14、 美しいクワンチャイ
「そう。今、ピウラはアクリャワシにはいないのね」
といつめるような言い方ではなかった。少しこまったような顔をして、女の人はつぶやいた。
しかし、ぼくのほうは、またこまったことになったと思った。ぼくに服をかしたのはピウラのせいでないと言っても、ピウラが仕事をさぼってアクリャワシをぬけ出したことは、いけないことだ。これではどうやってもピウラをかばうことはできない。けっきょく、ぼくが見つかってしまったことがいけないのだ。
ぼくはかぶっていた布をとって、女の人に頭を下げた。
「おねがいです。ぼくのことも、ピウラのことも、知らなかったことにしてください。ぼくがバツをうけるのはかまいません。でも、大切な友だちまで、ぼくのせいでバツをうけることになったら、ぼくはどうしていいかわかりません。おねがいです」
ぼくは女の人の前にすわりこんで、ゆかに頭をつけておねがいした。
女の人はそっとぼくの前にしゃがむと、ぼくの手から布をとって、それをまたぼくの頭にふわりとかけた。
「ピウラはすてきな友だちが出来たのね。よかったわ」
顔を上げると、女の人が、ぼくにやさしくほほえみかけていた。
「わたしはクワンチャイよ。あなた、お名前は?」
「ユタです」
「そう、ユタ。それなら、わたしともお友だちになってくれないかしら?」
ぼくはクワンチャイと名のった女の人をぽかんと見た。クワンチャイは、にこにこしながら、ぼくの返事をまっている。
「でも、ぼくはもう、アクリャワシにしのびこむのは、こりごりです」
ぼくのことばを聞いて、クワンチャイはくすくすと笑った。
「そうよね。でもいいのよ。いっしょに遊んだりしてほしいわけではないの。お友だちとして、わたしのことをおぼえておいてくれればいいわ」
「それならだいじょうぶ。こんなきれいな人をわすれるはずないもの」
ぼくは思わず言ってしまってから、はずかしくなって顔をふせた。
クワンチャイは、ますますおかしそうに、ころころとわらった。
「ピウラがうらやましいわ。こんな楽しいお友だちといっしょに遊ぶことができて」
「それじゃあ、ピウラのことは、ママコーナに言わないでいてくれるの?」
ぼくはひっしになってクワンチャイにきいた。
「ええ、もちろんよ。やくそくよ、ユタ。わたしのことを、お友だちとして思い出してね」
「うん。わかった」
クワンチャイをさいしょに見たとき、何でも分かってくれる人だと思ったのはまちがいじゃなかった。きれいでやさしくて、こんなお姉さまがいたらいいなと、ぼくは彼女を見つめながら思った。
とつぜん、パタパタとだれかが近づいてくる足音がした。クワンチャイは、そばにあった大きな布でぼくの体をすっぽりとつつむと、そのせなかにぼくのすがたをかくした。
入り口の方から女の人の声がした。
「クワンチャイさま、そろそろ大神官さまのお説教の時間です」
織物のやかたのママコーナの声に似ていた。同じくらいの年のママコーナだろう。クワンチャイは、落ち着いてその声に答える。ぼくの顔にぴったりとくっついているクワンチャイのせなかから、彼女の声がひびいてきた。
「ええ、ちょうど準備をしていたところです」
「ところで、ピウラさまはこちらにいらっしゃいましたか? 先ほど織物のやかたで見かけたという者がいたのですが、そのあと、どこにもすがたが見えないもので」
少し間をあけて、また落ち着いた声でクワンチャイが答えた。
「ピウラなら、さっき用があってわたしのところに来たのですが、中庭のそうじのつづきをやってしまってから、大神官さまのところへ行くと言っていました」
「そうですか。わかりました」
そう言うと、入り口の人が、またパタパタとさっていく音がした。足音がきえると、クワンチャイはぼくにかぶせていた布をとった。
ぼくは気になったことを、さっそくクワンチャイにきいてみた。
「クワンチャイもピウラも、ママコーナよりもえらいアクリャなの? 今のママコーナは、クワンチャイのことも、ピウラのことも、『さま』ってよんでいたけど」
クワンチャイは、ほほえんで首をふった。
「『えらい』とか、そんなことはないわよ。ただ、ほかのアクリャたちとはお仕事がちがうだけ」
ぼくはクワンチャイが何か大切なことをかくしているように思ったけど、それ以上聞いてはいけないような気がして、だまった。
「そうだわ。もうピウラに帰ってきてもらわないと」
ぼくは、はっとしてまどの外を見た。日の光は来たときよりずっと低くなっているようだ。ピウラの言ったやくそくの時間は、とうにすぎているように思えた。
「あなたがやってきた道はどこ?」
「水の桶のある中庭の向こうです」
「では、この部屋を出て右に行きなさい。それからすぐの道を左にまがれば中庭に出るわ」
クワンチャイはじっさいにその方向を向いて、ひとつひとつ手でさし示しながら説明してくれた。
「ありがとう。大切な友だちのクワンチャイのことは、いつまでもわすれないよ」
ぼくはそう言って、クワンチャイの部屋を出た。
ふり返ると、クワンチャイがやさしい笑顔をうかべて手をふっていた。




