二十九話 睡眠はメトロポリス王国
小輔は、灰と化していく人形使いの残骸を見つめた後、ゆっくりと周囲に目を向けた。
……ひどい有様だった。
さっきまで子供たちの笑い声が響いていたはずの孤児院は、無残に破壊され、黒い煙を上げている。地面には、小さく冷たくなった子供たちの身体と、彼らを最後まで守ろうとしたクララの死体が転がっていた。
「……っ」
あまりの光景に、小輔は息を詰まらせた。
太川になぜ人形使いなんかに命を狙われているのか、そもそもあの異形は何者なのか、問い詰めたいことは山ほどあった。しかし、今のこの惨状を前にして、そんな言葉は喉の奥に引っかかって出てこない。
ふと見ると、低須が静かに動いていた。
いつもの冷静な眼鏡の奥の瞳から、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら。言葉もなく、低須は亡くなった子供たちとクララの身体を、ひとつひとつ優しく抱き上げ、どこかへ運んでいく。
その背中には、到底かける言葉も見つからないほどの深い絶望と悲しみが漂っていた。
「……低須……」
小輔は胸と腕の激痛も忘れ、ただ呆然と、崩れ落ちた孤児院の前に立ち尽くすことしかできなかった。
「……とりあえず、ここを出よう」
小輔はかすれ声でつぶやき、重い足取りで歩き出した。今はこの重苦しい空気から一度距離を置き、頭を冷やす必要がある。亡くなった子供たちの後始末や遺体の引き取りは、生き残った他の大人のシスターたちに任せることにした。
少し離れた敷地の隅では、低須が一人、黙々とシャベルを振るって墓を掘っていた。ポロポロと涙を流しながら、崩れ落ちるように土を掘り返すその背中に、かける言葉は出なかった。今は一人にしておくのが一番だろう。
「太川、どこか店でも入って……何か食べようか」
「あ? ああ、そうだな……腹減ったしな……」
なぜ周りがこんな惨状になっているのかも理解できていない太川だったが、小輔の表情の暗さを察してか、珍しく大人しく頷いた。
二人が悲痛な沈黙を纏ったまま、荒れ果てた街の通りへ向かって歩き出した、その時だった。
「小輔のばかぁーーーーっ!! ちょっと待ちなさいよ、屋根弁償しなさぁい!!」
背後から、静寂を切り裂くような甲高い叫び声が響いた。
バンテージや薬箱を抱えたリゼが、真っ赤な顔をして大慌てで走ってくる。勢いよく小輔の前に立ちはだかり、今にも文句をまくし立てようとした——その瞬間。
「…………あ」
リゼは、小輔の虚ろな瞳と、横に立つ太川の刺々しい沈黙、そして遠くに見える煙と墓を掘る人影を目に焼き付けた。
空気が、あまりにも重すぎた。
「……っ」
持ち前の鋭さで一瞬にして惨状と二人の異様な雰囲気を察したリゼは、口を半開きのまま言葉を飲み込み、そのままサッと黙り込んだ。
理由を聞くことすら躊躇われるほどの圧倒的な絶望感。リゼは気まずそうにそっぽを向きながらも、離れることはせず、二人から数歩後ろを勝手についてきた。
そのまま三人で、路地裏にある小さな食堂に入った。
店内には温かいスープと香ばしいパンの匂いが充満していたが、テーブルを囲む三人の空気は冷め切っていた。
「……食えよ、小輔。食わねぇと動けねぇぞ」
太川が肉を豪快に口へ運びながら、ぶっきらぼうに言った。
俺はスープの皿を見つめたまま、静かに口を開いた。
「太川、そろそろ人形使いの正体と、なんで襲ってきたかの理由を話してくれないか?」
その言葉を聞いた瞬間、太川は肉を噛み砕くのをピタリとやめ、手にしていた肉を重々しく皿にコトンと置いた。
さっきまでの荒々しい勢いが嘘のように消え、眉間に深いシワを寄せて苦しそうに顔を歪める。そして、珍しく心底気まずそうに、絞り出すような声で俺を見つめてきた。
「……すまんッ! マジで……マジで言いたいんだけどよぉ……ッ!」
太川は頭を力任せに掻きむしり、胸の奥から吐き出すように言葉を続けた。
「……言ったらマジで呆れられるし、ふざけんなって思われるの百も承知なんだけどさ……! 俺、さっき使った魔法の代償でよぉ……直近1時間分の記憶が、スコーンと綺麗さっぱり消えてんだよッ……!」
「……え?」
「チバ王国に入国したあたりからの記憶が、マジで1ミリもねぇんだよッ! なんで俺があそこにいたのかも、なんでお前がそんなボロボロなのかも、周りがどうなってたのかすら……俺の頭の中、完全に空白なんだよ……! 答えたいのに……ッ、何も思い出せねぇんだ……ッ! マジで、本当にすまん……ッ!!」
頭を下げて苦しそうに謝罪する太川だったが、胸の奥で燻る怒りを抑えきれないように、強く拳を握り直した。
「……だがッ! あの人形使いが襲ってきた理由は……間違いなく俺のせいだ。あの人形はよぉ、俺の故郷……メトロポリス王国で作られた人形なんだよ」
