二十八話 睡眠はツンデレ
「……う、あ……っ」
住宅街の屋根まで吹き飛ばされた衝撃。怪物の蹴りを咄嗟に腕でガードしていなければ即死だった——そう悟った瞬間には腕が折れる不快な感覚が走り、直後に肋骨まで痛めた激痛が全身を襲っていた。そのまま意識が遠のき、屋根から地面へと落っこちてしまった。
(またやったわ……俺、いっつも足手枷になって……)
暗闇に沈みかけていた小輔の意識は、折れた腕に走る強い圧迫感と鈍痛によって、ゆっくりと引き戻された。
「……ふん。やっと起きたわけ? 頑丈だけが取り柄のバカかと思ったわ」
視界が少しずつ鮮明になると、目の前に一人の少女が立っていた。
透き通るような綺麗なあおいろの髪を長く伸ばし、前髪で顔の右半分をすっぽりと覆い隠している。腕を組みながら、どこか尖った冷ややかな視線で小輔を見下ろしていた。
「あ……ぐ……っ!?」
小輔が慌てて起き上がろうとすると、左腕と肋骨に激痛が走る。だが、折れていたはずの腕には木片と布で手際よく応急処置が施されており、胸元にも固くサラシが巻かれていた。
「勝手に動かないでよ! 肋骨まで折れてたんだから! ガードしてなかったら内臓ぐちゃぐちゃで死んでたんだからね!」
トゲのある言葉でまくし立てながらも、少女は倒れそうになる小輔の体を咄嗟にそっと支えた。
「あ、あんた……俺の手当てを……? 助けてくれたの……?」
「なっ……! 勘違いしないでよね! あんたが道端で不細工に転がってて邪魔だったから、退かせるついでに気休めで手当てしてあげただけなんだから! 感謝なんていらないわよ、べつに!」
少女はあからさまに嫌そうな顔をしてぷいっと横を向く。
「ごめん……。でも、助けてくれて本当にありがとう。俺は峰小輔。君の名前は……?」
痛みに耐えながら礼を言い、名前を尋ねると、少女はハッと息を呑み、急に警戒するように青い前髪を手で押さえた。
「な、名前なんて教えるわけないでしょ! 助けたんじゃないって言ってるじゃない! あんたみたいなバカに名乗る名前なんてないわよ!」
「教えてくれよ! 今、すごく急いでるんだ! それに……命を助けてもらったんだから、後できちんとお礼もしたいし……!」
折れた肋骨の痛みに耐えながら、小輔は切実な眼差しで少女を見つめた。孤児院へ今すぐ戻らなければならない焦燥感と、助けてくれた彼女への心からの感謝が、その声に溢れている。
「お、お礼なんていらないって言ってるでしょ! なに急に真面目な顔してんのよバカ……ッ!」
小輔の真っ直ぐすぎる視線に毒気を抜かれたのか、少女は真っ赤になって慌てふためき、そっぽを向いた。
「……っ、もう! しつこいわね……!」
少女は髪を乱暴に払いながら、観念したように小さく溜め息をついた。
「……リゼよ。リゼ・ヴァレンタイン」
名乗ったあと、リゼはすぐに鋭い視線で小輔を睨みつける。
「言っておくけど、呼んでいいなんて許可してないからね! それに、あんた動いちゃいけないからね。どこから来たのかわからないけど、すぐに動いていい状態じゃないからね!」
手当てのサラシを固く結び直しながら、リゼはトゲのある口調でまくし立てた。小輔が立ち上がろうとするのを必死に制止する彼女の瞳には、怒りと同時に隠しきれない焦燥感が滲んでいた。
◇
その頃——孤児院の入口前。
重苦しい静寂の中、太川は人形使いと正面から対峙していた。
「おいおいおい……マジでやってくれたなぁ、おい! マジでふざけた真似してくれちゃってさぁ!」
太川の全身から、凄まじい密度の魔力が立ち上る。
いつものノリを保ちつつも、その眼光はリング上のファイターのように鋭く研ぎ澄まされていた。痛覚を持たない異形の刺客を前に、太川は己の拳をバンバンと叩き合わせる。
「痛みがねぇとか知ったこっちゃねぇのよ! 痛くねぇなら、手足全部ぶっ壊して動けなくするだけでしょ! マジで!」
対する人形使いは、感情の削ぎ落とされた無機質なガラス玉のような瞳で太川を見つめ返し、ツルハシを静かに構え直す。
「マジかよおい! マジでこれ使わすかぁッ!?」
太川は顔を歪め、全身の筋肉をギシギシと収縮させながら、腹の底から怒鳴り散らした。
「悪魔【ブエル】——我が刻の記憶を贄と為し、その威光を以て我に限界を超えし力を与えよ。名は、太川ホワイトデー!」
その瞬間——太川の頭の中で、直近1時間分の記憶がスコーンと綺麗さっぱり削ぎ落とされた。
クララや子供たちが惨死した絶望の光景も、小輔が屋根の上まで吹っ飛ばされたことも、低須が隣で分析していたことも、全部が吹っ飛んだ。彼の頭の中にある最新の記憶は、「チバ王国に入国したあたり」でピタリと止まっている。
だが、その代償と引き換えに——記憶を喰らった悪魔ブエルから、尋常じゃない密度の凶暴な魔力が吐き出された。
ズヂヂヂヂッ……!
