一話 睡眠は趣味娯楽
これからどうしよう。一旦、目的と目標を立てなくては。だが立てるにも、情報が少なすぎる。
しばらくすると、ドアの横にある小さな穴からプレートが通され、食事が届けられた。やはり待遇が少しいいような気がするし、しばらくは大丈夫だろう。
しかし、肝心の食事は気持ちの悪い液体の粘土のような灰色の塊だった。……泣いていいか?
T大を勧められるほどの俺の頭脳、そしてIQ——おそらく当時は興味がなかったので覚えていないが——さらに一日二十三時間三十分を使えるこの力を駆使して、ひとまず言語を学ぼう。こんな見た目のものでも、背に腹は代えられない。腹を決めて手づかみで口に運ぶと、無味無臭の冷たいガムの塊のような食感だった。
お腹も膨らんだので本棚に向かい、ひとまず分かりやすそうな本を見つけて手にとった。羊皮紙のような分厚い本だった。表紙の文字は、当然一文字も読めない。
ふと視線を横にやると、部屋の隅にある簡易ベッドが目に入った。
異世界に召喚され、言葉も通じず牢屋に閉じ込められた——普通の人間なら絶望し、ベッドに倒れ込んで現実逃避の眠りに落ちる場面だろう。
「……なんだ、寝れるのか」
俺はベッドを一蹴した。
世間の奴らは睡眠をありがたがりすぎなんだ。あんなものは映画鑑賞やゲームと同じ、ただの暇人の「趣味・娯楽」に過ぎない。身体のケアと眼球の休息さえ行えば、脳を丸ごと休ませる必要なんてどこにもないのだ。
壁際の硬い木製椅子に深く腰掛け、姿勢を正す。
両目を閉じ、静かに呼吸を整える。
(一、二、三……)
脳裏で数字をカウントし、三十分。
カッと目を開く。
「よし、脳の疲労は完全にリセットされた」
眼光にバキバキとしたハイライトが戻る。
T大確実と言われた俺の頭脳と、一日二十三時間三十分をフル稼働できる圧倒的な時間量。
「俺の貴重な二週間ぶりの帰宅を邪魔したこと、後悔させてやる」
俺は本を机の上に広げ、不眠不休の解読作業を開始した。本を開いてみると、見慣れない文字の下に日本語が書いてあった!!日本語だ。文字の筆跡や言い回しからして、間違いなく現代の日本人が書いたものだ。ここに来た先人がいるのか?
ページをめくると、異世界語の単語や文法構造がびっしりと書き込まれていた。これなら、マスターもすぐに出来る。しかも、親切なことにカタカナで発音記号まで付いているのだ。
先人の悲痛な叫びには同情するが、今の俺にとってはまさに宝の山だった。T大確実と言われた俺の頭脳と、この対訳本さえあれば、言語を完璧に理解するのは時間の問題だ。睡眠を欲したくなったら三十分睡眠をする。そのルーティーンを、六回繰り返した。
おそらく一週間が経ったのだろう。この一週間で、俺は本棚にある本をほとんど読み倒し、学習を完了させていた。
この世界がどのような社会構造をしていて、どんな魔法や歴史が存在するのか——その全体像についてもある程度予測がついた。
この一週間、看守の連中はずっと俺を遠巻きに観察するだけで、何も手出しをしてこなかった。「……そろそろ、こいつらに話しかけてみようかな?」とはいえ、少し、発音の心配などがある。でも行動しなければ前に進まない。ついに峰小輔は、話しかける。