太川がそう口にした瞬間、それまで部外者として黙ってパンをかじっていたリゼが、ピクッと肩を揺らした。その瞳に隠しきれない驚きと動揺の色が走り、目を見開いて太川を見つめる。
太川はリゼの反応には気づかず、重々しい眼差しで語り続けた。
「メトロポリス王国ってのはよ……貴族階級と労働者階級が厳格に分けられてる、胸くそ悪い国なんだ。俺はそのド底辺、貧しい労働者階級で生まれた。あそこの貴族の奴らはよぉ、労働者から絞り上げた金を使って、頭以外の体を全部『人形』に変えてやがる。そうやって長い寿命を手に入れて、いつまでも上に君臨し続けてんだ」
太川の声に、激しい怒りが混じりはじめる。
「そんな腐った国でよぉ……俺はメトロポリス王国の格闘大会に出場して、歴史上初めて『労働者階級出身のチャンピオン』になっちまったんだよ! ド底辺の俺が勝ち続けてスターになっちまったせいで、奴隷みたいに扱われてた労働者どもに『希望』を与えちまった。……それが、奴ら貴族階級にとっては死ぬほど恐怖だったらしい」
太川は苦々しく吐き捨てるように言った。
「存在そのものを恐れた貴族の豚どもがよぉ……俺を消すために暗殺者の人形使いを送るようになってな。これ以上街に被害を広げねぇために、俺はメトロポリス王国を出たんだよ」
「……で、タチが悪いことに、あいつらを影で操ってる黒幕の『人形使い』本体は一人だけなんだよ。だが、操作されてる人形自体は、何体も何十体も存在してやがる」
太川は悔しそうに歯噛みし、力強く握りしめた拳をテーブルに打ちつけた。
「だからさっきの奴を燃やそうが破壊しようが、本体を叩かねぇ限り、別の体を使ってまた何度でも襲ってくるだろうよ。……俺に関わったせいで孤児院が巻き込まれて……ッ!」
太川は苦しそうに顔を歪め、ガクッと頭を垂れた。
「……で、マジでタチが悪いことにさぁ! あいつらを影で操ってる黒幕の『人形使い』本体は一人だけなんだよ! だがな、そいつが動かせる傀儡の人形自体は……何体も何十体も存在してやがるんだよッ!」
太川は悔しそうに歯噛みし、力強く握りしめた拳をドカンとテーブルに叩きつけた。
「だからさっきの奴をいくら燃やそうが破壊しようが関係ねぇ! 本体を直接ぶちのめさねぇ限り、別の体を使ってまた何度でも襲ってくるんだよッ! ……クソッ、俺に関わったせいで……あんなことになっちまって……ッ!」
太川は胸の奥から吐き出すように唸り、苦しそうにガクッと頭を垂れた。
直近の記憶を失っていても、自分の宿命が惨劇を引き起こしてしまったという事実が、彼の胸に重く重くのしかかっていた。
俺は冷めかけたスープを見つめたまま、静かに、だが強い意思を込めて言った。
「俺には、この世界でどうしても成し遂げたい目標があるんだ。……『成獣クイヤ』を見つけて、殺されたエリカを生き返らせること」
太川がハッと顔を上げ、じっと俺を見つめる。
「クララが死んで手掛かりは失った。だけど、俺は諦めない。太川……これからも一緒にいてくれないか? 俺はクイヤを探すために、これからも移動し続ける。俺たちが一箇所にとどまらず移動し続ければ、お前を狙う暗殺者の人形使いによって巻き込まれるのは、俺だけで済む」
誰かが巻き込まれて傷つくのは、もう見たくなかった。
孤児院のような悲劇を二度と繰り返さないためにも、俺たちは止まるわけにはいかない。
「お前の戦いに俺を巻き込んでくれ。俺の旅にお前がついてきてくれ。……そうすれば、誰も犠牲にしないで済む」
拳を強く握りしめて放った俺の言葉に、太川は呆然と目を見開いた後、ニッと口角を上げて笑った。
「ハッ!! お前、マジで言ってんのか小輔ぇ!? 自分からこんな激ヤバな厄介事に突っ込んでくるとか、どんだけ特攻野郎なんだよお前ッ!!」
太川は豪快に自分の頭をくしゃくしゃと掻きむしると、テーブルをガタッと鳴らして力任せに立ち上がった。
「いいか小輔、俺の目標はひとつだけだッ! 労働者を搾取して、人間を人形に変えて弄ぶあの腐りきった『メトロポリス王国』を、この俺の手で完全に潰すことッ!!」
太川は血走った瞳に凄まじい熱を宿し、ギラギラとした拳を突き出した。
「そのためなら、追ってくる人形使いも、立ちはだかる障害も全部まとめて力で叩き潰す! お前がエリカを生き返らせるために世界を巡るってんなら、最高じゃねぇかッ! お前のその頭おかしいくらい熱い旅、この俺が死ぬまで付き合ってやるよッ!! クイヤ探しだろうが王国潰しだろうが、目の前に立つ壁は全部ストレートでぶちのめして前進しようじゃねぇかッ!!」
さっきまでの重苦しい雰囲気を一気に吹き飛ばすような、太川の圧倒的な熱量と叫び。
その言葉に、俺の胸の奥にあった絶望の霧が、少しだけ晴れていく気がした。
……そのやり取りを横で黙って聞いていたリゼが、大きく目を見開いたまま固まっていることにも気づかずに。
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