16 一歩踏み込む
予定されていたオリエンテーションも終わり、本格的に講義も始まった。高校の時とは違った科目も多くて、大変なことも多いけど、めちゃくちゃ楽しい。特にオメガの専門講義は、後天性オメガの俺にはとても助かる。
でもやっぱり当事者に聞くのが一番で、俺は柊に色々と教えてもらうことにした。その話の流れで、さらっと後天性のオメガだって伝えたら、すごく驚いていた。確かに、専門医でさえ滅多に会わないと言っていたもんな。
「あの……ごめんね。興味本位のようになっちゃうけど……」
「おう、全然大丈夫だ。答えられないのは、ちゃんと答えられないって言うからさ」
「うん、ありがとう。えっと……僕のように、初めからオメガと診断されるのと……違いは感じる?」
俺たちは仲を深めるために、自己紹介の意味も込めて、お互いのことを話すようになった。もちろん、踏み込まれたくない部分もある。そういうところは誤魔化さず、はっきり言えないと伝える約束になった。
そして講義の合間とか、寮に帰ってからとか、少しずついろんな話をした。そして今、だいぶお互いのことを知ってきた中で、もう少し踏み込んでもいいかなと、柊は俺に質問してきたんだ。
「うーん……正直、今もオメガだって言われても、ピンとこないんだ。こうやってネックガードもしてるけど、俺の番が付けてほしいって言うから付けてるだけだし。俺自身は、ベータの時と何も変わっていないんだ」
「そっかぁ……そうだよね。僕も急に第二の性が変化しましたって言われても、実感が湧かないような気がする」
柊は、小さく何度も頷きながら言ったあと、少し躊躇するように続けた。
「……圭太くんは、ずっとベータだったから、そう考えるのは当たり前だよ。でも……その『変わっていない』って思いが、危ない時もあるから……」
「危ない?」
「うん……。圭太くんはまだわからないかもしれないけど……オメガというだけで、よく思わない人もいるんだ。……だから、気をつけて」
柊は、出会った頃は口数が極端に少なく、あまり会話も続かなかった。けど最近は、だいぶ心を許してくれたみたいで、思ったことも伝えてくれるようになった。
柊は、初めからオメガと診断された。いつも何かに怯えているような気がするのは、もしかしたら何かトラブルに巻き込まれたことがあるのかもしれない。
「心配してくれてありがとな。俺も気をつけるよ」
俺だって、自覚がなさすぎと散々泰雅に言われたから、気をつけているつもりだ。けど、やっぱり元々オメガの柊と、元ベータの俺はきっと違う。
絶えず周りの目を気にして、身を縮めるように生きている柊が、それでも俺のことを心配して伝えてくれた。そんな柊を見ていたら、大学にいる間だけでも、俺が柊を守ってあげたい……そう思った。
その日の夕方。俺は柊と二人で大学の門へ向かって歩いていた。
柊の相方がどうしても外せない用事があるらしく、迎えをどうしようという話になったそうだ。そこで柊は俺に確認する前に、『圭太くんと帰るから大丈夫だよ』と言ってしまったらしい。
ごめんねと謝られたけど、全然問題なしだ。大学だけじゃなく、それ以外でも柊を守れるのは誇らしい。
話をしながら歩き大学の門を出たところで、少し離れた場所に派手な車が停まっているのが見えた。その車に寄りかかるようにして立っている人物は、車と同じように外見がとても派手で、その上かなりガタイも良い。俺はあの日の出来事を思い出してしまった。
大学にもいるんだな、不良みたいなやつが。
俺は高校の時と同じように関わりたくなくて、咄嗟に柊の肩を抱いて守るように誘導しようとした。
「柊、ちょっと忘れ物しちゃったんだ。一緒に戻ってくれないか?」
「え、忘れ物? うん、いいよ。一緒……」
柊は返事の途中で言葉を止めた。どうしたんだろうと思ったら、柊の視線は派手な人物の方を見ていた。
まずい、気づいちゃったか。大学内に戻れば、流石に追っては来ないだろう。俺はそう思って、柊の体の向きを強引に変えようとした。
なのに柊は、パァッと笑顔になり、派手な人物に向かって手を振ったんだ。
「龍星くん!」
「ちょ、おい! 柊!」
柊は俺から離れ、嬉しそうに手を振りながら『龍星』と呼んだ人物の元へ向かって走っていった。
……え? もしかして、あの超派手派手な人物が、柊の相方なのか!?
呆然として門のところで立ち尽くしていると、少し離れたところから柊が俺に向かって手招きをした。
「圭太くーん! こっちこっちー!」
俺はチラチラとその男の方を見ながら、柊のところまで歩いて行った。
小さな体で、ぴょんぴょん跳ねている柊は、小動物のようで本当に可愛い。そんな小動物な柊の相手が、こんな派手でチャラそうでヤンキーっぽいガタイの良い男なのか?
人を見た目で判断してはいけないとは思うけど、これではまるで美女と野獣だ。
「圭太くん、急にそばを離れちゃってごめんね」
「いや、大丈夫だけど……そちらの方は?」
正直、あまり大丈夫ではなくて、ちょっと動揺はしている。けど、明らかに柊の機嫌が良くなっているのは伝わってきたから、大丈夫なはずなんだけど……。
「紹介するね。僕の……恋人で……」
「柊と番の約束をしている黒瀬龍星です。いつも柊がお世話になっているみたいで、ありがとうございます」
柊は多分「恋人」って言うのさえ照れているようで、言葉を詰まらせてしまったみたいだ。けど柊の恋人は、それも想定内というように、柊を見てふっと優しい笑みを浮かべたあと、『番の約束をしている』のだと自己紹介してくれた。
チャラいと思ってたけど、思ったよりちゃんとしているようだ。
「ご丁寧にありがとうございます。俺、柊……くんと仲良くさせてもらってます、村井圭太です。どうぞよろしくお願いします」
俺はそう言いながら、深々と頭を下げた。いつもは使わないような言葉遣いに、柊はふふっと笑った。
「圭太くん、なんか緊張してる? そうだよねぇ。龍星くん、ちょっと大きいもんね。でも大丈夫だよ、とっても優しい人だから」
多分、いつも同じような反応をされるんだろうな。俺は申し訳ないと思いながら、ゆっくりと顔をあげ、へへっと笑った。




