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喫茶店 3

生き生きと仕事をする久美子と対照的に有紀は仕事が捗らない。気が付いたときにはさり気なく有紀の仕事を先回りして片付けてくれていた。今日は普段よりも仕事の量が少ないのがありがたかった。


「ありがとう。」

と久美子にお礼を言うと、何でもない、というように肩をすくめてニコッと笑う。


「今日はちゃんと定時で終わらせて行かないといけないからね。」


久美子のおかげで一日を無事終えて喫茶店へと向かった。もし、洋二の都合がつかなかった場合には私に連絡するすべを持っていないので()()待ちぼうけになるのかな、という思いが一瞬頭をよぎったけれど、そうなったらそれはそれでいい、と考える。自分は約束を守ったと納得がいくから。これで最後だから。


喫茶店について、待ち合わせである旨を伝えて店内を見回したら、洋二はすでにブースに座ってコーヒーを飲んでいた。半分ほど減っていたので、少し前に着いたことがうかがわれる。


「待たせてごめんね。」


会いたくなかった相手とは言え、社会人としての最低限の礼儀は必要だと思い、口にする。


「大学生の時にお付き合いしていた寺田さんです。こちら、私の友人の里中さんです。」


「初めまして。」

と二人がぎこちない挨拶を交わして、久美子は一緒にブースに座るかと思ったけれど少し離れた会話が聞こえない距離のテーブルを選んで私の顔が見える位置に座った。久美子の心遣いがありがたかった。


ミルクティーを注文して洋二に向き合う。


「聞きたいことがあるって言ってたけど。」

「僕が久美のことを好きだと思えないって言われたこと。僕、久美のこと好きだったし、すごく大事にしてたと思うんだけど。」

「会ってる時は優しかったし、楽しかった。でも、洋二は誰にでも優しかったと思う。私が特別だとは思えなかった。人当たりが良くてたくさん友達がいて、いつでも誰かと一緒で。グループであればその中心にいるような人だった。」

「それが嫌だったの?」

「そういうところ、すごいなって思ってた。みんなのことを楽しませてみんなあなたのことが好きだった。それは悪いことじゃないから。あなたのいい所だと思ってる。でも、みんなに平等だったでしょ。」


洋二にははっきりと言わないと伝わらないだろうと思い語調を変える。


「私はあなたのことが好きで、付き合い始めたころ嫌われたくなくていろいろと我慢していたんだよ。初めはそれでいいって本当にそう思ってたから。。一緒にいたらすごく楽しいし、優しいし。でも、一緒にいるためには私が努力しないといけなかった。」


洋二は何を言われているかわからないという顔をしていた。


「洋二はたくさん友達がいてサークルにも入ってて、いつでも誰かとどこかに行く予定が入ってたでしょ。男同士の付き合いであれば私が一緒に行くのは何となく嫌だろうと思うからそれは良かったんだけど、グループで男女混合の集まりでも誘ってくれることはなかったでしょ。」


「だって、俺の友達のグループだし知らない人ばかりだと有紀が退屈する。」


「いまさらいろいろ言っても仕方がないってわかってるけど、聞かれたから言うね。これは洋二だけの責任じゃない。私もちゃんとあなたと向き合って自分の思ってることを伝えるべきだったって。自分で勝手に我慢して、自分で寂しくなってしまっただけだから。」


「僕がその時誘っていればよかったってことなの?」


伝わっていない。そんな、ことではない。もっとはっきり言わないと伝わらない。


「あなたは自分の友達のグループの中に私が入っていくことをよしとしなかったってこと。彼女の私と友達とは切り離した関係でいたかったんだろうって。私と付き合ってるって言うのが恥ずかしかったのかな、友達に知られるのが嫌だったのかなって思ったこともあったけど。あなたの友達は私の事知ってたみたいだからそうではないんだろうなって。別れる少し前から私と会えなくなったって言ってたでしょ。それは私が努力することをやめたから。」


そう言ったら、洋二はびっくりした顔した。


「あなたはいつも誰かとどこかに出かけて大学生活を楽しんでたでしょ。そのグループには友達という名の女の子もいて、その子たちと出かけるのも頻繁だったと思う。聞いたときに”ただの友達だから””有紀とは違うから”って。でも、彼女としては他の女の子と二人で出かけるのは嫌だった。でも、それをちゃんと言わなかった私も悪い。私はあなたの予定がない日に『会う』相手だった。洋二が会いたいって言ったら都合をつけて会ってた。バイトが入ってても、シフトを代わってもらったりして会いに行ってた。」


