再出発 4
もう一度付き合えないか?
その言葉があまりにも唐突で反応が遅れる。思わず笑ってしまった。
「良かった。有紀も喜んでくれる?また付き合えるって。」
この自信はどこから来るものなのか。表情を引き締めて伝える。
「いや、そんなつもりはありません。でも、知りたい。洋二の『ごめん』は何に対するごめんなの?」
「有紀が嫌がってるってことに気付かなかったこと。」
「最初に何回か言った事は覚えてる。でも、そのたびに『友達だから』って返されて。嫌な顔されて。言うのをやめてしまった私にも責任はあると思う。ちゃんと言えばよかったんだよね。そうしたら洋二も『また付き合いたい』とか思わないで人生を過ごすことが出来たんだよね。私の事も洋二がそのあと付き合った『わがままな彼女』の一人として忘れ去られてたでしょ。それ以外に悪かったと思ってることってある?」
「・・・・・・・・でも、有紀、俺のことすごく好きだったって。優しくて楽しくていい彼氏だったって言ってたし。」
「会ってた時はってこと。それ以外の時は他の人優先で自分の都合が優先で。自分のやりたいことが優先で。私の好きなことも覚えてないでしょ?私と少しでも一緒にいたいから自分の予定を変えて時間を作る事なんて思いつきもしなかったでしょ。少なくとも私は私に対してそういう思いを持ってくれる人と付き合いたい。私をいつでも大切にしてくれる人。」
「・・・・・・・・・」
「私は今も、大学の時も美術館巡りが好きだった。私の夢、覚えてる?ルーブル美術館に行くこととスミソニアンに行くこと。なんか、初めて聞いたっていう顔してるね。昔そう言ったら、美術館に行くために海外までいくのかー、って鼻で笑ったよね。一緒に美術館に行ったときのこと覚えてる?これは多分覚えてるよね。一度だけ。これ以上退屈なことはないっていう顔をしてイライラして。じっくり見たかったけど、あなたに悪いからって思ってしまって一時間しないうちに美術館を出ちゃったんだよね。」
思い当たったようだった。彼にとっては面白くなかったデートとして記憶に残っているのかもしれない。
「水族館でクラゲの水槽の前できれいだねって言ってじっと立って見てたら私になんて言ったか覚えてる?『ずっと見てても同じでしょ。あっちのペンギンの方がかわいいよって。女の子はああいうのが好きでしょ。』私は動いている姿が綺麗でそれをただ見ていたかっただけだったのに。どうして私がそれを立ち止まって見ていたか聞こうとも思わなかったでしょ。」
ただ、ただ、盲目的に好きだったそのころには目をつぶってみないふりをしていたけれど、恋が冷めて振り返って見直してみると、なぜあんな風にただ好きでいられたのか不思議で仕方がない。
「また付き合いたいってどういう風に?私が会いたいって言ったら、それを優先して会ってくれる?私は他の人を優先してもいいんだよね。男の人とお出かけしても友達ならいいんだよね?私が行きたいところやりたいところには嫌な顔をしないで付き合ってくれるでしょ?」
「そんな一方的な関係は付き合ってるって言わないんじゃない?そんなの、他のわがままばっかり言ってた女の子たちと一緒じゃない。有紀はそんな子じゃなかったから。」
この人は自分が言っていることの意味がわかっているのだろうか、私の言っていたことを聞いていたのだろうか、と不思議になる。大学の時に私をそういう風に扱っていた、という話をしたばかりなのに。自分自身のことをわがままだと言っていることに気付いていないようだ。
「あなたと付き合うつもりはないです。でも、お礼だけは言わせて。あなたと付き合ったことで自分を見直すことが出来た。私は自分を大切にしてなかったって気が付いたから。自分が自分を大切にしてないのに他の人に大切にして欲しいなんて言えないもんね。今はちゃんと頑張ってるんだよ、私なりに。だから、今度付き合うならちゃんと私の大事なものを大事にしてくれる人がいい。洋二が今言ったみたいに、私たちはきっと付き合っていたわけではなかったんだなって。対等な関係ではなかったから。」
私がこれほどはっきりと断ると思っていなかったようで少しの怒りが浮かんでいる。プライドを傷つけられたと思っているんだろうな。なぜ私が『付き合っていたわけではなかった』と言ったのかもわかっていないようだった。
「洋二には私よりずっと洋二にふさわしい人が見つかるといいね。たぶんこれから会うこともないだろうけどね。じゃあ、私の分もだけど、里中さんの分のお勘定もお願いします。忙しいのにわざわざ付き添いで来てもらったんだから。」
久美子のテーブルに行って、伝票を取って洋二に渡す。久美子がごちそうさまです、とにっこり笑って頭を下げた。テーブルにあった私が注文したケーキと紅茶を持ってあっけに取られている洋二を残して久美子のいるテーブルに移動した。
少しの間ぼーっと席に座っていた洋二は少しだけ私の方を見てため息をついて2枚の伝票を持ってレジへと歩いて行った。
