三十話 睡眠はクイヤ調査団
食堂を出た俺たちは、一度これからの方針を整理するために、崩落した孤児院の跡地へと戻ってきた。
風が吹くたび、焦げくさい匂いが鼻を突く。
敷地の奥では、子供たちとクララの墓を掘り終えた低須が、泥と汗に塗れたまま、呆然と土の盛りを見つめて佇んでいた。
「低須……」
俺が声をかけると、低須はハッと我に返り、ずり落ちかけた眼鏡を指で押し上げた。
「……あ、小輔さん、太川さん。……すみません、勝手に後始末を進めてしまって。はい」
どこか落ち着いた、しかし無理に平静を保っているような声だった。俺は前置きを挟まず、気になっていたことを尋ねた。
「低須……お前、これからどうするんだ?」
俺の問いに、低須は視線を落とし、握りしめたシャベルの柄にぎゅっと力を込めた。
「……正直、ちょっと悩んでいるんですよね」
ぽつりと漏らされた声には、重い迷いが滲んでいた。
「クララさんが命を懸けて守ろうとしたこの場所と、生き残った大人のシスターたち、そして残された子供たち……。クララさんの意思を継いで、僕がここに残って孤児院の再建を手伝うべきなんじゃないかと……そう思っている自分もいるんです。……けれど……」
低須は悔しそうに唇を噛み締め、それ以上言葉を続けられなくなっていた。
仲間を奪われた激しい憤りと、遺された者たちを守るべきだという義務感の間で、心が激しく揺れ動いているのが伝わってくる。
低須の答えを待つ間、俺自身も思考を巡らせていた。
エリカを生き返らせるための「成獣クイヤ」の情報源だったクララは失われた。手掛かりが途絶えた今、このチバ王国で俺たちは次にどう動くべきなのか。
「おい、何なんだあんたらは……!」
不意に、トゲのある金切り声が静寂を切り裂いた。
振り返ると、泥とすすでシスター服を汚した中年女性のシスターが、顔を激しく歪めてこちらへ歩み寄ってくるところだった。彼女の目には、明らかな敵意と抑えきれない怒りが宿っている。
「お願いだから、もう二度とこちらに来ないで頂戴! あんたらみたいな厄介者が現れたせいで……あんたらが関わったせいで、シスタークララや子供たちが死ぬことになったのよッ!!」
胸に突き刺さるような叫びだった。
返す言葉など、何一つとして持ち合わせていない。彼女の言う通り、俺たちがここへ来なければ、あの人形使いがこの場所を襲うこともなかったのだから。
その言葉を正面から浴びせられた太川は、怒り返すこともなく、どこか気まずそうに、そして心底申し訳なさそうに視線を泳がせた。
「……すまねぇ」
太川は短くそう呟くと、絞り出すような声で俺たちに言った。
「小輔……低須。俺たちのせいでこれ以上ここを荒らすわけにはいかねぇ。……ここを出よう」
太川の提案に、俺も無言で頷くしかなかった。俺たちは重い足取りのまま、シスターの冷たい視線を背に受けながら、孤児院の跡地を後にしようと歩き出し始めた。
その時――ずっと俯いていた低須が、ピタリと足を止めた。
低須は静かに眼鏡を押し上げると、俺たちの数歩後ろを気まずそうについてきていた人物――リゼを真っ直ぐに指さした。
「……あの、この女性は誰ですか? ずっといるのが不自然なんですけど。はい」
「あ」
俺は思わず声を漏らした。俺自身も直前に抱いていた疑問を、低須が淡々とズバリと言い当ててくれたのだ。
いきなり全員の視線を一瞬で集めることになったリゼは、ピクッと体を跳ねさせると、一気に顔を真っ赤にして狼狽え始めた。
「な、ななな何よ急にッ!? べ、別に怪しい者じゃないわよッ!」
低須の冷静すぎる眼光と、太川の怪しむような視線、そして俺のジト目を同時に浴びせられ、リゼはヤケクソ気味に叫んだ。
「小輔の旅について行きたいだけよ! 私も『成獣クイヤ』に用があるの! あなたたちの話を聞いていたら、ついて行きたくなったのよ! ……それに、後で屋根の弁償だってしてもらわなくちゃいけないんだからッ!」
胸を張って言い放つリゼに、俺は思わず驚いた。
(なんだこいつ……弁償どころか、旅までついてくる気かよ……!?)
