五話 睡眠は美しい花
治療室にエリカを運んで1時間が経っただろうか。治療室は他の普通の部屋と変わらないように見えたが、執事や専属医師のような人物がいた。妙に気を遣われたのか、今はしばらく二人きりになっている。
それにしても圧巻だったな、あの専属医師——魔術師と呼べばいいのか? 女性だからか、最初の治療の際には部屋に入れてもらえなかったが、ドアの僅かな隙間から光が漏れ出していた。おそらく魔法を使ったのだろう。何か呪文のようなものも聞こえたしな。
その後、中に入ったら怪我はすっかり綺麗になっていた。それにしても、寝顔も美人だな。エリカって呼ばれていたっけ。
思わずエリカの顔を覗き込んだ。すると、エリカの目が僅かに、ゆっくりと開いた。まだピントが合っていないのか、それとも現状を理解するのに時間がかかっているのか、近くで目が合ったまま数秒の沈黙が流れた。
「きゃぁー! 変態! 近寄らないで! エッチ!」
思い切りのビンタを喰らって、俺は倒れ込んだ。20年ぶりくらいのビンタだ。これ、意外と痛いんだよな。
「あ、ほんとにすみません! あの、召喚された方ですよね。気づきませんでした……大丈夫ですか?」
慌てた様子のエリカが、俺の身体を起こしてくれた。
「エリカこそ大丈夫なのか? 電撃みたいなのを喰らっていたろ」
「もう大丈夫です。それより、私の名前を知っているんですね。いきなり名前で呼ばれたから驚いちゃいました」
「まあね。嫌でもあんな光景を見たら知っちゃうよ。……お前の母親、やばい奴だな。頭がいかれてるんじゃないか?」
娘に電撃を放つ親なんて、昭和の漫画の父親でもしないだろ。
「いや、私が悪いんです。言われたことがちゃんとできなくて……祭典も近いのに、私のせいでみんなに迷惑をかけて……」
エリカはそう言って俯いてしまった。
「気にすんな。どんな失敗をしたって、電撃を放っていい理由にはならない。それに、迷惑をかけるなんて発想はやめようぜ。生きているだけで誰かしらに迷惑をかけるのは当たり前なんだから、もっと気楽にいこう」
頭に浮かんだそれらしい言葉を口にしてみたものの、こういう可哀想な子を前にすると、どう声をかけたらいいのか正解がわからない。
エリカは涙目のまま、無理に笑顔を作ろうとした。そして目元を拭いながら尋ねてくる。
「あの……お名前は、なんてお呼びすれば良いでしょうか?」
「峰小輔だ。そうだ、俺、一応魔力量だけはめちゃくちゃ多いらしいからさ。それでエリカの手伝いをするよ。この世界のことはまだよく知らないけど……その祭典とやらで、あのババアを見返してやろうぜ。その方が絶対に楽しいって」
エリカが少しだけ、微笑んだように見えた。なんだかこっちまで嬉しくなってくる。
「私なんか、魔法も上手く使えないし、儀式も失敗ばかりで……王女の器なんて全然ないんです。そんな私でも……本当にいいんですか?」
「もちろん。その代わり、魔法のこととかこの世界のことについて色々教えてくれよ」
俺がそう答えると、エリカはパッと表情を輝かせ、いきなり何かの呪文を唱え始めた。
「悪魔【ブルーメ】——土と恵みを司る者よ、その威光を示し一輪の華を咲かせよ。名は、エリカ・ファング!」
次の瞬間、エリカの手元に鮮やかな魔法陣が浮かび上がり、光の粒子が何かを形作り始めた。それはグングンと成長し、やがて可憐な一輪の花となって咲き誇った。
「これが、私がいま唯一失敗しないで使える魔法なんです。亡くなったおばあ様……前女王様が教えてくれました。なんの役にも立たない小さな魔法なんですけれど……」
まじか、魔法ってこんな風に出すのか。
俺は思わず感動してしまった。あの糞ババアが電撃を放った時は何も聞こえなかったが、こんなに美しくて綺麗な魔法もあるんだな。
「すごいよエリカ! 俺にも教えてくれよ、その魔法。これができたら絶対にカッコいいって!」その日は夜まで、花の魔法を教えてくれた。




