05-06.沈みゆく故郷
「これは? ……これをいったいどこで?」
「は! 北方より齎されたものと聞き及んでおります!」
「北方? それ以上はわからぬのですか? ……すぐに調べなさい。もし魔族領から発されたものであるというなら人類の危機です。大至急精査なさい」
「ははっ!!」
……「何を玩具の一つで」とでも言いたげだったわね。
気持ちはわかるわ。けれど人類の危機というのは本当よ。何故なら魔王国に転生者が現れたという証拠ですもの。
そうと気付ける者はいったい何人いるのかしら。誰か気付いてくれるとありがたいのだけど。この国に向ける敵意を少しでも魔族へ向けてほしいものだわ。……そういう意味ではこの国の希望ともなり得るかしら。いっそ魔族たちがもっと大規模な侵攻を企ててくれたりすれば……。
はぁ……。
なんで私はハッピーエンド後のヒロインなんてものに転生してしまったのかしら。ここからが一番忙しいに決まってるじゃない。ほんと馬鹿なことをしてくれたものだわ。この身体の本当の持ち主も。男爵令嬢の分際で公爵令嬢を追放して王妃の座に着くだなんて。
しかも随分雑にやったみたい。なのに何故か誰も公爵令嬢の名前を覚えてない。これはただの口止めじゃない。催眠的な何かだ。けれど違和感が大きすぎた。彼女はこの国にとって無くてはならない存在だった。あっちこっちに矛盾が生じている。
そのせいで忠臣たちも離れていっちゃうし。内紛は絶えないし。周辺諸国との関係も最悪だし。魔王国は健在だし。……どこがハッピーエンドなのよ。こんちくしょう!
「ティア」
「後にしてください陛下」
「そう言ってもう一年も……」
「公の場ではティアレアと。そうお呼びください。何度も申し上げた筈ですわ」
「……いったいどうしてしまったんだい?」
……はぁ。
「陛下。この国は今、危機に瀕しております」
「そんなことはない! 君の被害妄想だ! 君の陰口を叩く者は僕が黙らせる! だから!」
「黙るのは陛下の方です!!」
「ひぃっ!?」
まったく……ティアレアはこんな奴のどこに惚れたんだか。
「あなたは何を言っているのですか!! 忠実なる臣下をその手で間引くと仰せなのですか!!」
「そ、そんな……僕はただ……」
「巫山戯たことを口にする暇があるなら政務の一つもこなしてみせてくださいませ!!」
「う、うわぁぁぁぁあああ!!!」
……なんなのよ。あいつ。
「……はぁ」
「王妃様」
「ごめんなさい」
「いえいえ。今のは中々の啖呵でございましたなぁ♪」
「恥ずかしいところを見せたわね。次を通しなさい。私だけで続けるわ」
「はい。王妃様」
「それから」
「調べさせます」
「悪いわね」
「それが職務でございますから」
「そうではなく。私なんかに付けばあなたの立場も無いでしょうに」
「いずれ皆も理解致します」
「だといいわね。進めて頂戴」
「御意」
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「元男爵令嬢が転生者?」
「はい。おそらく間違いは無いかと」
どういうこっちゃ。
「まずその情報を手にするに至った経緯を聞かせてよ」
「はいですわ♪ ナズナ様♪」
こんにゃろう。悪びれもしないし。
「間者を忍ばせましたの♪」
やっぱりか。
やらなくて良いって言ったのに。結局手を出したんかい。私の言う事なんて全然聞きやしないぞ。この猫ちゃん。
「それで?」
「かの国の王妃となった男爵令嬢は、一年程前、新王の即位直後から人が変わられたそうですわ」
私と同時期に転生してきたってことね。
「以前の彼女はお花畑……失礼。夢見がちな少女であったそうですわ」
そりゃ回りからみたらそうとしか言えないよね。
「それでも前王の暴走を当時の王太子たちと共に食い止めた経歴もあり、新王と王妃の結婚も認められはしたのですわ。表向きには」
なんだか物語的に都合の良い事件があったのかしら。
「ただやはり年若い二人のことですから」
政務をほっぽり出してイチャついてたの?
「経験がまるで足りていなかったのですわ。王太子の即位も随分と早まる結果となりましたので」
学園を卒業すると同時にとかだもんね。
新入社員からコツコツ経験を積んで将来父の会社を継ぐもんだと思っていたら、あわや倒産の危機で、父さんを倒さんとし、それを成し遂げ、新社会人のくせに社長に就任してしまったと。そんなぺーぺーに務まる仕事じゃないよね。王様ってさ。後先考えずに倒しちゃうからそうなるんだよ。うんうん……私たちも似たようなもん? 親近感感じちゃうね♪
「周囲の者たちが二人を見限るのも早かったのですわ」
あらま。それは苦労してそうね。
「そんな中、突如として王妃が覚醒したのですわ」
転生した直後からご苦労さまです。私も大変でした。
「皆に頭を下げ、教えを請い、すっかり卑屈になった新王を遠ざけ、自ら政務に邁進し始めたのですわ」
凄いね。ずっと逃げてただけの私とは大違いだ。
「幾人かの理解者も得たことで、どうにかこうにか沈みかけの王国を支えてきたのですわ」
大変申し訳ございません。私なんかと一緒にしちゃダメなお方だったぜ。
「彼女は転生に関する話を集めているのですわ」
やっぱり沈みかけの王国にいつまでもは居たくないかぁ。
もしかして帰れるのかな? 私もワンチャン?
いやいや。転移ならともかく、転生で帰るってこともないだろう。それでも諦めきれない気持ちもわからないではないけども。
「それからナズナ様の齎した知識に大変な興味を示されたのですわ♪」
なるへそ。そうやって噂が真実か探ってみたんだね。
どう考えてもあの国まで流通してる筈もないし。この短期間でさ。
「協力関係を結んでみるのは如何でございましょう♪」
「流石にそれはマズいんじゃない? 内なるトリスティアが暴れ出すかもよ?」
憎き仇敵だし。中身が違うとはいえ、皮はトリスティアを陥れた奴のだし。
「彼女の愛称もティアなのだそうですわ」
だから何さ。それ聞いて嬉しいと思うわけないじゃんさ。
「ナズナ様ならばティアと聞いて黙っては居られないのではありませんの?」
「彼女は救いを求めてるの?」
「間違いなくあの国は滅びますわね」
あらま。もうそこまで。
「それってモルモルが余計な手出しをするまでもなくって意味だよね?」
「当然ですわ」
「ティアに相談してみてよ。私が決めるようなことじゃないしさ」
「投げやりなのですわ。あまり興味が無いのですわ?」
そりゃそうでしょうよ。
「……待った。やっぱティアには言わないで」
「放っておくんですの?」
「それもいいかもね。もう復讐すべき相手も死んじゃったみたいだし。国ごと滅びる間際だってんなら尚更ね」
「生家がどうなってもよろしいんですの?」
「何を勘違いしてるのか知らないけど、私はトリスティアじゃない。七草家の菜沙ちゃんだよ。インヴィクタ家がどうなろうと知るもんか。どうしてもって言うならトリスティアが自分でなんとかするでしょ。放っておいていいよ。それより私のことをよく見ておいてね。絶対に目を離さないで」
「うふふ♪ そういうことですのね♪ かしこまりましたわ♪ ナズナ様♪」




