十四話 睡眠は図書館
「とりあえず、今日からこの薬を飲むのは完全にやめよう。……ただ、無理して徹夜するのも体に良くない。眠くなったら普通に寝ていいからね」
「うん……わかったわ、小輔さん」
「よし。じゃあ明日から、実験的に『睡眠日記』をつけてみよう」
「すいみんにっき……?」
不思議そうに首を傾げるエリカに、俺は机の上にあった羊皮紙とインクを示した。
「何時間眠ったかと、その日『ブルーメ(花の魔法)』が何回使えたかを記録していくんだ。薬を飲んでいた時は、3回連続で使うのが限界だったろ? 薬を完全に抜いて、睡眠時間と魔力量の増減にどんな関係があるか、経過を観察してみよう」
「私の魔力が……本当に増えるのかな」
「増えるさ。お前は落ちこぼれなんかじゃないんだから」
ポン、と優しくエリカの頭に手を置くと、彼女は恥ずかしそうに頬を染めて嬉しそうに頷いた。
(……それにしても)
ふと我に返り、エリカの薄い寝巻き姿と、暗くなった室内を意識してしまう。
(せっかくエリカの部屋に、しかも夜に入れたっていうのに……重大な謎が解けすぎて、完全に理性的で真面目な会話だけで終わっちゃったな……)
男としては少しだけ惜しい気持ちにもなったが、エリカの安全とこれからの未来の方が100倍大事だ。
「じゃあ、夜も遅いし俺は自室に戻るよ。見つかるとマズいからね」
「うん……気をつけてね、小輔さん。……おやすみなさい」
「おやすみ、エリカ」
名残惜しさを残しつつ、俺はエリカの部屋を後にして、影に潜みながら自分の部屋へと戻った。
コソコソと暗がりを抜け、なんとか自分の部屋へ戻ってきた俺は、ベッドに倒れ込みながらこれからのことについて思考を巡らせた。
(睡眠時間が短くて済むなら……この『夜の時間』を有効活用しない手はないな)
なにせ俺は睡眠時間30分でも平気なショートスリーパーだ。夜は『悪魔の時間』であり、月からの魔力を溜め込める絶好のトレーニングタイムでもある。
(よし、夜の間に魔法の特訓をしよう。シャルフ(音魔法)の衝撃波や高音だけじゃなく、俺に合っている得意な魔法も探しておきたい)
……だが、そこで重大な問題にぶち当たった。
(どこで新しい魔法の呪文を学べばいいんだ……?)
この世界に来てから、俺はカイロ隊長やエリカといった人からしか魔法を教わっていない。
現代日本ならネットで検索すれば一発だが、ここにはスマホもWikiもない。
(城の中に図書館みたいな知識が集まる場所があれば楽なんだが…)
なおさら、一刻の猶予もない理由があった。
さっきエリカの部屋で話していた時、彼女が言っていたのだ。
『1ヶ月後に、王城で大きな【祭典の儀式】があるの。明日からはその練習で忙しくなるから、魔法の特訓はしばらくお休みになっちゃうけど……ごめんね?』
エリカは申し訳なさそうに言っていたが、俺にとってはむしろチャンスであった。
祭典の儀式——それは『皆既月食』の夜に行われる、国で最も重要な儀式の一つだった。
普段、夜は「悪魔の時間」として人々が身を潜める中、この皆既月食で月が赤く染まる特別な夜だけは、例外的に夜起きていることが許される。
城の一番高い塔の頂上から、エリカが月に向かって特別な粉を舞わせる。その粉は夜空で綺麗な花のような模様を描き、風に乗って遠く城下町の人々の元へまで届くのだという。
(……とはいえ、闇雲に城を歩き回っても、どこに魔法の本があるのかすら分からないな)
自分の部屋を出たものの、静まり返った夜の回廊で俺は立ち尽くした。
(あ……待てよ?)
