三十二話 睡眠は告白
約束の広場で合流した太川と低須に、俺は図書館での出来事をかいつまんで話した。
「教会や図書館にあったクイヤに関する伝承や文献は……どういうわけか、メトロポリス王国のスパイが先に盗み出していったみたいだ」
「何だと……!? メトロポリス王国のスパイだと!?」
太川が顔を歪めて拳を固く握りしめた。低須も冷ややかな眼光で眼鏡を押し上げる。
「……なるほど。あちらもクイヤの情報を独占しようとしているわけですね。はい」
「ああ。チバ王国で手に入る情報がスパイの手にあるなら……俺たちが目指すべき場所は一つしかない」
俺の言葉に、仲間たちの視線が一つに集まる。
「メトロポリス王国だ。あの国に向かって、奪われたクイヤの情報と、人形使いの親玉を追いかける」
「ガハハハッ! 願ったり叶ったりじゃねぇかッ!」
太川が胸をドカンと叩いた。
「俺の因縁の相手であり、クララや子供たちの仇……そしてクイヤの手がかりを握る連中だ! ぶちのめしに行く理由としては十分すぎるぜッ!!」
「行き先が決まったのは良いですが……メトロポリス王国まではここから普通に移動しても約一年かかる長旅になります。ノープランで飛び出すわけにはいきませんね。はい」
低須が手帳を開き、ペンを走らせながら現実的な計画を口にした。
「長期の遠征に耐えうる食糧、馬車、そして道中の資金……。まずはこれからの【一ヶ月間】で集中的にお金を貯めて、万全の準備を整えてから進路を取りましょう」
「一ヶ月か。よし、分かった!」
行き先は定まった。メトロポリス王国までの約一年という長い旅路に備え、俺たちはこれからの1ヶ月間、各自の役割で資金稼ぎと旅の準備に全力を注ぐことを決定したのだった。
亡きエリカと子供たちの無念を胸に、そして奪われたクイヤの真実を求めて。
『クイヤ調査団』の四人は、果てしない道のりの先にある巨大な敵――メトロポリス王国への第一歩を踏み出すために、決意を新たにするのだった。
一ヶ月の資金稼ぎ期間が始まり、俺たちはそれぞれの持ち場へと散っていった。
豪快で力自慢の太川は建築現場の力仕事へ。
計算高く仕切り上手な低須はレストランの給仕や厨房へ。
そして、顔の一部がバケモノ扱いされて警衛兵から警戒されているリゼは、無理に働かせずしばらく身を潜めてもらうことになった。
「よしッ! 一ヶ月後の再集合までに、誰が一番金を稼げるか勝負だ!!」
太川の提案で、変な勝負まで始まってしまった。
俺はリゼを一人にしないよう行動を共にしつつ、手っ取り早く、そして自分自身が強くなりながら金を稼ぐ方法を選んだ。
――チバ王国の裏街に存在する『地下格闘大会』。
反則なし、何でもありのランキング制格闘場で、観客たちが大金を賭けて熱狂している場所だ。
「小輔、本当に大丈夫なの……? こんな物騒な場所……」
「大丈夫だ。それに、教会で顔を見られてるかもしれないからな。身バレ対策も完璧だ」
俺は前の世界で好きだった漫画やプロレスを思い出し、自作した虎の被り物を頭からスッポリと被った。
名付けて――『ティガーマスク』。
下の階級から地道に勝ち上がっている時間はない。俺はランキング25位と20位の奴らが熾烈な試合を終えた直後、リングに豪快に乱入!
死闘を制して勝ち誇っていた勝者を、容赦ない一撃でボコボコにして倒してやった。
「な、なんだあの虎頭の奴はーーーッ!?」
会場は騒然となり、ティガーマスクの名は一夜にして地下格闘場に響き渡った。
その無茶苦茶なパフォーマンスがウケたのか、俺の次の試合は早くも明日に決定。対戦相手はランキング15位の強豪『ジ・エンド』という奴らしい。
試合に備えて体力を回復させるため、俺とリゼは裏街の安宿に足を運んだ。
受付で鍵を受け取り、部屋に向かおうとしたところで、俺は思わず足を止めた。
「……あれ? リゼ、鍵ひとつしか受け取ってないけど……」
「当たり前でしょ。一ヶ月でお金を一番稼ぐ勝負をしてるのよ? 部屋を二つも借りて無駄遣いできるわけないじゃない。……同じ部屋よ」
「えっ……お、同じ部屋!?」
「な、なに焦ってるのよバカ小輔! べ、ベットは二つあるんだから文句言わないでよッ!」
リゼは真っ赤になった顔を誤魔化すように、フイッと背を向けて先に部屋へと入っていった。
なるべくリゼと目を合わせないようにして、すぐにベットに入って寝た。
(あ、そうだった……! 俺の身体、三十分しか寝られない体質だった……ッ!!)
