02-12.忘却
「……え?」
気付いたら知らない場所に立っていた。
背後は森、正面は見渡す限りの平原だ。
周囲には人影どころか道すら見当たらない。
まるで世界中でたった一人になってしまったかのようだ。
……一人。
「ティア?」
『……』
「ティア……? どうして返事をしてくれないの?」
『……ごめんなさい』
「どうしたの? 何を謝っているの?」
『……わたくしには何も出来なかったのだわ』
「大丈夫だよ。怒っていないから説明して。皆は? アルバお姉ちゃんはどうなったの? ルクス君は? ブルーノさんは? ……騎士様は?」
『……ごめんなさい』
「……それじゃあ何もわからないよ」
『……ごめんなさい』
ティア……。本当にどうしてしまったの?
『……もう彼らとは会えないのだわ』
「……まさか。……あの魔族に?」
アルバお姉ちゃんが? 負けちゃったの?
そんな筈ないじゃん。お姉ちゃんはとっても強いんだ。絶対に負けるなんてあり得ない。
『金獅子はトリスティアが倒したのだわ』
「だったら」
『けれど……っ!! マズいのだわ! 走るのだわ!』
「え?」
『早く!! この場から逃げ出すのだわ!!』
逃げる? どこへ? なんで?
森から何か来るの? 確かに音がするね。
けど私は無敵だよ? 何が来たって傷つかないんだよ?
『ナズナ!!』
「見つけたぞ! トリスティア!!」
……え?
「トリスティア・インヴィクタ!!」
なん……で……?
私の身体は大きく弾き飛ばされた。
ゴロゴロと平原を転がっていく。
たった今背後の森から飛び出して来た、よく知る声の主に斬りつけられたのだろう。
何度も経験した感覚だ。痛みは感じないし傷も付かないけれど、何が起こったのかくらいは理解出来る。
だからこそ理解出来ない。
騎士様?
なんで私を攻撃するの?
なんで私をトリスティアと呼ぶの?
……あ、そっか。きっとさっきまで暴走人格の方だったからだね。
伝えないと。今の私はナズナだよって。
『ダメなのだわ!! いいから走るのだわ!!!』
……なんで?
「トリスティア!!」
……なんで騎士様はあんなに怒ってるの?
普段なら不意打ちなんてしない筈なのに。
騎士様はいつだって……あれ?
「貴様はぁ!!!」
騎士様の剣が私の首のすぐ横に突き立てられた。
「騎士……様……?」
騎士様は躊躇無く剣を引き抜いた。
間違いなく私の首を切り落とすつもりだった。
当然私には傷一つ付きはしない。
まるで繊細な一枚羽でくすぐられたような感触だ。
騎士様は二度三度と私の首に剣を叩きつけてきた。
そのどれもが、ただただ首の表面を掠めていくばかりだ。
「何を笑っている!!」
違うんだよ。私の意思じゃないんだよ。
騎士様がくすぐるから。
「騎士様? 何をそんなに怒ってるの? トリスティアが何かしちゃったの? けど私はナズナだよ? だから」
「何を言っている!?」
……え?
「わけのわからんことを!」
……なに……言ってるの?
「貴様はトリスティアだ! あれだけの命を奪っておいて惚けるのか!! 今更逃げようと言うのか!!」
……ティア? 騎士様はどうしちゃったの?
『ごめんなさい! ごめんなさい!! わたくしは! わたくしは!!』
泣いてちゃわからないよ……。
『知っていたのだわ! わたくしは!!』
知っていた?
『騎士様は忘れてしまったのだわ!』
忘れた? 私のことを?
『騎士様だけじゃないのだわ! だからトリスティアは拒絶したのだわ! 全てはナズナを守る為だったのだわ!!』
……話が見えないよ。
『皆ナズナのことを忘れていくのだわ! 勇者たちだって例外じゃないのだわ! 村娘だって! 宿屋の娘だって! 誰も彼もが忘れていくのだわ! ナズナはずっと一人ぼっちなのだわ!!』
……なにそれ。
……なんでそうなるの?
「騎士様。本当に忘れちゃったの?」
「まだ惚けるか!!」
「私だよ? ナズナだよ?」
「貴様はトリスティアだ!! 唾棄すべき大罪人だ!!」
「ねえお願い。思い出して。騎士様」
「くどい! 大人しく術を解け! 首を差し出せ!!」
「いいから。いくら斬りつけてもいいから。お願い。耳を塞がないで。私の言葉を聞いて。全部話すから。忘れちゃっても思い出させるから。お願い。お願い。お願い。……お願いだよぉ……騎士様ぁ……」
「貴様はぁ!!」
……ダメ。トリスティア。
お願い。今だけは出てこないで。私に話をさせて。
他の何を失っても諦めるから。
だからお願い。
せめて騎士様だけは。
やっと掴めた手なんだよ……。
だから……。




