兄と、友と
『——自分たちにもチャンスがあると思っているのだ。厚かましいことに』
ハリス宰相はワイングラスを揺らしながら、冷たい目をして言い切った。
晩餐が並んだ円卓には、兄と弟、そして兄の右腕が座っている。
代々宰相を務めるハリス家は、将来の側近として幼いころから王家の子どもたちと遊んで過ごす。地位や立場を抜きにすれば、彼らは小さいころからの友人であった。
兄が、たまには気の置けない話がしたいと開催した晩餐会であったが、どうしても話題はきな臭い政治情勢の話に移ってしまう。オズワルドへ向けられる腹黒い視線と浅慮な噂話に、ギルバート・ハリスは嫌悪感を露わにしていた。ベロニカの花言葉に家名を賭けるハリス公爵家の当主にとって、権勢欲に溺れる貴族たちはどこまでも浅ましく、許し難い存在だった。
『髪色が金でない者が王位につけるのであれば、自分たちにもその資格があるはずだと、勘違いしている。オズワルド殿下を王族として見ていない、自分たちと同じ貴族と捉えている、とんだ不敬者たちだ。縛り首にしてやりたいが、大義名分がない』
『まぁまぁ。落ち着いてくれ、ギルバート』
当事者である自分以上に憤る宰相に、オズワルドは苦笑する。
オズワルドのなかに、王弟を軽んじる貴族諸侯への苛立ちはもちろん燻っている。それでも受け流していられるのは、長年の友人が自分以上に怒りを露わにしてくれているからだった。
『とはいえ……今の私を取り巻く状況を、このままにしておくわけにはいかないのも事実だ』
オズワルドはワインを口に含み、舌の上で転がしたあと、ゆっくりと嚥下する。ここ数ヶ月、ずっと考えていたことを自分に言い聞かせるように飲み込んだ。
『——争いの火種は、あらかじめ潰しておくに限る』
オズワルドは、国の要職から外れることを自ら上奏した。
オズワルド自身にその気がなくとも、意図せず利用され、担ぎ上げられる可能性がある。そうでなくとも今、オズワルドが国の中心にいることで、貴族諸侯たちのあいだで疑心暗鬼の念が生まれてしまっている。
国が荒れる原因にはなりたくないと訴える弟の言葉に、兄は眉間に皺を寄せて目をつむり、しばし苦悩の表情で思案した後、ゆっくりと一回、頷いた。ギルバートも難しい顔をしていたが、それが王家の意思ならばと、その決断に異を唱えることはなかった。
オズワルドが官職を辞すという話は、貴族界を瞬く間に駆け巡った。
『謀反の計画が暴かれ、表向きは穏便に粛清されたのだ』
『やはり、噂は本当だった』
『罪に問わないのは、陛下の温情だ』
『無用な争いを避けるため、オズワルドは自ら身を引いたのだ』
王の言葉を、貴族たちは建前だと捉え、根拠のない噂話に盛り上がった。オズワルドを反体制と決めつけ、甘い汁を吸おうと近づいていた者たちは、当てが外れた、王弟は所詮為政者の器ではなかったと陰口を囁きあった。
趣味の悪い噂話を嬉々として語り、都合よく人を担ぎ上げ、意にそぐわなければ貶める。
なんと思慮が浅く、身勝手なことか。そんな者たちが、この国の支配階級でふんぞり返っているのだ。
——反吐が出る。
しかし、いちいち反論するような相手ではない。
言わせておけばいい、とギルバートは鷹のような目で言った。
『殿下は王族なのだから、臣下の言う戯言など受け流してくださればいい。ああいう者どもは、所詮はその程度だし取り立てることもない』
『わかっているとも』オズワルドは苦笑した。好き勝手言うも者も多いが、兄弟と友人には恵まれている——そう思った。




