27、 カントゥータの赤い花
「まいった!」
しりもちをついて、こちらに手を上げ、さけぶ相手を、それいじょうせめるのはあきらめて、ぼくは斧をおろした。斧をもつ手とははんたいの手をさし出して、相手をおこしてあげようとすると、とつぜん相手がぼくにつかみかかってきた。
それからは、とっくみあいのけんかになった。
まわりの友だちがおもしろそうに声を上げている。本当はこんなことはしたくないけれど、ぼくは相手のえり首をつかんで地面におしたおした。相手の体にまたがって、かたをおさえつけても、相手はまだ、ばたばたとあばれている。けれどそのまま力をこめていると、ようやくあきらめておとなしくなった。
ぼくはすぐに体をはなした。
友だちが集まってきて、ぼくに言った。
「もっと、こてんぱんに、やっつけてやればよかったのさ」
「学校でいちばん強くていばっているチュキトスが、ユタにまけたなんていい気味さ。なんで立ち上がれないくらいやっつけてやらなかったんだよ」
「いいんだ。ぼくは自分の斧が上達したことが分かっただけで。でも、ぼくはもっともっと強くならなくちゃいけないんだ」
「ずいぶんよくばりだな。ユタはじゅうぶんに強いじゃないか」
友だちはそう言ってわらったけど、それはぼくの本当のきもちだ。人に勝つことが目的じゃない。人をすくえるようになることが目的だから。
「それなら、ユタ、わたしと勝負しようではないか」
声をかけてきたのは、斧を教えてくれるワイナ先生だった。先生は、さっきぼくがなげ出した斧を、ぼくにわたしてうなずいた。
ぼくはきんちょうした。先生と勝負することになるなんて思ってもいなかった。
ぼくがそろそろと斧をかまえると、すぐに先生は、斧をふりあげて向かってきた。先生の斧がぼくの斧とぶつかると、体中がびいんとしびれた。大人の力はこんなに大きいのだと気づいて、きゅうにこわくなった。
先生はまるで手かげんなどしないように、どんどんせめてきた。ぼくは、しばらくは先生の斧をうけとめることができていたけれど、そのうち、うでがしびれて手がうまく上がらなくなった。
かがみこんだぼくに、先生が斧をいきよいよくふりおろして、ぼくのひたいのすぐ手前で止めた。
まわりの友だちはおどろいて、声も上げられずにいた。
ワイナ先生は、ぼくのひたいから斧を引いて、もう片方の手でぼくの頭をなでた。
「目標をもつことはだいじだ。でもそんなにあせってはいけない。あせって力をつけても、それは本当の力にはならない。あせらなくても、きみはいずれ大きな力をつけることができるだろう。あきらめずにけいこを続けるのだよ」
先生はそう言ってわらうと、「さあ、けいこをはじめるぞ」と生徒たちに声をかけた。
六さいのころにおきた大きな戦争は、けっきょくぼくの国が勝って、お兄さまやお父さまも無事に帰ってきた。それからたくさんの人が都やそのまわりにひっこしてきて、まちはとても大きくにぎやかになった。
同じころに火をふいた山も、そのうちおちついて、つぶれてしまった村のところに新しい村ができて、都にひなんしていた人々も帰ることができた。
それから都のようすや人々のようすは変わった。こまっている人や、けんかをしたり病気になったりする人もへって、いつもにぎやかで楽しげな明るいまちになった。
それからまもなく、ぼくは学校に入った。学校で斧や武術のけいこをしたり、いろんなことを勉強した。
ぼくはもう十さいだ。これまでいっしょうけんめいけいこをしてきて、とうとう、学校でいちばん強い上級生のチュキトスを、うちまかすことができたのだ。
けれど、まだまだ強くならなければとひっしになっているぼくを、ワイナ先生はあせってはいけないと教えてくれたのだ。大人の力はとても大きなものだということを、先生と勝負をして思い知った。大人の力をつけるためには、体も大きくならなくてはいけない。
ぼくが大人になるまで、お山のチャスカは見まもっていてくれるだろうか。
学校を終えて帰ってきたとき、女の人がぼくの部屋にやってきた。
「ユタさま、タキリャさまがおよびです。タキリャさまのお部屋にいらしていただけますか?」
