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十一話 睡眠は実戦

15時。少し早めの夕食の時間になった。

エリカは王家の一員として、国王夫妻や他の三人のきょうだいたちと共に食事をとるルールになっているらしい。護衛である俺でも流石にその場へ同席することは許されず、食事の安全も専属の毒味役が徹底的に確認するそうだ。

(まあ、王族の食事風景なんて緊張して味がしなさそうだしな……)

というわけで、俺は兵士寮にある食堂へと初めて足を運んでみた。

食堂に入ると、昨夜廊下ですれ違ったメイドさんがいたので軽く挨拶を交わす。厨房から運ばれてくる料理に胸を躍らせながら待っていると、目の前に出されたのは……何かの肉のステーキだった。

「……いただきます」

ナイフで切って口に運んでみる。

正直、味付けは塩気が薄くてお世辞にもあまり美味しくはない。肉質もゴムみたいに引き締まっていて噛みごたえがすごかったが、そのぶん腹にはしっかりと溜まったので良しとしよう。異世界の兵士メシなんてこんなものだ。

腹を満たして満足した俺は部屋に戻り、再び俺専用に作られた動きやすい作業着へと着替えた。

(よし、次は16時からの夕方訓練だな)

気合を入れ直し、俺は午後の訓練場である広場に向かった。

広場に向かうと、兵士たちがぐるりと円を描くように大きな人だかりを作っていた。

何事かと覗き込んでみれば、何のことはない、近距離騎士と遠距離騎士がくだらない喧嘩をしている最中だった。それぞれの陣営が野次を飛ばし合って大騒ぎしている。

(うわ……こえー……。あんな重いパンチ食らったら生きて帰れないぞ……)

身をすくめながら、俺は改めて自分の無力さを実感する。

今の俺が使える手札なんて、花の魔法と音魔法で大きな声を出すことくらいだぞ。

いくらデカい声を出せたところで、あんな脳筋たちのパンチを一発でも食らったら即死する。

(もっと実践的な戦闘魔法を学ばないとダメだな……。後でカイロに何か教えられないか聞いてみるか)

そう思っていた、次の瞬間だった。

背後からスッと鋭い呼吸音が聞こえたかと思うと、マスク越しの大気が激しく震えた。

「お前ら、今日はフィン様が訓練に参加する。フィン様にご迷惑をかけないよう、くだらない喧嘩を見せることなどくれぐれもないように」

地響きのような低い声が広場全体に叩きつけられた。

あんなに大騒ぎしていた騎士たちが一瞬で静まり返り、冷や汗を流しながら慌てて列へと戻っていく。

(……え? 今回、音の魔法使ってないよな……? 完全な地声で怒鳴っただけだよな……?)

魔法なしの素の威圧感だけで現場を支配したカイロ隊長。別の意味でめちゃくちゃ恐ろしい。

(ていうか……フィン様、か)

確か、エリカの弟で長男にあたる王子様だ。

事前に聞いていた話を思い返す。エリカとその他三人のきょうだいは、どうやら母親が違うらしい。要するに、王様には二人の妻がいるということだ。

一人は、エリカを目の敵にしているあのヒステリックな王妃ババア。

そしてもう一人の母親は……俺はまだ一度も見たことがなかった。

16時になり、広場に集まったそれぞれの騎士たちがビシッと整列した。

なぜか俺は特別扱いをされ、隊列には加わらずにカイロ隊長のすぐ横に立たされていた。視線が集まって少し居心地が悪い。

そこへ、騎士たちに護衛されながら一人の青年が広場へと歩いてきた。

彼がエリカの弟であり、この国の第一王子であるフィン様だ。

噂によると、フィン様が参加する日の訓練は通常とは内容が異なるらしい。

その名も——「百人組手」。

フィン様お一人を相手に騎士たちが一人ずつ順番に挑み、果たして百人を倒しきれるかという地獄のようなチャレンジをフィン様自らがやるのだという。

(……マジかよ。百連続組み手とか正気の沙汰じゃないぞ……)

