↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/44

三十一話 睡眠はリゼの正体

チバ王国で最も巨大な大図書館。その壮大な書庫の受付で、俺とリゼは目的の書物を探していた。

「……申し訳ありません。『成獣クイヤ』に関する古い伝承や文献ですね」

司書は困ったように眉をひそめ、声を潜めて言った。

「実は少し前……メトロポリス王国のスパイと思われる者に、その手の貴重な本を丸ごと盗まれてしまいましてね。今、館内も警備を強化しているところなんです」

「盗まれた……!?」

俺とリゼは顔を見合わせた。手掛かりを先回りして消されたのだ。

目的の本がないと分かった以上、ここに長居する意味はない。

「……行きましょう、小輔」

リゼは顔の左側をすっぽりと覆う不自然な長髪を気にするように整えると、俯き加減に図書館を去ろうとした。

だが——出口へ向かう俺たちの前に、甲冑の音を響かせて数人の警衛兵が立ちはだかった。

「待ちなさい。盗難事件の警戒中だ。身元を確認させてもらう」

警衛兵の鋭い視線が、リゼの顔元に注がれる。

「……おい君、なぜそんなに左顔を髪で隠している? 不自然だな」

「な、何でもないわよ……! 生まれつきの癖毛なだけ……」

「怪しいな。ちょっと見せなさい」

「やめっ……!」

警衛兵の手が強引に伸び、リゼの左髪を乱暴に掻き分けた。

その瞬間、息をのむ音が館内に響いた。

白日のもとに晒されたリゼの左顔。

そこにあったのは、人間の肌ではなかった。精密なギヤと金属関節、磁器のような質感で造られた『人形(カラクリ)の顔』だった。

「ひっ……!? バ、バケモノ……!!」

警衛兵が引きつった悲鳴を上げ、剣を抜いた。

「カラクリの顔……! メトロポリス王国のスパイか! 盗難の犯人はこのバケモノだ!! 捕まえろーーッ!!」

「ちがう……! 私は……ッ!」

「バケモノ」という言葉が突き刺さった瞬間、リゼの瞳から一気に光が消えた。激しいショックと恐怖でその場に凍りつくリゼ。

「リゼ、来いッ!!」

俺は躊躇うことなくリゼの手を強く掴むと、大足で警衛兵の追撃をかわし、図書館を飛び出した。

「待てッ! 逃がすなッ!」

背後からの怒号を振り切り、俺はリゼの手を引いたまま、入り組んだ裏路地へと全力で駆け抜けた。

人通りの完全に途絶えた古い倉庫の影まで逃げ延び、俺たちは荒い息を吐いた。

「……はぁ……はぁ……ここまで来れば大丈夫だ」

俺が手を放すと、リゼは壁に背をもたれかけ、力なくその場に膝から崩れ落ちた。隠しきれなくなった人形の左顔を両手で覆い、肩を激しく震わせている。

「……見たでしょ」

絞り出すような、消え入りそうな声だった。

「……これが、私の本当の姿よ。……気味悪いでしょ? バケモノよ」

「リゼ……」

俺は静かにリゼの前にかがみ込んだ。リゼは覆った指の隙間から、諦めたような、傷ついた瞳で俺を見つめ、ポツリポツリと己の過去を語り始めた。

「……私の家は、チバ王国でも有数の金持ちだったの。父親は戦争で使う産業鎧や武器を売って……いわゆる『成金』になった男よ」

リゼは自虐的な笑みを浮かべ、自分の左顔にそっと触れた。

「幼い頃……家に大きな火事が起きてね。私は生き残ったけれど、顔の左半分に……治らないひどい火傷を負ったの」

「火傷を……」

「父親はお金に物を言わせて、わざわざメトロポリス王国まで私を連れて行ったわ。そして……火傷のひどい部分を削り取って、あの国の技術で『人形』に変えてもらったの」

リゼの目から、ポロポロと涙が溢れ落ちる。

「でも……チバ王国に帰ってきた私を待っていたのは、地獄だったわ。周りのみんなは私を恐れて……『バケモノ』って呼んで、いじめたの。父親の富をねたんでいた大人たちも、気味が悪いって私を遠ざけた……」