「でも、リゼ、ダメだ。俺たちの旅は危険が多い。さっきも人形使いが襲ってきたし……俺はリゼを守る自信もない。もう、人が死ぬところは見たくないんだ」
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。脳裏に冷たくなったクララたちの姿がよぎり、俺は首を振った。
だが、その沈黙を破ったのは、じっと考え込んでいた低須だった。
「……僕も、成獣クイヤを見つけるしかないのかもしれませんね」
「低須……?」
「大切な人を亡くして、境遇は小輔さんと同じなんです。この八方塞がりの状況を変えるには、クイヤの情報を集めて、願いを叶えてもらうしかないのかもしれません。……はい」
低須の言葉には、迷いを静かに削ぎ落とした決意が宿っていた。彼は泥のついた手をぎゅっと握り締め、俺たちを見つめる。
「我々は『クイヤ調査団』として、旅をしましょう」
「クイヤ……調査団……」
俺がその言葉を噛み締めていると、横から太川が豪快に俺の背中をドカンと叩いた。
「ガハハハッ! 良いじゃねぇかッ、『クイヤ調査団』!! 目的がはっきりしてて最高だぜッ! クイヤを見つけてエリカや子供たちを救う、ついでに邪魔する暗殺者もメトロポリス王国も全員ストレートでぶちのめす! わかりやすくて燃えてくるじゃねぇかッ!!」
「痛っ……! 太川、力加減……」
背中の痛みに耐えながら苦笑いする俺の横で、それまで黙っていたリゼが嬉しそうに目を輝かせ、ぐっと前に踏み出してきた。
「決定ね! 調査団なら、私が入っても文句ないでしょ!? 私だってクイヤに用があるんだから、足引っ張らないわよッ!」
一人で抱え込もうとしていた俺の前に、同じ痛みを背負い、同じ未来を目指してくれる仲間たちがいる。
「……わかったよ。これから俺たちは『クイヤ調査団』だ。みんな、よろしく頼む」
俺がそう呟くと、太川はニヤッと笑い、低須は静かに「よろしくお願いします。はい」と頷き、リゼは誇らしげに胸を張った。
手掛かりを失ったチバ王国から、未知なるクイヤの情報を求めて。俺たちの新たな旅が、ここから始まろうとしていた。
まずはこれからの動きだな」
孤児院の跡地を後にして町へと向かいながら、俺は立ち止まって三人に向き直った。
「あの『人形使い』から逃げるためにも、ここを一箇所にとどまるわけにはいかない。だけど……チバ王国を去る前に、もう少しだけクイヤの情報が欲しいんだ」
顎に手を当てて記憶を掘り起こす。
「エリカが昔、俺に話してくれたことがあったんだ……彼女がクイヤに会えたのは、たしかこの近くの『あの森』だったはずなんだよな」
「なるほど。チバ王国圏内の森林地帯ですね。手掛かりとしては十分です。はい」
低須が眼鏡のブリッジをスッと押し上げながら頷いた。
「ただ、移動するにも調査をするにも、まずは路銀……つまり金が必要です。それに、追手である『人形使い』の拠点……太川さんの言うメトロポリス王国は、このチバ王国とは完全な反対側に位置しています。ここから向かうだけでも、普通に移動すれば一年はかかりますね」
「一年か……! なら、焦って丸腰で突っ込むより、しっかり準備を整える時間はあるってことだな」
太川が首をポキポキと鳴らしながら、ギラついた目で笑う。
「よしッ! だったら二手に分かれて役割分担しようぜ! 旅に必要な金を荒稼ぎするチームと、クイヤの情報を集めるチームだッ!」
「賛成! 効率的ね」
リゼが腕を組んで頷く。俺たちは話し合いの末、それぞれの適性に合わせて役割を分けることにした。
