2.1:蟻
暗い、狭い、そして動けない。
硬い何かに全身を囲まれ、身動き一つ取れない。
(……卵か?)
なんとなくそう思うが、何も見えない。
ただ、とんでもなく小さな生き物に生まれ変わったことだけは分かった。
しばらくすると、パキ、と小さな音がして周囲にひびが入った。光が差し込む。
(おっ、久しぶりの外だ!)
主人公は嬉しくなり、殻をぐっと押し破って外へと這い出た。
目の前には、大量の蟻。
(あ、蟻か)
すぐ分かった。黒い体、六本脚、触角。見慣れた姿だ。
(今回は蟻かぁ。少なくともボウフラよりは知ってるぞ)
そう少し安心した、次の瞬間だった。
(……あれ?)
動けない。脚がない。いや、正確には――形が違う。
白くて、細長くて、ぷにぷにとした芋虫。
(誰だお前)
自分だった。
蟻は、卵からいきなりあの姿で出てくるわけではない。
卵から幼虫になり、サナギを経て、ようやく蟻になるのだ。
(知らねぇよそんなの!)
蟻は最初から蟻だと思っていた主人公は、さらに致命的なことに気づく。
少し体をよじる程度しか動けず、歩くことも、自分でエサを取ることもできない。
(終わった……)
◇
すると、一匹の働き蟻が近づいてきた。主人公を触角でペタペタと確認すると、口元に甘い液体の栄養を持ってくる。
(あ、ありがとう)
差し出されるがままに飲む。そして数秒後、我に返った。
(待て。今、俺、食べさせてもらった……?)
また別の働き蟻がやってきて、ペタペタと確認したのち、当然のように口移しでエサを与えてくる。
(うわぁぁぁぁぁぁぁ!!)
精神的ダメージ、大。
蟻社会ではこれが日常だ。だが、主人公には日常ではない。
(いや、自分で食べるから! 置いといてくれれば自分で……!)
もちろん、声は届かない。しばらくするとまた別の蟻が来て、また口移しで食べさせられる。
(これ、赤ちゃんプレイを強制されてるのか!?)
大人の意識と前世の記憶を持ったまま、飯は食わせてもらい、体は掃除され、移動も向きの変更すらもすべて蟻任せ。
周りの幼虫たちはもぞもぞ、うねうねと何も考えずに完全な赤ちゃんをやっている。
だが、自分だけは三十代の社会人の精神のままだ。
(地獄だなこれ……)
なぜだか猛烈な恥ずかしさと惨めさで泣きたくなってきた。
(頼む……早く成長させてくれ……)
大人の心のまま受ける、至れり尽くせりの完全育児。それは想像を絶する公開処刑だった。
そして主人公はまだ知らない。この羞恥心まみれの赤ちゃん生活が、この先しばらく続くということを。