ふと、昼間に交わした会話を思い出す。
カイロ隊長は「夜警が多くて3時間くらいしか寝られない」と言っていた。ということは——今この時間、カイロ隊長が城内を見回っているはずだ。
(よし、カイロ隊長を探して、魔法を効率よく学ぶ方法がないか聞いてみよう)
俺は足音を殺しながら、影から影へと移動して回廊を進んだ。
しばらく歩くと、カチャン、カチャンと規則正しい鎧のすれ違う音が静かな廊下に響いてきた。松明の光の先に見えたのは、鋭い目つきで周囲を警戒するカイロ隊長の姿だった。
「……誰だ」
闇から出てきた俺を見て、カイロ隊長は一瞬で柄に手をかけたが、相手が俺だと分かると拍子抜けしたように息を吐いた。
「小輔か……こんな夜更けに何をしている。悪魔の時間にウロウロするのは感心しないぞ」
「すみません、カイロ隊長。実は……どうしても聞きたいことがあって」
「聞きたいこと……?」
俺は真剣な表情で、カイロ隊長の真っ直ぐな瞳を見つめた。
「俺、もっと魔法の知識を深めたいんです。自分に合った得意な魔法も探したい。……城の中で、魔法の呪文や理論を自分で学べる場所や方法ってないでしょうか?」
カイロ隊長は驚いたように眉を上げたが、すぐにフッと口元を緩めた。
「図書館に行けば学べる。」
(……あ、やっぱり図書館あったんだ!)
闇の中から現れたカイロ隊長に恐る恐る尋ねてみると、彼は呆れ顔で城内の図書館の場所と、この世界の「魔法と悪魔のルール」を教えてくれた。
悪魔にはS・A・B・C・D・Eの『6つの格』が存在し、使い手の魔力量によって顕現を保てる格が決まるのだという。
「……D級とE級の悪魔の呪文なら、城の図書室の一般書架に置かれている。だがな、C級以上は国や大貴族が独占する秘術だ。おいそれと手に入るもんじゃない」
「え……? カイロ隊長、じゃあ俺に教えてくれた『シャルフ(音魔法)』って……」
「シャルフはC級の悪魔だ」
「……えぇっ!?」
思わず声を上げそうになり、慌てて口を押さえた。
C級なんて貴重な魔法を、出会って間もない俺に当たり前のように伝授してくれていたなんて……! カイロ隊長、どんだけ優しいんだよ!
「お前は魔力量の底が見えんからな。C級くらい使いこなせなきゃ格好がつかん。……まあ、まずは図書館で基礎的なD・E級の攻撃魔法でも探してみろ」
ポンと俺の肩を叩き、カイロ隊長は再び見回りへと戻っていった。
(カイロ隊長……マジで感謝しかない……!)
「……まあ、貴族の連中がC級以上の魔導書を必死に抱え込んだところで、奴らのちっぽけな魔力量じゃ顕現すら保てねえんだがな。宝の持ち腐れってやつだ」
カイロ隊長はフッと呆れたように鼻で笑った。
要するに、いくら高級な悪魔の知識を独占したところで、肝心の魔力が空っぽなら動かせないのだ。
(なるほど……。てことは、カイロ隊長が俺に教えてくれた『シャルフ(音魔法)』って、最初からその貴重なC級だったんだな……。マジで感謝しかない)
「カイロ隊長、色々教えてくれてありがとうございました!」
「おう。夜更かしもほどほどにしておけよ」
背中越しに手を振るカイロ隊長に深く感謝を述べ、俺はそのまま教えられた城の図書館へと向かった。
……が、目指す重厚な木製の扉の前に立った瞬間、俺はピタリと足を止めた。
(……あ、そうか。こんな夜中に図書館が空いているはずがないな)
当然のごとく、重厚な扉にはガッチリとした鍵がかかっていた。
俺が鍵穴を覗き込み、どうやって侵入するか考え込んでいた、その時だった。
ギギギ……ッと重苦しい音を立てて、いきなり図書館の重厚な扉が開いた。
「うおっ!?」
驚いて跳び退くと、そこに立っていたのは——あの老婆、エカリート先生だった。
暗闇の中、ランプの灯りに照らされた彼女の顔は相変わらず不気味だったが、俺の姿を見ても驚く様子すら見せない。
「……司書も仕事なんだ……」
小さなボソボソとした声でそう呟くと、エカリート先生は無言のままドアを開けて、俺を図書館の中へと招き入れてくれた。
(入っていいのか……? っていうか、エカリート先生って図書館の司書も兼任してたのかよ)
おそるおそる中へ足を踏み入れ、「ありがとうございます、先生」と声をかけてみたが——それ以降、話しかけても完全に無視された。黙々と書架の整理や読書を続けている。
(……待てよ? この婆さん、こんな夜中に一人で起き出して……もしかしてエカリート先生も『夜起きている方が魔力的に得だ』ってことに気づいてる口か……?)
まあいい、理由はどうあれ怪しまれずに図書館に入れたのは願ってもない幸運だ。
俺は話しかけるのを諦め、お目当ての棚へと向かった。