体張った力仕事や戦闘で一気に金を稼げそうな太川と、冷静な計算と仕切りができる低須の二人が【資金調達(金稼ぎ)担当】。
そして、エリカの言葉を記憶している俺と、成獣クイヤに何か思惑がありそうなリゼの二人が【クイヤ情報収集担当】だ。
「よし、決まりだな。低須、太川、金稼ぎの方は頼んだぞ」
「ガハハハッ! 任せとけッ! 日雇いの肉体労働でも賞金首狩りでも、何でもストレートで稼いできてやるよッ!!」
「無茶して治安維持組織に捕まらないでくださいね、太川さん……。まあ、効率よく稼げる手段を僕がいくつかピックアップします。はい」
低須が淡々と手帳を取り出しながら言う。そして、俺とリゼの方を向いた。
「小輔さんたちは、このチバ王国最大の教会や図書館で情報収集をお願いします。伝承や古文書が残っているなら、そういった場所が一番確実ですからね。はい」
「わかった。教会と図書館だな」
俺が頷くと、隣のリゼが意気揚々と胸を張った。
「ふふん、任せなさい! 本の調査なら私の得意分野よ。手当たり次第に調べ上げてやるわ!」
「頼もしいな。それじゃ、低須、太川、また後で合流しよう」
「おう! どっちが成果出せるか勝負だなッ! ハッハッハ!」
太川の豪快な笑い声に見送られ、俺たちは二手に分かれた。
追手からのタイムリミット、一年という気の遠くなるような距離、そして未知なるクイヤの影。
手に入った情報によって、俺たちのこれからの運命が決まる。俺とリゼは、教会の聖典と図書館の古文書に眠るクイヤの真実を求め、町の中心部へと足を進めた。チバ王国最大規模を誇る大図書館へと向かう道中、俺は少し離れた横を歩くリゼの横顔を、盗み見るように観察していた。
……正直言えば、俺はまだこいつを完全に信用したわけじゃない。
さっきからずっと気になっているんだ。食堂で突然俺たちの会話に入ってきたこともそうだが、日差しを避けるためとは思えないほど深く帽子を被り、通りかかる人々の視線を異常なほど警戒している。
ただの町の一般人が、そんなコソコソした行動をとるだろうか? 明らかに何かを隠しているし、何かから身を隠しているようにしか見えない。
「……なぁ、リゼ」
「なによ?」
前を向いたまま答えるリゼに、俺は少し声を落として切り出した。
「リゼはさ……なんでそんなにクイヤを探してるんだ? こんな危険な目にあってまで、俺たちについてくる理由は何なんだよ」
本当の目的は何だ。そう問いかけるような俺の言葉に、リゼはピタリと足を止めた。
深く被った帽子の陰から見えたその瞳が一瞬だけ揺れたのを、俺は見逃さなかった。だが彼女はすぐにプイッと顔を背け、冷たい声で言い放った。
「……あんたには関係ないわよ」
「関係ないって……俺たちはこれから『クイヤ調査団』として一緒に行動するんだぞ? 互いに目的も知らないままじゃ、背中を預けることだってできない」
「言いたくないものは言いたくないのッ!」
リゼは帽子のつばをさらにキュッと深く引っ張り直し、俺を牽制するように睨みつけてきた。
「屋根の弁償代を払ってもらうまでは、絶対に離れないから。文句があるならクイヤを見つけてから言いなさいよ!」
そう吐き捨てると、リゼは怒ったようにスタスタと先に行ってしまった。
(……やっぱり怪しい)
素性を隠し、顔を隠し、クイヤを探す本当の理由すら明かそうとしない少女。
メトロポリス王国の名を聞いた時のあの異常な動揺といい、リゼという存在そのものが、新たな謎の塊のように思えてならなかった。
俺は小さく息を吐き出すと、先を行くリゼの後ろ姿を警戒交じりの視線で見つめながら、重い足取りで後を追った。