「バイトは別れる少し前から始めたんじゃなかったの?」


「大学在学中はほとんどずっと働いてたよ。そのことも気が付かなかったんだ。」

なんだか、イラっとしたけれど、それは洋二に向けるものではないと反省する。話を変えるために聞いてみる。


「私の好きなこと何だったか覚えてる?」


聞いてみて、きちんと答えが返ってくるのか分からなかった。


「・・・・・・・・」


洋二は黙っている。覚えてないんだ。そんな気はしていたけれど。


「洋二は大学生の時は車が好きで、キャンプが好きで、釣りが好きだった。釣りに行って火を起こして自分で魚を焼くのが大好きだった。」


そう言ったら洋二の口元が少し緩んだ。正しい答えだったようだった。私が覚えていたことが嬉しいらしい。私の質問に答えられなかったことはもうどうでもいいことなのかとも思ったけれど。


「私がバイトをしていたのも親の負担をできるだけ減らしたかったから。何度かその話はしたことがあるはず。だから、キャンプに誘われてもいけなかった。週末二日休みを取るのは難しかったから。行きたくなかったわけじゃない。夏休みの間に一度だけ一緒に行ったことがあるでしょ。あれは本当に楽しかったから。そのこともちゃんと伝えたはず。」


洋二は思い出せないようだった。私の覚えていることと彼の覚えていることは違う。


「覚えてない?テントを張って、川べりで釣りをして私が木の枝を集めてきたら乾いたのじゃないと火がつかないって笑いながら教えてくれた。もう一度探してこようって歩き出したら追いかけてきて一緒に行って説明してくれて教えてくれた。楽しかった。」


頻繁に友達とキャンプに行っていた洋二には数多い旅行の中のぼんやりとした記憶の一つに過ぎなかったのだ、と思い知らされる。


「洋二に誘われて、都合をつけて会えるように予定を変更してた。でも私が誘っても洋二は予定が入っていることがほとんどで。変更が可能な予定、ただ、友達と遊びに行くだけの予定でもそれを取りやめてまで私と会いたいとは思ってくれなかった。私が勝手にやっていたことだから、そのことに腹を立てるのはおかしいんだけど。でも、その時は悲しかった。そんな風にシフト交換を頻繁にお願いしてたらバイト先でも嫌がられるようになって、なんとなく居づらくなって仕事を辞めることになったの。その時にやっと気が付いた。このままじゃダメだって。」


洋二は向かいに座ってただ、黙って私の話を聞いていた。


「会ったときには優しかったし、大事にしてもらってたと思う。それが洋二だから。洋二はそういう人だから。でも、その優しさは私に対してだけでなく、誰にでも同じだった。あなたはみんなに好かれたくてみんなに優しくしたくて。そういう人なんだって解った。だから、私もちゃんと自分が後悔しないように自分のために自分で決めなくちゃって思ったの。だから、あなたと会うための努力をやめたの。」


ハッとしたように洋二が私を見る。


「私が自分の予定を優先しはじめて、友達にもちゃんと会うようになって新しいバイトにもちゃんと行き初めて。洋二が気付いたのはたぶん3-4か月たったころだと思うよ。最近、忙しいみたいだねって言われた。あの時に別れるべきだったんだよね。きっと。私の存在ってそんなに経ってからやっと気が付く程度のものだったんだって。私が大事にしていたものは洋二にとって左程大切ではなかったんだって。その二週間後位だったかな、別れたのは。」


「忙しいって言われて会えなくて、それなのに他の男と出かけてるって。浮気されたのかって思ったから。」


「洋二は他の女の子と出かけてたでしょ?私はすごくたくさん浮気されてたってことだね。」


「違うよ。あれはただの友達だったから。」


洋二は本当にそう思っているし、そうだったんだろうと思う。でも、私はそれが嫌だった。


「私は洋二と付き合ってる間はただの友達でも男の人と二人きりで出かけることはしなかった。でも、たぶんあれが決定打だったと思う。自分は他の女の子と遊びに行ってもいいけど、私が同じことをしたら怒るんだなって。実際には同じことじゃなくて私はグループで出かけただけだったんだけどね。」


「でも、本当にただの友達だったんだよ。有紀とは全然違うんだ。」


「そういうけど、その女の子たちと出かけることを優先してたでしょ?私より。」


「だって、先に約束してたらそれを破るのは良くないだろ?」


なんだか、どうでもよくなってきた。話をしていたら馬鹿らしくなってきた。偶然でも会って良かった。会えてよかった。ケーキを注文して紅茶の追加を頼む。


私をじっと見て洋二が言う。

「そんなつもりはなかったんだ。ごめん。そんなに嫌な思いをさせていたって知らなかった。本当にごめん。有紀は本当に優しくていい彼女だったんだよ。有紀の後に何人か付き合ったけど、みんなわがままで文句ばかりで。有紀ともう一度付き合えないかな?」



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