だから彼女は、髪で顔を隠し、深く帽子を被り、人間を拒絶するように生きてきたのだ。

「だから……髪で隠して生きるしかなかったのよ! こんな顔、誰も見てくれない! 普通の人間として扱ってなんてくれないんだから……ッ!」

路地に、リゼの切ない泣き声が響き渡った。

「ふっ……くくっ」

静まり返った路地に、俺の押し殺した笑い声が漏れた。

涙を流していたリゼが、信じられないものを見るような目で顔を上げた。

「……な、何よ。人が真剣に話してるのに、笑うなんて酷いじゃない……ッ!」

「あ、ごめんごめん! 悪気はないんだ!」

俺は慌てて手を振ると、リゼの前に腰を落とし、目線を合わせた。

「実はさ……俺のいた世界、いや、故郷ではね。『メカフェチ』っていう人たちがいたんだよ」

「……めか、ふぇち……?」

ポカンとするリゼを前に、俺は言葉を続けた。

「そう。リゼみたいな人形とか金属の無機質なパーツに、猛烈に興奮したり魅力を感じたりする人たちがいてさ。正直、昔の俺は『なんで機械が好きなんだ?』って全然理解できなかったんだよな」

俺はリゼの顔——左側の人間らしい可愛らしい素顔と、右側の精密で美しい人形の部分をじっと見つめた。

「でもさ……リゼみたいな可愛い顔と、その人形部分が合わさってるのを見たらさ。なんていうか……ギャップっていうのかな。めちゃくちゃ綺麗だし、正直『これもアリだな』って惚れてる自分がいたんだよね」

「……は!?」

リゼの顔が一瞬で真っ赤に染まった。右側の人形部分は磁器のように白いままだが、左側の頬は耳まで熱を帯びている。

「な、ななな何言ってるのよあんたバカじゃないの!? ほ、惚れてたって……っ! だ、だまされないわよ! バケモノを慰めるための適当な嘘でしょ!?」

「嘘じゃないって! 本当に魅力的だと思うから言ってるんだ。バケモノなんかじゃない、リゼはちゃんと可愛くて、かっこいい女の子だよ」

俺が真っ直ぐな目でそう言い切ると、リゼは言葉を詰まらせ、両手で顔を覆って俯いてしまった。

「〜〜〜〜ッ!! あんた、本当に変な奴……ッ!!」

口では怒っているものの、覆った指の隙間から見えた瞳からは、先ほどまでの絶望と孤独の色が綺麗に消え去っていた。

「そうそう、まさにそれだよ!」

俺は小さく笑いながら頷いた。

「最初は自分にとって欠点だと思って隠していたり、マイナスに感じている部分……でも、それがその人の持っている別の魅力と合わさった瞬間、ただの『欠点』じゃなくて『その人だけの特別な魅力』に変わるんだよね。マイナスも含めて愛おしくなっちゃうのが、まさに『ギャップ萌え』なんだよ」

リゼは顔を赤くしたまま、両手で頬を押さえてフイッと横を向いた。

「な、なにを一人で納得してるのよ……バカ小輔……。変な理屈こねて慰めないでよ……」

文句を言いながらも、その声にはさっきまでの悲壮感はもう無かった。自分のコンプレックスを肯定されたことで、彼女の頑なだった心が、ほんの少し解きほぐされたようだった。

「さて……リゼ。クイヤの情報はスパイに盗まれちゃってたけど、まずは太川と低須と合流して、これからどうするか話し合おう」

俺が立ち上がって手を差し出すと、リゼは少し躊躇いがちに、けれどしっかりと俺の手を握り返して立ち上がった。

「……うん。……ありがとね、小輔」

風の音に紛れて、消えてしまいそうなほど小さな声が聞こえた……ような気がした。

俺が「え? なんか言ったか?」と振り向くと、リゼは一瞬で顔を真っ赤にして、慌てて帽子のつばを深く引っ張った。

「な、なんでもないわよッ! 早く行きましょ、太川たちを待たせるわよッ!!」

リゼはごまかすように早足で先を歩き出し、俺の数歩前をスタスタと進んでいく。

だが、その背中からはさっきまでの刺々しさは消えていて、どこか軽やかだった。

俺は小さく苦笑しながら、その背中を追いかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。