ちょうど三十分が経過し、パチッと意識が覚醒したその瞬間だった。
(……ゴソゴソ……)
静まり返った暗闇の中、背後から衣擦れの音が聞こえてきた。
気のせいかと思った次の瞬間、俺が寝ている狭いベッドの端が、ギシッと沈み込んだ。
(……え? おいおいおい、嘘だろ……!?)
背中に伝わる体温。気配どころか、明らかにリゼが俺の布団に潜り込んできた感触に、俺の全身の血が逆流した。冷や汗が一気に噴き出す。
なんだよこの状況!? ベッドは二つあるって自分で言ってたろリゼ!??
三十分睡眠で脳みそが完全に覚醒しているこのタイミングで、まさかの展開。飛び起きようとした、その時だった。
「……っ」
背中越しに、小さく震える細い腕が回ってきた。
ギュッと、しがみつくように俺の腰を抱きしめてくる。
「っ……り、リゼ……!? お前、何して——」
と言いかけて、俺は咄嗟に口をつぐんだ。
背中に顔を押し当ててきたリゼの声は、今にも泣き出しそうに震えていたからだ。
「……怖いのよ」
背中越しに、リゼの弱々しい本音が漏れ聞こえてきた。
「顔のこと……バケモノって言われたこと……ずっと平気なフリをしてたけど……本当はすごく怖かったの。また誰かに嫌われるんじゃないか、また一人になるんじゃないかって……」
「……」
「でも……小輔は違った。私のこの顔を見て……変な理由だったけど、綺麗だって……可愛いって言ってくれた……」
背中に、じわっと温かい湿り気が広がる。リゼが泣いているのが分かった。
「……こんな風に言われたの、生まれて初めてだったのよ……っ。……もう、離れたくないの……。小輔のことが……好きなの……っ」
ストレートすぎる弱音と、真っ直ぐな好意の告白。
(っ……〜〜〜〜〜〜ッッ!!??)
俺の脳内は大パニックを起こしていた。
背中に感じる少女の温もりに、ドクドクと心臓がうるさく鳴り響く。
可愛い。めちゃくちゃ可愛いし、守ってあげたいと思ってしまう。リゼがどれだけ傷ついてきたかを知っているからこそ、この手を振り返して抱きしめてやりたい衝動が突き上げてくる。
だが——その衝動を押し殺すように、脳裏に一人の少女の笑顔が差した。
(エリカ……ッ!!)
ダメだ。ここで俺がリゼを抱きしめたら、エリカを救うという俺の志は全部『嘘』になる。
だけど……今ここで跳ね起きて拒絶したら、勇気を出して打ち明けてくれたリゼの心を完全に粉砕してしまう。
覚醒した頭で追いつめられた俺が取った土壇場の選択は——『寝たふり』だった。
(寝てる……! 俺は今、猛烈に熟睡している……ッ! 限界まで疲労困憊で、何も聞こえていない……ッ!!)
俺は全身の筋肉を硬直させそうになるのを必死で耐え、規則正しい「呼吸のフリ」を崩さないよう全神経を集中させた。冷や汗が額から一筋つたい落ちそうになるのを、精神力だけで耐え抜く。
「……小輔……?」
背後でリゼが、ポツリと俺の(寝ていることになっている)顔を覗き込んできた気配がした。
「……ふふ、なんだ……もう寝ちゃってるんだ……」
自嘲気味な、でもどこかすっと毒気が抜けたような、小さく愛おしそうな吐息が背中に吹きかかる。
「……バカ小輔。……おやすみ」
ぎゅっと強めだった抱きしめる力が少しだけ優しく緩み、リゼは俺の背中に額を預けたまま、静かな寝息を立て始め……そのまま眠りについてしまった。
(助かっ…………たぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ……!!!)
三十分睡眠で脳みそはギンギンに冴え渡っているというのに、背中の温もりとバクバク鳴る心臓のせいで、俺は朝が来るまで一切の身動きを封じられ、地獄の拷問時間を過ごすのだった。
翌朝。
「……ん……小輔、朝よ……起きて……」
リゼが自分のベッドに戻り、声をかけてきた瞬間。
「ファァァァァッ!! よく寝たぁぁぁぁぁッ!!」
俺は棒読みの大あくびと共に跳ね起き、盛大な一人芝居を打ち打った。
「いやー! ぐっすり熟睡しちゃったわリゼ、おはよう! いい朝だなッ!!」
「……なによそれ、うっとうしいわね……」
リゼは呆れたように眉をひそめたが、その頬はほんのり赤く、どこかスッキリした表情をしていた。自分の想いを俺に打ち明けられて、彼女の中で何かが吹っ切れたのかもしれなかった。
(あ、危なかった……命拾いした……ッ)
俺は胸を撫で下ろした。
「よし! リゼ、試合に行ってくる! しっかり勝って、ファイトマネーをごっそり稼いでくるからな!」
「……うん。無茶はしないでね、ティガーマスクさん」
リゼの柔らかい見送りを受け、俺は虎の被り物を深く頭から被り直し、ランキング15位『ジ・エンド』との決戦が待つ地下格闘場へと飛び出した!




