三十九話 睡眠は入国
翌朝、俺たちは朝日が差し込む港で集合した。
「よし、全員揃ったな。メトロポリス王国に向けて出発だ!」
俺たちの乗る貿易船は、重厚な汽笛を鳴らして港を滑り出した。
チバ王国からメトロポリス王国までの道のりは、陸路を使えば丸一年はかかる長旅だ。しかし、海路を行けばおよそ三ヶ月。金を払って乗せてもらった貿易船での生活が始まった。
最初の数週間は猛烈な船酔いに苦しめられ、上からも下からも吐きそうになりながらデッキで転がっていた俺たちだったが、人間というものは恐ろしいもので、一ヶ月も経てばすっかり波の揺れにも慣れてしまった。
出される食事はお世辞にも美味いとは言えず、パサパサの乾パンと塩辛い干し肉ばかりだったが、背に腹は代えられない。俺たちは生きるためにそれを喰らい、船の上で日々を過ごした。
見たこともない巨大な海の魔物や怪魚が船底を掠めていくのを眺めたり、甲板の隅で魔法や身体操作の特訓を重ねたりしているうちに、三ヶ月という時間はあっという間に過ぎ去っていった。
「見えました! メトロポリス王国です!!」
船員の一人が叫び、水平線の彼方を指さした。
俺たちが甲板に駆け寄り、その指さす先を見つめると、思わず息をのんだ。
海の向こうに広がっていたのは、この異世界に来てから一度も見たことがない異様な光景だった。天を突くように立ち並ぶ、まるで元の世界の「高層ビル」群のような巨大な建造物の数々。さらにその最奥には、周囲のビル群を影に追いやるほど一際目立つ巨大なタワー状の建造物がそびえ立ち、圧倒的な存在感を放っていた。
(……マジかよ。中世ファンタジーみたいな世界観だと思ってたら、ここだけ近代都市か?)
俺がその威容に圧倒されていると、ふと隣から強烈なピリついた空気が伝わってきた。
見ると、太川があからさまにイライラとした様子で腕を組み、不機嫌そうに街を見つめている。いつもの熱血で陽気な雰囲気が嘘のように消え、眉間に深いシワを寄せていた。
さらにリゼに視線を向けると、彼女もまた苦虫を噛み潰したような、どこか嫌そうな表情を浮かべて遠くの巨大ビルを見上げていた。
(……二人とも、この国にいい思いはしてないからな)
「ふむ、これがメトロポリス王国ですか。噂通り、魔術と科学の融合作業がかなり進んでいるようですね」
低須だけがいつも通りの淡々とした調子で眼鏡のポジションを直し、分析するように街を観察している。
やがて貿易船は巨大な港湾施設へと接岸した。
俺たちは世話になった船長のもとへ行き、手短に礼と挨拶を交わした。
「船長、三ヶ月間ありがとうございました。無事に届けてもらえて助かりました」
「ガハハ、気にすんな冒険者さんたち! 旅の無事を祈ってるぜ!」
荷物を担ぎ直し、タラップを踏みしめてメトロポリス王国の地に足を下ろす。
金属と魔力の匂いが入り混じる独特の風が、俺たちの頬を撫でた。エリカのため、そしてクイヤの秘密を解き明かすための、新たな冒険がここから始まる。
太川は、着ていたローブのフードを深々と被り直した。
「……目立つと面倒なことになるからな」
ボソッと呟く太川の顔つきは重く、どことなく警戒心を露わにしている。
港の出口へと進むと、そこにはあからさまな分岐点が用意されていた。道が二つに分かれているのだ。
一方は、まるで近代都市の駅にあるような動く階段——エスカレーターらしき魔導機械が設置された、きらびやかな「上」への入口。もう一方は、薄暗く湿った空気が漂う、ただの古びた石造りの階段となっている「下」への入口だった。
「ふむ……露骨な階級分離ですね」
低須が眼鏡のフチを指で支えながら、静かに観察する。
このメトロポリス王国は、徹底された二層社会なのだという。光の当たる地上で贅沢を享受する貴族階級と、太陽の光すら届かない地下で貧しく虐げられながら生きる労働者階級。
「……俺の昔住んでた家に行く。地下だ」
太川の短く重い一言に従い、俺たちは暗く古びた階段を下りて地下街へと向かった。
一段ずつ階段を下りながら、俺の頭の中には強烈な違和感と疑問が渦巻いていた。
(……なあ、いくら地下の人間から徹底的に搾取したからって、こんな巨大なビル群やエスカレーターみたいな高度な文明が作れるか……?)
他の国は剣と魔法の中世ファンタジーみたいな世界観だったのに、ここだけ急に近代的なオーパーツの塊だ。単なる「人手と金の搾取」だけで届くレベルを超越している。
この国には、何か別の——科学か魔法か、あるいはもっと歪んだ「外の知識や技術」が持ち込まれているんじゃないのか?
「小輔、顔つきが険しいわよ」
リゼが心配そうに覗き込んできた。
「いや……この国の不自然な文明レベルが気になってな。地下の貧困層を叩き潰して搾り取るだけで建てられるようなスケールじゃねえだろ、あの地上は」と疑問に思った。
階段を降りると途中から螺旋階段になった。そして地下を一望できるようになった。そこにはありえない景色が広がっていた。太川の顔がフードに隠れていても険しくなっているのが伝わる。「前よりもひどい」それだけを言ってまた階段を降りる。