その女の人は、ばあやの身の回りの世話をしている人だ。ばあやはだいぶ年を取って、床に横になっていることが多かった。
ぼくは、女の人につれられて、ばあやの部屋に行った。
小さな部屋のおくの、石の寝台に、ばあやは横になっていた。ねむっているのかと思って、ぼくがそうっと近づくと、ぱっと目を開けてぼくに顔を向けた。
そして笑顔になって言った。
「よく、いらしてくださいましたねぇ」
ばあやの声は、ふるえているような小さな声だった。
「あれを、こちらへ持ってきてくれないかしら」
ばあやが言うと、女の人が小さなほそながいつつみを持ってきた。
ばあやはそれをうけ取って、中身をたしかめるようにさすると、それをぼくにさし出した。
ぼくはつつみをうけ取って、中を開いた。
宮殿の女の人が、かたかけの前をとめ合わせるのにつける、長いピンが出てきた。
「ぼっちゃま、それはぼっちゃまのお母さまのものです」
ぼくはびっくりしてばあやの顔を見、それからまたそのピンを見つめた。
「ぼっちゃまがお母さまのことをこいしく思ううちは、それをわたすことで、よけいにぼっちゃまの心をくるしめてしまうだろうと、わたせずにいました。
でも、もうぼっちゃまは大きくなられて、お母さまをこいしがることもなくなったので、おわたしすることができます。
それは二本ひと組でつかうもの。この一本はぼっちゃまに。もう一本はお母さまが持っていらっしゃいます。お母さまは、ぼっちゃまを見すてたわけでも、きらったわけでもありません。だれよりもぼっちゃまのことを、いちばんにおもっていらっしゃるのですよ。
どうしてお会いできないのかという事情は、ぼっちゃまが大人になったときに分かるでしょう。でも、お母さまがつねにぼっちゃまのことをおもっていらっしゃることは、わすれないでください」
ぼくはそれを聞いて、少し分からなくなった。
ぼくはずっと、『金の部屋』にえがかれた女戦士をお母さまだとしんじてきた。だからお母さまのように強くなろうとがんばってきた。
でもそのピンは、宮殿でくらす貴族の女の人がつけるものだ。お母さまはあの女戦士ではないのだろうか。
しばらくなやんでいたけれど、ぼくはそれはどうでもいいことだと思いなおした。お母さまが、ぼくのことをおもってくれていることが分かっただけでいい。
「ありがとう、ばあや。こころづよいよ。
ぼくには、ばあやがいる。お兄さまも、学校の先生やともだちもいる。お母さまがここにいなくても、たくさんの人がぼくを見まもってくれている。そのうえに、どこかでお母さまがおもってくれているのなら、ぼくはとてもしあわせだよね」
ぼくがそう言ってわらうと、ばあやは、にっこりとして言った。
「よかったわ。ぼっちゃまは、本当に大きくなられましたね」
部屋に帰ると、入り口のわきに生えているカントゥータの木が、いつのまにかたくさんの花をつけていることに気づいた。
むかし、花売りのおばあさんにもらったえだや、あのカパコチャのおまつりで持っていたえだや、お兄さまが戦争に行くのを見おくったときに持っていたを、部屋の外にさしておいたのだが、その何本かに根が生えたのだ。
何年かたったので、それはりっぱな木になって、たくさんの花をつけるようになっていた。
このごろはゆっくり見ることがなかったから、気づかなかったけど、今までよりずっとたくさんの赤い花が、木のえだをうめていた。
えだの間で何かが動いた。花のかげに、同じような花もようの服を着た少女がいて、みきに体をあずけて横目でこちらを見ていた。少女がぼくにかたりかける。
「ちょっと、あんた。そこで何やってんの?」
ぼくは少女に近づいて、話しかけた。
「お山の上のくらしは、どう? チャスカ」
少女はぼくの正面に向きなおって、いたずらっぽい目になって言った。
「まあね。ぼちぼちよ」
わらい声をのこして、少女のまぼろしは花のかげにきえた。
赤い花のゆれるこずえの先をたどって、ぼくは青い空に目をうつした。
少女のわらい声も、空のかなたにきえていった。
(おわり)




