げな国王に、ギルバートは落ち着いた様子で、薄く微笑んだ。

『それすらも含めて見守ってみようではありませんか。私は、アーノルド殿下は信頼に値するお方だと思っておりますよ』


ここで、「ぜひ我が娘を王太子妃に」とがめつかないところが、ギルバート・ハリスという男だった。それはハリス家の矜持でもある——あくまで国益と、王意を優先する。


二人のやりとりの狭間で、オズワルドは自然と微笑を浮かべていた。

政治には関わらない立場だが、王族の一員として、この国の未来が明るい話は非常に好ましい。


良い酒だな、と思う。

できれはこの気の置けない時間がいつまでも続いてほしい。

貴族連中全員がこうあってほしい、とまでは願わないから。

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