***************
「話しあい終わった?みたいだね。いい顔してる。良かった。」
ホッとしたような顔を久美子を見て、
「心配かけてごめんね。」
「ほだされてまた付き合うとかなるんじゃないかな、とか思ってたけど。」
という言葉に
「反省しててお詫びを言われるのかな、くらいには思ってたんだけど。なんかしっかりした見た目になってたし。でも、悲しいかな、成長してなくて。私のこと都合のいい彼女としか認識してなかったって再確認できた。なんであんなに好きだったのか、って今振り返ると思うよ。」
「若気の至りってやつだよね。歴代の彼氏のことを考えると、なんでこんな奴と付き合ったんだっていうのは誰でも絶対に一人くらいはいるはずだから。こんなのと付き合って好きだった私ってバカだったよなーって思うような相手。私も思い当たるから。でも、それで久美は学んだんでしょ。自分を変えなきゃって。ちゃんと別れて同じ間違いをしないようにって、そうやって成長したんだからいいんじゃない。」
目の前にあるケーキを少し大きめに切り取ってフォークに乗せて見つめながら言う。
「一年以上付き合ったのに私の好きなもの一つも言えなかった。別に抹茶ソフトが好きだったとかそんなことでもよかったのに。何も覚えてなかったみたい。それなのにまた付き合いたいとか言ってきたんだよ。」
大きく口を開けてパクリと一口で食べた。幸せが広がる。
「なんか、それもある意味すごいよね。有紀そんな人と付き合ってたんだ。うおー、黒歴史。」
「ひどー!!でもね、それもひっくるめてもういいわって思える。そういう付き合い方になったのは私に責任があるんだって。それで変わろうって思えたから。私のことを本当に大事にしてくれる人を見つけることが出来るように頑張ろうって思えるから。」
「桃、大学芋、パスタならクリームソース派でしょ。美術館大好きだし、歴史もののドラマもすごく好きだよね。」
久美がつらつらと私の好きなものを並べてくる。ほんわかと心が温かくなる。
「ありがとう。私の事ちゃんと知っててくれて。次に付き合う人は同じものを好きである必要はないけれど、私の好きなものを否定しない人がいい。」
そういうと久美は眉間にしわを寄せて残念なものを見るような目でわたしを見た。
「目標が低すぎる。もっと高望みするべきだよ。」
「でも、それって、私の大事なものを大事にしてくれるってこと、私の事を大切にしてくれるってことだと思う。他人の価値観を否定しない人ってことだから。自分の価値観を押し付けてこない、自分の物差しで他人を計ろうとしない。」
私がそういうと、納得がいった、という顔をしてくれた。
「そういう風に考えると脳内が子供な人はお断りってことだね。すごくいい目標だと思う。」
「あと、ちゃんと家事ができれば万々歳。」
そう付け足したら、顔を見合わせて二人で声をあげて笑ってしまった。
「なんかだんだんハードルが高くなってきてない?そういう人が見つかったら教えて。私が付き合うから。」
そう言った後、久美は少し考えるような顔をしてにやっと笑って言った。
「あの彼、顔は良かったよね。」
「うん。学校でも勉強はできた。いい会社に就職したみたいだし。だから、相手を見つけるのには困らない人だと思うよ。見た目が良くてお金もしっかり稼いでくれて。」
「優良物件じゃない?勿体ないことしたんじゃない?私が付き合おうかなー。」
冗談だとわかる言い方でにんまりと笑いながら私を見る。
「ご自由に。でも、苦情は受け付けません!!彼に言ったよ。あなたはあなたにふさわしい人と付き合うべきだって。」
二人で声をあげて笑う。たぶん、洋二は私の言った言葉を『私は価値のない人間であなたのような素敵な人と付き合うにはふさわしくない』と思っていると勘違いしていると思う。それでもいい。分からなくてもいい。もう関係のない人になるのだから。
私は彼と付き合っていたころの自分が嫌いだった。だから、今まで彼のことを引きずっていたのだと思う。でも、今日彼と会ったことで、話をする機会を得たことできれいに断ち切って進んでいけると思う。大学生の時の私も、今の私も好きでいられる。今の私から見ると残念だと思うような女の子だった私も大切にしていける。
「ケーキ食べて中途半端にお腹がすいちゃった。」
にっこり笑いながら久美に言う。
「ここから歩いて3分くらいの所においしいうどん屋さんがあるんだけど。そこ行かない?」
「いいねぇー。久美はてんぷらうどん?」
「有紀はカレーうどんでしょ?」
フフフ、と笑って歩き出す。久美がいてくれてよかった。きっと久美には届かないだろう小さな声で『ありがとう。』とつぶやく。
「彼氏ができても私とも遊んでね。」
「有紀もね。どっちかに彼氏が出来たらその友達を紹介してもらえば4人で遊びに行けるよ。」
「それいいね。」
街路樹が青々とした葉を付けて街頭の光を受けてキラキラと光っている。きれいだな。この世界にはきれいなものがたくさんある。
おいしいカレーうどんが楽しみだ。