見ると、フィン様も挑む騎士たちも手にしているのは鉄の剣ではなく「木の剣」だった。

木剣は安価な素材でできているため、魔力を流し込んで補強しようものなら、その圧力に耐えかねて一瞬で粉々に割れてしまう。つまりこの訓練では、魔法や魔力によるゴリ押しは一切通用せず、純粋な「剣の技術」と「体術」のみが試されるというわけだ。

「よし、始めよ!」

カイロの重厚な号令が広場に響き渡る。

「第一陣、前へ!」

木剣を構えるフィン様に向かって、巨漢の騎士が猛然と飛びかかっていった。

「次ッ!」

フィン様の鋭い声が響くたび、騎士が一人、また一人と地面に転がっていく。

一人、二人、十人……。フィン様は乱れぬ足さばきで、五十人目までを何なく突破してみせた。一応、相手をしている騎士たちだって毎日泥にまみれて鍛え上げている猛者たちのはずだ。それなのに、フィン様には体力が削られている様子すら見えない。

ふと上を見上げると、城のベランダらしき場所から王とあのヒステリックババアが並んで立ち、フィン様の戦いを見学していた。

よく見ると、あのババアは苦虫を噛み潰したような顔で、忌々しそうにフィン様を睨みつけている。

(ああ……そうか。あのババアの実の子供はエリカで、フィン様は『もう一人の女』の子供なんだもんな……)

実の娘であるエリカは落ちこぼれ扱いされ、自分にとって憎い腹違いの女の息子であるフィン様が、こうして全騎士の前で圧巻の強さを見せつけている。あの嫉妬深いババアからすれば、面白くてたまるはずもないのだ。

五十人を過ぎたあたりから、フィン様の戦い方がガラリと変わった。

左手に木剣を持ち直すと、空いた右手で素早く詠唱を紡ぎ始める。

「悪魔【レーム】——泥土と砂塵を司る者よ、その威光を示し視界を奪う刃となれ。名は、フィン・ファング!」

短縮された鋭い詠唱とともに、小さな土の塊が飛び、相手の顔面や足元を襲う。さらに目の前で微細な砂塵を撒き散らして視界を完璧に奪い、体勢が崩れた一瞬を逃さず木剣を叩き込む。

魔法でテンポを崩しながら、次々と騎士たちを沈めていった。

それにしても……疑問だった。

エリカの魔力量はかなり少ない。さっきの庭園での特訓でも、魔法を数回使っただけでかなり消耗していた。

(だけど……なんでフィン様は、あんなに魔力量が多いんだ?)

五十人以上を倒したあとも平然と土の魔法を連発している。一体、魔力量の差ってどこで生まれるんだろうか。俺だって単に異世界から転移してきただけなのに、なぜか魔量だけは異常に多いと言われている。なにか法則性があるのか……?

腕を組んでそんな疑問を深めていた、その時だった。

「次はお前がフィン様の相手になれ」

「はい?」

隣に立っていたカイロ隊長が、前を見たままポツリとそう告げた。

(……え? いま何て言った……?)

「……あの、カイロ隊長? 聞き間違いじゃなければ今、俺に『相手になれ』って言いました……?」

「聞き間違いではない。次はお前だ、行け」

「いやいやいや! 無理無理無理! 俺、剣なんて使えませんし、魔法だって今まさに絶賛学習中ですよ!? どうやってあの化け物王子を相手にしろっていうんですか!!」

声のトーンが一気に上ずり、全力で拒否する俺。

だが、カイロ隊長は一切表情を変えず、マスクの奥の低い声で淡々と吐き捨てた。

「手加減はしてくださる。死にはせん、行ってこい」

言い落とされると同時に、ドンッと力強い手で背中を叩かれ、俺は容赦なく騎士たちの輪の中心へと押し出されてしまった。

広場中の視線が一斉に俺へと注がれる。

木剣を構え、余裕の笑みを浮かべてこちらを見つめるフィン王子と、ベランダから冷ややかな視線を送ってくる王妃ババア。

(詰んだ……っ!!)

俺は冷や汗をダラダラと流しながら、渡された重い木剣を震える手で握りしめた。

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