太川の全身から、目に見えるほどの濃密な魔力が溢れ出し、足元の地面がメリメリと沈み込んでいく。
「……あ? え、なにこれ? 俺、なんでこんなところで魔力全開にしてんの? マジで意味分かんねぇんだけど!」
一瞬、思考がフリーズする。
——だが、目の前に立つ異形の存在と目が合った瞬間、太川のファイターとしての本能が跳ね上がった。
「……いや、理由はマジで1ミリも思い出せねぇけどさぁ! こいつは知ってるぞ……胸くそ悪い『人形使い』だろお前!!」
記憶は消えても、敵に対する強烈な嫌悪感と、目の前の脅威を倒さなきゃいけない理由だけは直感で分かっていた。
「おいおいおい! 理由はさっぱり分かんねぇけどよぉ!」
太川はバチバチと跳ねる魔力を両拳に纏わせ、凶悪な笑みを浮かべて地面を力任せに踏みつけた。
「お前をブチのめせば全部解決することだけは、ハッキリ分かってんだよオラぁッ!! マジでボコボコにしてやるから覚悟しろよ!!」
低須は、眼鏡の奥の目を大きく見開いた。
(……魔力の圧が、さっきまでとまるで違う……! 自分の記憶を代償に、一時的に能力を極限まで跳ね上げる捨て身の魔法……!?)
目の前で桁違いの威圧感を放ち始めた太川の姿に、息をのむ。この域に達した太川の戦闘に半端に巻き込まれれば、足を引っ張るどころか死に直結する。低須は即座に後方へ跳躍し、間合いを大きく取った。
◇
一方、住宅街の路地裏。
「ツンデレとか言ってる場合じゃない……! 早く太川のところに戻らないと……!」
小輔はリゼのわかりやすすぎる「ツンデレ」な態度に構っている余裕はないと判断し、地面を力強く蹴り出した。
折れた腕と肋骨が激しく痛み、一息吸うごとに激痛が全身を駆け抜ける。だが、足は生きている。走れる。一刻も早く孤児院へ戻り、みんなの無事を確認しなければならない。
「ちょっとバカ!? どこ行くのよ待ちなさいよ!! 倒れたいわけ!? 死にたいの!?」
後ろからリゼが真っ赤な顔で何かをワーワーと叫びながら必死に追いかけてくるのが聞こえたが、今の小輔はそれを完全に無視して、全速力で孤児院へとひた走った。
小輔が激痛に耐えて孤児院に辿り着いた瞬間、目に飛び込んできたのは圧倒的な破壊の光景だった。
全身から禍々しいほどの魔力を噴出させた太川が、人形使いに一切の隙すら与えず怒涛の連続攻撃を叩き込んでいたのだ。
人形使いも必死にツルハシを振り回し、重い蹴りを繰り出す。しかし、太川はその全てを両手だけで易々と防ぎ切り、逆にカウンターの拳を打ち込むたびに、敵の異質な体がバキバキと崩壊していく。
「おいおいおい! 全然響かねぇなぁッ! マジで手応えねぇんだよお前!!」
太川は凶悪な笑みを浮かべ、強烈な一撃で相手の体勢を完全に崩すと、地面が爆ぜるほどの威力を込めた猛烈なアッパーカットを突き上げた。
ドバァンッ!!
弾丸のように上空へ跳ね飛ばされる人形使い。間髪入れず、太川は脚部の魔力を爆発させて高く跳躍した。空中で逃げ場を失った人形使いの顔面へ、視認すら不可能な、まさに光よりも速いジャブの連打をお見舞いする。
「これで終わりだオラぁッ!!」
ズドンと地面に叩きつけられた人形使いは、胴体や四肢が粉々に砕け散り、かろうじて頭部だけが残ったボロボロの状態で転がっていた。
だが、その惨状の中でも、人形使いのガラス玉のような瞳が不気味に蠢き、歪んだ声を漏らした。
「……ククク……俺を倒したつもり……だと思うが……。あくまで……この体は……いくつもあるひとつだからな……太川ホワイトデー……地獄まで追いかけるからなぁ……ククク……」
負け惜しみのような呪詛の言葉。またさっきみたいに不気味な復活でもされたらたまったもんじゃない。
「ふざけるな……ッ! !!」
小輔は即座に掌をかざし、残された魔力を振り絞って激しい炎の魔法を放った。
ゴオオッ……! と激しい炎が残りかけた頭部を包み込み、人形使いの残骸を一瞬で灰へと変えて燃やし尽くした。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
読者側だった頃は「なんで打ち切りにしちゃうんだよ〜!最後まで書いてくれよ〜!」ってずっと思ってたんですけど、いざ自分が書く側になってみると「あっ……こういうことか……」って身にしみて理解しました。
でも、 たった1PVでも見に来てくれる人がいる限り、自分も「投げ出す側の作者」にはなりたくないなと、
ペースが落ちる日もあるかもしれないですが、泥臭く完結まだなんとか頑張ります。コメントや評価があるとモチベーションにつながるので、してくれたら嬉しいです。
また次回




